先の先を読む戦い、遥か高い壁。攻略の一手を担うものは
ケイティが、まるで食卓のパンを取るかのように気楽そうに言った。
そして、異常なまでの熱を持つ球体を、軽く投げ放つ。
俺の判断は早かった。
「《シャドウステップ》!」
既にタネがバレた時点で、出し惜しみはなしだ。
二重詠唱の叫びにより、この魔法も効力が上がる。
次の瞬間、俺達は階段を降りてすぐの場所から、反対側へと移動していた。
シャドウステップは、シビラの腰を抱いて二人同時に移動したのだ。あの瞬間は、そうしなければ逃げられないと判断したから。
「助かったわ!」
そして、すぐに状況を理解したシビラは、俺に礼を言いながらも片手で石の壁を乱立させている。
復帰と判断が早い。さすが相棒、これなら大丈夫そうだな。
「そう、やっぱり私を拒否するのね。無理矢理にでも、一緒に来てもらうしかないかしら」
「お断りだ。《ハデスハンド》!」
俺の力の総力戦で、この未知の相手にどれだけ対抗できるか。
こうなってくると、魔神と戦った時の魔法を全て使ってでも、こいつを倒さなければならない。
「《スペルブレイク》」
突如、上の方から声が聞こえる。マーデリンか!
「女の足を掴むなんて、イケナイ子ね。でもそれは、対人戦では効く魔法じゃないわよ〜?」
くっ、そう簡単にはいかないか……!
何とか時間を稼がなければ。逃げようにも、上にマーデリンが構えていることと、下に逃げてもまだ魔王がいることが厄介だ。
どのみち下に行ったところで戻ってくるしかない。狙うは上か、それとも倒すか。
「せっかくだし、もうちょっと遊びたいわ。《フレアスター》」
ケイティの手から、再びあの炎の球が現れる。
「ぶつけてごらんなさい?」
「言ったな……《ダークスフィア》!」
ケイティがこちらに向かって投げてくる球に、俺は魔法撃ち込む!
距離があるのに、昼間の太陽のように顔を向けるだけで熱を感じる。当たったらおしまいだ。
魔法が当たると、案の定俺の魔法は吸われていった。力負けするだろうなとは思っていたが、やはり大きな球体の体積は半端ないな。
だが。
「……あら?」
俺は接近する球体をシビラと共に再びシャドウステップで回避し、アリアのいない場所へと立つ。
こんな状況で、あの手慣れた戦士を相手にしたくはないぞ。
「安全圏に逃げたつもりなんでしょうけど、甘いわね。二人とも、やっていいわよ」
「分かりました!」
「お任せください」
アリアとマーデリンが同時にこちらに手を出す。
「《アイスニードル》ッ!」
「《ファイアジャベリン》」
二人は、こちらへと同時に魔法を撃ってきた!
そうだ、アリアは【魔法剣士】で、マーデリンは【賢者】。どちらも攻撃魔法を使えるのだ。
全く以て厄介な連中だな……!
「《シャドウステップ》——っ!」
俺が再び移動したところで、ウィンドバリアが何かを弾いた感覚があった。
それに気付くのと時間差で、ダンジョンの壁から石礫がぱらぱらと落ちる。
「ラセル! 《ストーンスプレッド》!」
シビラが俺の名前を呼んだと同時に、今度はシビラが石の魔法を相手に向かって放つ。
あれを撃たれたのか!
「ラセルが移動する場所を、予め予測して撃ってきやがった。大丈夫、気をしっかり持って」
「ああ」
ケイティは、魔法を防がれつつも口角を上げたまま楽しそうに笑う。
「素敵……聖者の防御魔法を、どこかで張り直したわね? ちゃんと戦いの中で使いこなしている……ああ、欲しい……」
「やれやれ、諦めてくれそうにないな……」
「もちろんよぉ。あ、でも逃げられたくはないわね。アリア、上に」
「了解です!」
ニイ、と笑ったアリアは、すぐにマーデリンの隣に移動した。
上には逃げづらくなったな。シャドウステップで抜けようと思ったが、着地地点が分かると隙が生まれてしまう。
ぶっつけで交互詠唱するか? いや、それは最後の賭けだな。
「こんなに愛してあげると言っていても、まだ来る気にならない?」
「俺が俺でなくなりそうだしな。お前は信用できない」
「……自己の確立。孤児でありながら、母の愛情に飢えているでもなし。聖者になるだけあるわ……素敵」
相も変わらず、独り言が多い上に不穏だ。
エミーもジャネットも気味悪がるわけだ。
「ふん。それよりも、お前一人で大丈夫なのか? 戦士なしで戦えるようなヤツじゃないだろうに」
「あらぁ、試してみる?」
「……言ったな」
ケイティが誘うように、手の平を上に、指をこちらに曲げる。
見た目だけなら極上の色香だが、肌から感じる感覚では悪魔のトラバサミにしか見えないな。
俺が剣を構えると同時に、シビラが隣で小さく呟く。
……なるほどな。
頷きで返して、俺は一気に距離を詰める!
