現状の整理と、シビラが選んだ次の目的地
ハモンドの宿にて。
少し緊張が走る俺達に「空腹で思い詰めるのは良くないわ」とシビラが提案し、俺が頷いたことでまずは食事を取ることとなった。
シビラは街のレストランで貸し切りの部屋を選び、静かな環境で食事を始めた。
食事は無言のまま進んだが……無理もないだろう。
エミーの隣に、あのケイティの仲間だったマーデリンがいるのだから。
しかし、会話がないのならちょうどいい。
静かなうちに、今の状況を整理させてもらおう。
俺を追い出したヴィンス達が、ハモンドで『ケイティ』と名乗る魔道士から誘いを受けた。
その正体はキャスリーンという『愛の女神』なる存在。シビラが追っていた人物だ。
ケイティは、【聖騎士】エミーが抜けた後に【魔法剣士】アリアをパーティーに呼び、【賢者】ジャネットが抜けた後に【魔道士】マーデリンを呼んだ。
気がついた時には、【勇者】ヴィンスと俺達幼馴染みの勇者パーティーは、ケイティの友人だけで固められていた。
俺はジャネットの『あれは本当にヴィンスなのか……?』という不穏な言葉の真相を探るべく、シビラと共に故郷アドリアからハモンドの街までやってきた。
件のケイティという人物と、その能力に関して。
ジャネットからの話と、ヴィンスに接触して分かったことを合わせた結果、いくつか判明したことがある。
ケイティは、記憶を読むことができる。
更に、記憶を上から塗り足すことができる。
その記憶操作は、聖者の治療魔法で、その塗り足した記憶を剥がすことが出来る。
ヴィンスに関して。
ケイティに記憶を塗られたヴィンスは、俺のことを完全に忘れていた。
その記憶操作を治療すると、ヴィンスは記憶が奪われていた間のことを覚えていた。
ここで得られた重要な情報は、ヴィンスはケイティの能力を僅かな間に俺に伝えるほど、ケイティのことを警戒しており、そこに信頼関係は見られないことだ。
最後、マーデリンに関して。
緑の長い髪を伸ばし、柔和な雰囲気をしたフード姿の女性。
ケイティの仲間として俺達を攻撃していたマーデリンだが、治療魔法をかけると、明確に雰囲気が変わった。
シビラのことを『シビラ様』と呼ぶのだ。
明らかに上下関係があり、マーデリンはシビラを上に見ている。
つまり、マーデリンは——恐らくアリアも——記憶操作されてパーティーメンバーに入っていた。
ケイティとの戦いでは決着が付かなかったが、結果的に得るものは大きかった。
こうして皆が無事な状態で、様々な情報を得ることができたのだから——。
一通りの食事が終わり、食後の飲み物が配られた。
ここでシビラが口を開く。
「はー、食った食った! ハモンドのレストランはいいわね! マーデリンも、少しは気持ちに余裕が出来たかしら?」
「は、はい……。シビラ様、ご配慮いただきありがとうございました」
「最近ぽこじゃか叩かれまくりだったから、そういう丁寧語されるの気分いいわね! って言いたいところだけど」
「お前が調子に乗らなければ叩くわけないだろ、叩くぞ」
シビラは俺の反応に対して、むしろ少し嬉しそうに肩をすくめてマーデリンに向き直る。
「今は、あんまりピンと来ないからやめてちょうだい。ていうかアタシとどっかで会ったかしら」
「そうですよね、でしたらこれならどうでしょうか」
マーデリンはフードを取ると、長い髪の毛を前に寄せて、目を隠した。
シビラがじっと見て……それから手を叩いた。
「姉さんとキャシーが行ってた店の、給仕の子じゃん!」
「さすが、シビラ様は記憶力がいいですね。プリシラ様もよくお褒めになっておりました」
給仕? マーデリンは、ただの給仕だというのか?
「ああ、姉さん——プリシラとキャスリーンは元々仲が良くてね。気に入っていた店に何度か連れて行ってもらったことがあるのよ」
そういうことなのか……いや、それ以前に今の会話には、妙に新情報が多い。
これがただの仲のいい人らの話で終わるならそれでいいんだ。
だが、目の前にいるのは『宵闇の女神』シビラなのだ。
無論、そういった新情報に関して、知識に貪欲な者が気にならないわけがなく。
「店? 女神の世界には、店と店員がいるんですか? どんな場所に住んでいるか、全く分からないので話が分からないんですけど」
ジャネットから矢継ぎ早に繰り出される質問に、シビラが答える。
「人間の街と、基本的な構造は近いわよ。ダンジョンはないけど、神々が貴族として存在して、天使が平民のようにそれぞれの暮らしをしているの」
「女神の住む街、その生活。実に興味深いですね。……ん? ということは……」
ジャネットが視線を向けた先は、マーデリン。
その疑問は、俺も当然抱いた。
「話から察するに、マーデリンは『天使』なのか?」
「はい。地上に降りた際には様々な制限がかかって羽の顕現もできないのですが、私は上級天使です。中級以下は、地上に降りること自体が不可能ですね」
あっさりと頷いた。
目の前の女性も、神話の世界の存在か。シビラが女神である以上今更ではあるが、こうも神話の存在が次々に現れるとなると感覚が狂ってくるな……。
「それにしても、女神や上級天使なら地上に降りられる、か。逆に俺達人間は、神々の世界に行くことは出来ないのだろう?」
「いえ、出来ますよ」
そうだろうな……ん?
「俺の聞き間違いか? シビラ」
「いや普通に行けるわよ。普通は行く必要もないだろうから紹介しないけど、人間にはその力があるわ」
「何故だ? 天使は地上に降りるのに制限がかかるのに、普通の人間が天使の住む場所に行けるというのは」
それではまるで、俺達人間が天使よりも能力が高いように感じる。
ぴんとこないな……どうなんだ。
そんな俺の疑問に対して、シビラはあっさりと結論を言ってのけた。
「天界、地上界、魔界。それぞれに独自の魔力があって、その力が地上は特に複雑に干渉し合ってるけど……地上は天界の力を強めにしているし、人間には天界側の力が授けられているから、天界に来られるようになっているのよ」
「天界側の力? まさか……」
「そう。職業よ」
そうか、俺達が持つ力は『太陽の女神』に授けられたもの。
それは当然、神々の力の一部だ。
天使達が地上側の力を持っていなくとも、人間達が天界側の力を持っていると考えるのは当然か。
シビラは、手を叩いて俺達を見る。
「マーデリンの言っていたことも気になるし、次の目的地が決まったわね」
「天界に行くんだな?」
「ええ。といっても天界への道は、特定の場所にしかない」
地上から天界を繋ぐ場所、それは——。
「——王都『セントゴダート』ね。そこに行けば、シャーロットに道を繋いでもらえるわ」
「シャーロットという知り合いがいるんだな。……いや、おい待て」
俺は、シビラの話を止める。
シャーロット。
その名前を、俺は以前聞いている。
ケイティの髪の毛が本来金色ではない理由。
それは、太陽のような金色に輝く髪を持つ女神が、一人しかいないからだ。
「ええ、『太陽の女神』は王都にいるわ。折角だし、ラセルは愚痴でも聞いてもらう?」
俺の内面などお構いなしに、実に気楽そうにシビラは言ってのけた。
いろいろな事が重なってしまい、再開が遅れました……申し訳ないです。(活動報告にいろいろ書きましたが、他にも動いている話もいくつもあり……)
今も三巻の校正とSS真っ只中なのですが、この機会にと思い連載を再開します。






