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ジャネット:今日が僕の、再起の日

 ラセルを見送った僕は、シビラさんから聞いた話を思い出しながらエミーに話を持ちかけた。


「じゃあ一緒にラセルのところに? うんっ、行く行く!」


 二つ返事でエミーは同意すると、すぐに出発準備を整えた。

 真面目な子だから、僕を守る方を優先してくれた。だけど『僕がハモンドに行けば、エミーは一緒についてくる方が自然でしょ?』と言えば、すぐに納得してくれた。


 旅の途中で、少し手慣らしをした。

 山の魔物は明らかに増えすぎている。すぐに討伐した方がいいだろうと、エミーと僕の二人パーティーで向かったのだ。


 溢れ来る魔物に対して、最上位前衛と最上位後衛。二人組ならこれ以上ないコンビだなと思えた。

 ああ、違うね。エミーと一番いいコンビなのはラセルだったね。

 そう思っていたのに……あんな凄い本物の女神が現れちゃうんだもんなあ。ちょっと同情するよ。




 ダンジョンのフロアボス討伐を終えて、ハモンドに潜り込んで。

 ラセルとシビラさんが潜ったという情報を聞いてから、僕達もハモンドのダンジョンへと向かった。

 少し出遅れたが、きっと二人なら大丈夫だろう。

 道中走りながらも、エミーに相手の特徴を教えておく。特にアリアはエミーに抑えておいてもらいたい。

 アリアを封じれば、次はマーデリンを封じてもらうよう頼んだ。


 そして……ケイティは、僕が。


 下層のボスフロアへと突入すると、壇上らしき場所に二人の姿。

 僕が反応するより早く、エミーはラセルを狙う橙色の髪の女へ急接近して光る盾で容赦なく吹き飛ばした。

 残念だったね、僕を笑った女。その心優しいお姫様はラセルのことになると、本当に変わるんだよ。


 マーデリンも、エミーが封じた。絶好の機会だ。


「助かったが、ジャネットの傍にいる約束はどうした?」


 今この瞬間にピンチだったと思えない、実にラセルらしい言葉。

 あのね、君はさっきまで命の危機に瀕していたんだよ?

 だというのに、自分の命より僕の心配とは……全く、そんな君だから僕は負けたんだろうね。


 でも、今は悪い気分じゃない。

 こんな状況だろうと君に心配してもらえるのは、君の幼馴染みとなれた僕の特権だからね。

 君にとって僕は、そんなに価値があると勘違いしてもいいのかい?

 全く、罪作りな男だ。


「それが何か問題でも? ほら、約束通りでしょ」


 久々に会ったわけでもないんだ。軽く声をかけると、すぐに僕は本命の方に向いた。

 最後に会った時から印象の変わらない、場違いなほどの美女。


「ジャネットさん、ですか。あなたも敵対するのですね」


「ヴィンスをこれ見よがしに奪っておいて、よくもまあのうのうと宣えるものだ。ケイティ、あなたの精神が何かに汚染されたか、上書きされたか、混ぜられているかはわからない。全ては仮説だからね。……いや、そういうのはどうでもいいんだ」


 首を振って、話を切り上げる。

 今考えることじゃない。これは、シビラさんと後で話せばいいこと。


「とりあえず、あなたを倒さなければいけない状況ってことだけ分かればいい。ラセル、それでいいか?」


 僕の言葉に、ラセルは緊張を隠しきれない声で叫んだ。


「気をつけろ! そいつは【魔卿】レベル51だ! 恐らく武闘家か何か、別の職業ジョブもある!」


 ラセルの言葉に、エミーが息を呑み、ケイティが口角を上げる。その数字は事実なのだろう。


「なるほど、【魔卿】の51か」


 僕が淡々と答えると、ケイティが恐らく本来の……いや、きっと本来と少し違う精神状態で、僕を煽った。


「余裕ぶってるのも、健気で可愛いわぁ。でもね、勝てなくちゃ意味なんてないのよ?」


 子供を諭すように、ニヤニヤと笑うケイティ。

 美しい女性でありながら、美しい女性の嫌な部分を濃厚に凝縮したような姿である。


「そうだね、勝てなくちゃ意味がない。わかりやすい問題だ」


 ケイティが、僕を敵と見なして魔法を準備する。

 ……ここから本番だ。




 僕の右に、炎の塊が現れる。

 ケイティが出していたのと同じもの。フレアスターだったはずだ。


 僕の準備を見て少し驚きつつ、同じ魔法を浮かべるケイティ。


「そんなに強くなったのね。いいわ、受けて立――」


「――いいや、まだだ」


 終わりじゃないんだよ。

 既知の能力だけじゃ、届かない。

 そう、教えてもらった能力だけで……誰かの知識を得るだけで満足して終わっているようじゃ、神に手は届かないんだ。


 ラセルとエミーは、マデーラにて魔神を倒した。

 完全に顕現しきれていなかったとはいえ、本物の神々の戦いに手を届かせたのだ。

 その二人の幼馴染みだと胸を張って言えるようになるには……ここで、踏ん張るしかない。


 練習してきたことの、本番だ。

 意識を集中して——魔法を発現させる!


 僕の横に、氷の槍が現れて空中に静止する。


 ケイティは目を見開き、ヒクリと口角の片方を上げ、冷や汗を流した。

 その顔が表す意味は、驚愕。

 僕の能力が、予想を上回った証左。


 底が見えた——。


 ……まあ、驚くのも無理はないだろう。

 僕の横には、氷の槍と石の槍と雷の球が()()()現れているんだから。


 最後に僕は、タグに触れる。

 ギルドに登録していた、僕の能力だ。


「【賢者】レベル55!? い、いつの間に……!」


 隣のエミーから驚く声。

 あまりかっこいい理由で上がったレベルではないのだけど、あくまでオマケで上がったものなのだ。

 後はまあ、君だよ君。エミーとヴィンスみたいな怪我の多い二人を支えるために、想定以上にレベルが必要だったんだよ。


 でも……こういう展開もいいじゃないか。

 人が神を()()()の力で叩き伏せるなんて、想像するだけで楽しそうだ。




 もう、暗闇で膝を抱えるのはおしまい。

 僕の氷を溶かしてくれた、大切な三人がいるんだ。

 さすがにそろそろ、起きなくちゃね。


 僕の人生は、僕だけのもの。

 僕を主役とした、僕だけが紡げる物語。

 それは誰にも……女神ですらも、邪魔する権利はない。


 一歩、前に出る。


「勝てなくては意味がない、その通りの問題だ。つまり——」


 発現させた術に魔力を込め、持っていた杖をケイティに向けた。


「——勝てばいいだけ。特別な知識がなくても分かる、実に簡単な問題だ」


 さて、主役ぼくの再起を始めようか。

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