「《ダークスフィア》!」
攻撃魔法を撃ち込みながら、剣を全力で叩き込む!
ケイティは魔法を自身の魔法で相殺したが、既に俺は懐に潜り込んでいる。こいつに手加減は無用だ!
ケイティは、俺と目を合わせると——低く屈んで回避し、俺の剣を拳で打ち上げた! 力が、強い——ッ!
(《シャドウステップ》!)
そして、次の瞬間、俺はシビラの隣に戻ってきた。
「……なるほど、確かに『職業が二つとは限らない』な」
シビラが呟いた言葉。
その短い言葉に、俺は可能性を理解した。
魔道士と、魔卿。その二つのレベルを高い水準で持っているケイティだが、仮に低いレベルでも体術を使いこなす職業を持っていたら。
術士だからと剣を持っていない姿そのものが、罠。素手こそが一番の凶器となる。
それを証明するように、ケイティは片手を出した姿で、先ほどまで俺が立っていた場所に手を伸ばしていた。
……ヴィンスが掴まれて、無理矢理覆い被さられていたわけだ。腕力そのものが、上なんだろう。つくづく見た目と中身が全く違う女だ。
ケイティは無言で軽く手を振ると、足元に火を放つ。
小さな火の玉が地面にぶつかったと同時に、黒い柱が一瞬現れて消えた。仕組みはわからないが、アビストラップもまったくかかる様子がない。
本当に、考えられそうな攻略方法も、先を読んで使った数々の魔法も、容赦なく潰してくるな……。
「シビラちゃん、本当に優秀になったわね……」
「そりゃあんだけ姉がやられてちゃあね。戦いでは頼りにならないし、これぐらいは役に立てないと相棒じゃないってもんでしょ」
おいおい、シビラはそんなことを考えていたのか?
お前は能力以上に役に立っているぞ、誰にも代わりが務まらない……それこそプリシラでも太陽の女神でも、お前の代わりにはならないほどにな。
「でも、言ったわよね。『対策が分かったところで、勝てるとは限らない』って」
「……チッ」
そうだ。対策がわかり、相手の隠した職業の可能性を見破っても、能力差が埋まるわけではない。
「まずは、その膜から剥がしましょうか。《フレアストーム》」
簡単そうに呟いた魔法で、視界が一瞬赤く染まる。
肌に熱さを感じたと思う間もなく、俺の身体を痺れと激痛が走る——!
「風は火に弱いのよ。どんなに魔法を張っても、同時に電撃を撃たれちゃ避けられないわよね〜?」
そうだ、シビラと同様にケイティも無詠唱の魔法を元々知っている身。その使いこなし方は、慣れている。
「ちょっと痛い想いさせちゃってごめんなさい……その分たっぷり、差し引きで良くしてあげるから」
「……ふん、ますます嫌になってきたな。これと差し引きなど、想像したくもない」
「ふふっ、むっつりさんかしら? 強がれるのは、体験していない今のうちだけ。——アリア、マーデリン。決めるわ」
俺は二人が構えると同時に、ウィンドバリアを張り直す。
しかし、今の行動で俺の対策が簡単に破られること、そして回避が困難であることは分かる。
更に、耐えるだけではこの場を切り抜ける方法がないことも。
「それじゃ、これで終わりかしら。可愛い友人の妹の成長が見られて楽しかったわ、シビラちゃん。プリシラによろしくね? 《フレア——」
——終わりを紡ぐケイティの口頭詠唱は、フロアの壁に何かがぶつかる轟音でかき消えた。
壁にぶつかった何かが、ぐしゃりと落ちる。
そちらを見ると……橙色の髪が地面に伏して、動かなくなっていた。
「アリア!?」
ケイティが焦る表情を見せたと同時に、アリアがいたはずの階段上部に首を向ける。
そこにいたのは——!
「ラセル、遅くなった!」
マーデリンを羽交い締めにして剣を突き付ける、エミーの姿。アリアはエミーが吹き飛ばしたのか……!
一気に安堵するとともに、一つの疑問が浮かぶ。
「助かったが、ジャネットの傍にいる約束はどうした?」
「——どうしたって、何か問題でも?」
俺の問いに返してきたのは、エミーではなかった。
そして、エミーの後ろから現れたのは、全身純白の姿。
待ち望んだ、俺達のパーティーを一番支えた人物。
「ほら、約束通りでしょ」
そこには、全く気負いなさそうに、無表情で肩を竦めるジャネットの姿があった。






