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魔王と女神と、姉の謎。ハモンドダンジョンの秘密

 目の前に現れた、黒いもやを纏ったシルエット。

 その姿を見間違うはずがない。


「魔王!」


 俺がその姿を見て叫んだ直後、魔王は両腕を挙げた。

 その直後、地面から二体のギガント並の背丈をしたタウロスの魔物と、下層のタウロスが……数えるのも嫌になるぐらいの数、下の階を埋め尽くす。


 しかし、そちらの方を見ている場合はない。


「ちょっ……あんた、待ちなさいッ!」


 ケイティは、両脇にヴィンスとアリアを抱えて持ち上げた。

 俺の近くまで来ていたシビラが階段の踊り場から石の槍を投げつけるが、ケイティがその魔法を足で蹴り上げるという技で防ぐと、奥の部屋へと逃げてしまった!


「ジャネットちゃん! 魔王はラセルがやるから、残りを!」


「ん、任せて」


 ジャネットは静かに頷くと、フレアスターを流れるように四つ出して地面へと落とした。……本当にどうなってるんだ、この凄まじい魔法は?


「《アビスサテライト》」


 魔王の位置を確認しながら、ジャネットの様子を見る。


 さすがにあの規模の魔法を連発するとジャネットでも苦しいのか、マジックポーションをここで飲んだ。

 それでも、ここで終わらないのがジャネットの凄い部分である。

 飲み終わったポーションの瓶を投げると、無言で石礫を投げて粉々にした。

 透明の破片が魔物の方に落ちるのを確認すると、その杖を魔物の方に向けた。

 一瞬俺の方に視線を向けたジャネットに、恐らくそうだろうと俺は頷いた。


「《ウィンドバリア》」


「《トルネード》」


 俺の魔法の後にジャネットが小さく呟くと、硝子の破片を乗せた暴風が牛頭の群れを包み込み、恐ろしい速度の暴風となって魔物の群れを襲った!

 風が止む頃には、下の魔物は大型の者を含めて、全身が食い破られたかのように削れて倒れていた。


 いくら破片を混ぜ込んだ風の魔法とはいえ、ここまでの威力には普通ならない。

 あの魔法は、間違いない。恐らく五重詠唱だ。

 やれやれ、本当に能ある鷹らしく爪を隠してきたな……。どちらかというと、獅子の牙と言ってもいいほどだ。


 そんなジャネットだが、これだけ遠慮なく魔法を使った理由は、きっと俺がウィンドバリアの魔法を使えるからだろう。

 アイコンタクトでその確認ができたのは、俺達のコンビネーションが上手くいっていることに他ならない。

 こいつと術士で肩を並べられるというのは、特別に嬉しいものがあるな。


 倒れ伏した魔物を見て、魔王もその威力におののく。


「……わたくしの、溜めてきた、準備。まさか一度で」


 呆然としているところだろうが、こちらも待ってやるほど暇ではない。遠慮なく行かせてもらうぞ。

 動かなくなった魔物の中へと降り立ち、俺は剣を構える。


「《エンチャント・ダーク》」


 剣に黒い魔力を纏わせると、魔王へと斬りかかった!


 すぐにこちらへと意識を戻した魔王は、さすがにそのままの姿とはいかないらしく、黒いもやを身体から外してその姿を現した。

 アドリアの魔王と近い姿。こちらの方が、やや大柄か。

 その手には、表面のでこぼこした紫色の大剣が握られてあった。

 俺の剣をその剣で弾くが、攻撃衛星のアビスサテライトが自動的に相手へと魔法を叩き込む。

 魔王は剣をこちらへ突きを入れる形をして——俺のすぐ隣に来たエミーに吹き飛ばされた。


 エミーは油断なく盾を両手で構えて、俺の隣に立った。シビラとジャネットは、上で構えているのだろう。

 魔王の本分は、恐らくダンジョンメイクと魔物召喚だ。戦いも弱くはないが、ドラゴンほど無茶な攻撃は来ない。


 聞いたところで答えるとは限らないが、聞くだけ聞いてみるか。


「今のは、魔王討伐をする勇者だぞ」


「……知っている」


「味方をして逃がしたように見えたが?」


「……そうだ」


「何故だ?」


 魔王は俺の質問に答えず、上に——シビラの方に——視線を向ける。


「……それは、知っているだろう」


「知らないから聞いてるんでしょーが」


「……!」


 シビラが上から呆れ気味に言葉を返す。

 その言葉に魔王は一瞬目を見開くと、大きく溜息を吐いた。

 ふむ、今のはどうやら——。


「失言だったようだな?」


「……想定できていなかった。宵闇の姉が、そこまで心が弱かったとは」


 何? シビラの姉プリシラの心が弱いから、ケイティと魔王の事情が分からないのか……?


