進んだ先の結末が分からなくとも、『進む』ことだけは決めなくてはならない
食事を終え、俺達は口数も少なく宿への道を歩いている。
今の俺は……正直なところ、シビラに言われたことをうまく自分の中で消化出来ずにいる。
——シャーロット。太陽の女神教の、皆に祈られし象徴である女神本人。
今更、こいつの言うことが嘘だとは思わない。こういう時に冗談は言わないヤツだ。
恐らく王都には、本物のシャーロットがいるのだろう。
今の俺の職業は、太陽の女神に与えられた【聖者】よりも【宵闇の魔卿】の方が要素としては強い。
自分の手と、ローブを見る。
濃い茶色のような、ファイアドラゴンの血が固まった色。俺の今の内面を表すような『黒鳶色』だ。
職業、ローブともに、俺の髪色のように太陽の明るさなど感じない色。
——俺は、女神が嫌いになった。
「太陽の女神に会いに行く、か」
列の後ろを歩いていた俺の隣で、エミーが振り向く。
「ラセル?」
「いや、何だか俺達さ、随分と遠いところに来たなと思って」
「あー」
シビラがあんなヤツだから改めて意識することもないが、俺は今、女神本人とパーティーを組んで旅をしているのだ。
その中で、魔神を討伐して太陽の女神に会いに行く……となると、到底普通の冒険者の枠組みでは収まるものではない。
それこそ……歴代の【勇者】でも、ここまで神々の事情に巻き込まれた旅はしていないのではないだろうか。
「ラセルはさ」
「ん?」
「その……太陽の女神のこと、どう思っているの?」
……改めて、太陽の女神を今どう思っているか、か。
女神を嫌ったその翌日に女神に救われて、勇者に並ぶ力を持ったドラゴンスレイヤーになった。
更に、命を張ったエミーを、【聖者】の蘇生魔法で生き返らせた。
改めてどうかと聞かれると、どうだろうか。
もう十分、自分の職業が優れたものであることは理解している。
それを有効活用できなかったのが、自分の責任であることも。
だが……あの日の絶望をチャラにできるほど、俺の中であの日は軽くはない。
「かつてほど太陽の女神を恨んではいない。好きでも嫌いでもない、が……俺の職業のことと、真意は聞いておきたい」
「そう、だね」
こればかりは、実際に会ってみないと分からないことも多いだろう。
果たして太陽の女神本人はどんなヤツなのか、それによって俺の気持ちも変わってくると思う。
「なにしてんのー! いちゃついてたら迷子になるわよー!」
「なるわけあるか!」
エミーと話していたら少し集団から離れてしまったとはいえ、ハモンドのまだ人通りの多い道で何を言ってるんだあいつは!
「ふえぇ……」
ああもう、エミーがすっかり恥ずかしがっている。
あいつは人の機微に聡いのか疎いのか……いや、聡い上で意図的にかき回して楽しんでるな。
人間以上に人間っぽいというか、本当に自由人だ。
シャーロットがどんなヤツかは分からんが、シビラほどアホなお調子者ではないことを祈る。
……誰に祈るって?
そうだな……女神教の女神に祈るのもおかしいし、顔も知らないプリシラとやらに祈っておくか。
あんたのぽんこつ愚妹が二人に増えませんように、と。
部屋に戻り、エミーとジャネットは湯浴みをして寝間着に着替える。
二人とも疲れたはずだから、すぐに眠るだろう。
今日が終わる前に、二人には伝えておかないとな。
「慌ただしくて言いそびれてしまったが、改めて二人とも、来てくれて助かった。いなかったら今頃どうなっていたことか」
「えへへ、ラセルのピンチにばーんと到着できて、私もすっごく嬉しいよ! ちょーしあわせ! これからも、どんどん頼ってね! それが私には、いっちばん!」
「元々助けられたのは僕だし、負い目があったのも僕だ。まだ礼を返しきったつもりもないから。それに、神を地に落とすのは実に愉しい経験だった。……ああ、詠唱の子細は明朝にでも語ろう」
それぞれ頼りになる言葉が帰ってきて、二人ともベッドへと潜り込んだ。
「マーデリンもベッドで寝なさい」
「い、いえ! 私はソファで眠らせていただこうかと」
「ソファはアタシの一番のお気に入りの、特等席なの。絶対に譲らないわよ。遠慮してるとかじゃなくて、こっちがいいの」
「……そ、それでしたら……」
遠慮がちではありつつも、マーデリンがベッドに入った。
遠目に見ても、せいぜい綺麗な人だな程度にしか思わないこの人物が天使というのには驚いた。
ケイティが天使の記憶を上塗りして操っていたのも……。
すっかり洗脳の解けたマーデリン。
やはり気を張り続けていたのか、すぐに寝息を立て始めた。
「ラセルは眠らないのかしら」
「ああ、疲れたから眠れるかと思ったが、それ以上に今日一日での情報が多すぎて目が醒めてしまってな……」
ケイティの記憶操作能力とレベル吸収能力、ヴィンスのあまりに惨めな弱さと水面下の垣間見えた心情。
助けに入ってくれたジャネットの圧倒的な力。