 俺が魔王の言葉に反応を示す前に、魔王は剣を振りかぶった。

 その攻撃に対してエミーが動く気配を感じて、俺は思いっきり踏み込む!


 想定通り、魔王が両手持ちした特大剣はエミーの両手持ちした竜鱗の大盾には全く歯が立たず、打ち負けた瞬間を俺の剣が貫く!


「……マーダラーさえ相手でなければ」


 最後に負け惜しみを呟き、砂のように消えた。

 聞きたいことがないわけではなかったが、これ以上は話さなかっただろう。

 それに、あまりゆっくりもしていられない。下でどんな準備をされているか分からないからな。


「シビラ」


「すぐ行くわ。エミーちゃん、悪いけどマーデリンを抱えてくれる?」


「分かりました! あの……」


 エミーは、シビラへと何か声を掛けようとして言い淀む。

 シビラはふっと笑うと、エミーを安心させるようにぽんぽんと頭を優しく叩いた。


 ……先ほどの、魔王の言葉が気になっているはずだ。

 宵闇の姉。シビラの姉を、明らかに罵倒した言葉を。


 そしてシビラは、エミーが気に掛けつつも失礼に思われないかと言葉を呑み込んだのを、全て含めて察して頭を撫でたのだろう。


「話は後。降りるわよ、ラセル!」


「ああ!」


 俺とシビラは短く確認すると、すぐに階段を降りた。




 ハモンドダンジョン第十六層。

 紫の壁の広間。

 何もない広い空間は段差もなく、本来ならここにタウロスを埋めて戦わせるつもりだったのだろうことが分かる。中心におびき寄せて囲んだりとかな。


 しかし、この場所を見て俺達が思ったことは、恐らく同じだった。


「アタシ、嫌な予感がする」


「お前の考えていること、寸分違わず分かるぞ」


「僕も」


「あはは……アタシも」


 エミーですら、シビラの考えが分かると言い放った。

 だが、それも無理のないことだろう——。


 ——このフロアの対角線上に、全く同じような上への階段があったのだから。


「あの体術バカ相手に希望は皆無だけど、走るわ」


 一言俺達に伝え、シビラは上への階段を上り始めた。

 俺達は、全員で頷き合うとシビラの後を追う。


 途中、燃やされたタウロスや、恐らく蹴られて潰れたタウロスなどがある。ある意味ではとてもわかりやすいルートだ。

 シビラがジャネットに索敵魔法を使ってもらい、その指示に合わせてエミーを先頭に走る。

 走り慣れてないであろうジャネットのスタミナ切れのことを考え、道中は俺がエクストラヒール・リンクを使い続け、すぐに第一層まで上がってきた。


 当然、第一層から外に出られるはずなのだが、何故か上への階段。

 第一層は外に繋がっているはずだが……。


「……これは?」


 俺の目の前に現れたのは、大きな木の壁だった。

 ダンジョンにしては、随分と変わった形をしている。

 円柱状の木のダンジョン。上には細い枝がぐるぐると螺旋階段のように伸びている。


 そのダンジョンを見て、シビラは溜息を吐いた。


「やられた。エミーちゃん、多分いけると思うから、そっちの……そう、あの辺りを思いっきり叩き切って」


「この辺りですね。それじゃ……えーいっ!」


 相も変わらず妙に可愛い声と、不釣り合いにもほどがある威力で大剣を叩き付けると、暗い木の肌が音を立てて崩れる。

 入ってきた外の空気に懐かしいものを感じながら、足を進めると、そこに広がっていたのは……。


「……ハモンド、だよな」


 ハモンドの、恐らく北側。あの狼のダンジョンがある北側の森林の、東の方に出てきたらしい。

 遠くに街の灯りが見える。


 シビラが親指で、上を指す。


「普通の大木に見えて、これダンジョンの入口ね。ホラ、上の上の上〜の方に、樹洞じゅどうがあるじゃない。あの上向きのうろから中に入れるってわけ。


「……ということは」


 シビラは、少し肩を落としつつも、仕方ないといった様子で苦笑した。


「木の中ぴょんぴょん壁伝いに走り回って、あそこから逃げちゃったんでしょ。こりゃ駄目ね、探せないわ」


 草木が生い茂る森を見渡しながら、シビラは降参宣言した。

 と思ったが、次にシビラが握り拳を作りながら放った言葉は、何よりもの勝利宣言であった。


「情報山ほど得て生き残ったわ……!」

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