マーデリンの洗脳と、アリアの記憶操作の可能性。
そして……王都『セントゴダート』にいる太陽の女神。
今日一日でいろんな情報を得たが……最後はそれまでの情報とは少し違う。
ダンジョンでの出来事は、あくまで経験だ。
しかし天界とセントゴダートの秘密、特に太陽の女神に関する情報開示はシビラから行われたものだ。
「なあ。何故お前は、今になって天界の話をしたんだ? 別に聞かなかったからといえばそれまでだが……」
俺の問いに、シビラはふっと笑うと立ち上がった。
「少し、風に当たろっか」
そう告げると、宿のバルコニーへと出た。
風を受け、シビラの銀髪が月明かりを受けて燦めく。
今のシビラはジャケットを脱いでおり、雰囲気だけならどこぞの令嬢のようだ。雰囲気だけなら。
「ん〜っ、気持ちいいわね」
月を眺めながら目を細める姿は、今日の戦いへの緊張や気負いなども感じられない。
いつものシビラらしくもあり、同時に最近少し緊張気味だったものが抜けたようにも感じられる顔だった。
「それで、話だが……」
「せっかちな男はモテないわよ〜」
「モテたくてやってるわけじゃない」
「そうね。だって……あんたはそんなことしなくてもモテるもの」
少し予想外な変化球の返事を入れられ、思わず二の句が継げなくなる。
そんな俺を見て少し笑うと、シビラはすぐに話し始めた。
「——舐めるな、って言われたのよ」
「何?」
予想外に予想外が重なるような、よくわからない言葉だ。
舐めるな? 言われた?
「ほら、あんたとエミーちゃんが模擬戦してた時。アタシはずっとジャネットちゃんと一緒にいたの」
「ああ……そういえばそうだな」
「その時にね、言われたの。『あまりラセルを舐めないでください』だって。あんたほんと愛されてるわね」
ジャネットが……?
「ジャネットちゃんはね。アタシがラセルに対して、まだ遠慮しているって気付いたのね。神々の事情だし、ちょっと巻き込みすぎるのも申し訳ないかなって思ってたんだけど」
こいつはまだ、そんなことを考えていたのか。
魔神を相手にした以上、もう完全に脚を突っ込んでしまったようなもんだし、今更遠慮なんて似合わねーよとは言ったはずだが。
「いやね、これってつまり内輪事情レベルでの話だったから、そういう意味でもあんまり巻き込みたくなかったのよ。でもジャネットちゃんは、それを含めた上で『それはラセルをまだ下に見ている、失礼』って言い切っちゃってね」
「ジャネットは、そんなことを言ってたのか」
「ええ。……アタシから話さなきゃ、壁なんて取っ払えないっていうのにね」
そうか。ジャネットは俺をそこまで買った上で、シビラへの一歩を話してくれていたのか。
こういう話は俺からしてくれといっても、なかなかしてくれるものではなかっただろう。
やれやれ、本当にお前ってやつは……。
「後は、あんたを太陽の女神に会わせてもいいかどうか、というのを悩んでいた部分もあるわ」
それは……そうだろう。
この世界の職業が太陽の女神によって授与されているのなら、その女神を俺が逆恨みで滅ぼしでもしてしまった時、世界に何が起こるかはわからない。
シビラにとって歴代の【宵闇の魔卿】は皆かつての俺のように絶望していたらしいし、俺をシャーロットに会わせることなど普通は有り得ないはずだ。
だが、シビラは話した。
それは即ち、シビラが俺のことを『太陽の女神に会わせてもいい宵闇の魔卿』と認めてくれたということになる。
恐らく、歴代宵闇の魔卿でも初めてのことだろう。
そう考えると……シビラに認められたようで、やはり嬉しくないわけではないな。
「正直、直接会った時にどう思うかはまだ分からない。だが、お前が俺を『会わせていい人間』と判断したのなら、それが失敗だったと思われないようにはするさ」
「……今日はラセル史上最高のデレじゃない? もうベタ惚れ? 夜の信頼度マックス? このまま結婚しちゃう?」
「その判断能力だけ壊滅的に頭脳が地盤沈下していることを除けば、信頼してるぞ」
「やぁん照れ隠し系男子っ!」
シビラの笑い声を聞きながら、もう話すこともないかと部屋に戻った。
うん、眠気も来たことだし、このまま眠らせてもらうか。
「お前も早く寝ろよ」
「今日は気分がいいから、追加で呑むわ」
やはり信頼してるだなんて言わない方が良かったか?
やれやれ、今日もあいつはシビラだな……。
まあ、あれで俺より遅く起きたことなどないのだから、実に元気なことだ。
……今日は本当に色々なことがあった。
明日から本格的に、王都への移動準備を始めるのだろう。
結果は分からないが、腹は決めた。
会って話そう、太陽の女神に。
黒鳶の聖者のコミカライズ、1週間で2話課金購入がかなり好調な数字が出ているとのことで、大変嬉しいです!
まだ読んでない方は是非、漫画オリジナルの幼少期ラセル達を見ていってくださいませ。






