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ヴィンスとの決着と、暴かれた秘密

 聖者の魔法は、普通の魔法とは違う。

 それは回復魔法が、体力的な疲れすら取ってしまうような魔法であることからも分かる。

 同じ名前の魔法でも、できることが多いのだ。


 もう一つ、聖者にあるのが治療魔法だ。

 本来あるはずの毒専用の魔法、麻痺専用の魔法、催眠専用の魔法などを一切覚えない。その代わりに、全ての状態異常が回復できるというもの。


 シビラの話によると、ヒールの複数化とキュアの複数化は根本的に違うものらしい。それほどまでに、この治療魔法キュアは高度な魔法なのだろう。

 シビラから聞いた情報は、これだけではない。ヴィンスが無くした記憶が、奪われたのではなく封じられたのではないかと言っていた。


 ならば。

 この本来ならば威力など考えないような治療魔法を、聖者の魔力で二重詠唱させればどれほどの力が出るか。

 もしかすると、ヴィンスにかけられた記憶の封印も、解除してしまえるのではないか——!





 ヴィンスの頭を掴んでいたところでアリアが割って入り、俺に向かって剣を振る。

 くそっ、連れてくるのは後だ。


(《シャドウステップ》)


 本来の使い方らしく、回避のために魔法を使って攻撃を避けると、シビラの近くまで戻って来た。

 アリアは油断なく、俺の方を見ている。


「……な、何が起こった……今、動きが見えなかった!」


「シャドウステップね」


 何だと……!?

 俺は、先ほどからずっと無詠唱でシャドウステップを使っている。だが、その名前をケイティが出した。

 こっちの使う闇魔法すら、あいつの知識の中にあるというわけか。やれやれだ、本当に知識の量はどれほど多く見積もっても良さそうな相手だな。


「回避用の魔法を、宵闇が逃げに徹するための魔法を攻めに使うなんて、なんて素敵……! あなた、本当にいいわ、欲しい、欲しい……可愛がってあげたい……」


「お断りだ、好みじゃないんでな」


「そーよ! ラセルはアタシみたいなモダンで先進的な、世界最高の美少女が好みなの!」


はたくぞ」


「ここは同意する流れじゃないの!?」


 真剣に会話しているところに、いつもどおりの自信過剰な言葉。

 こんな状況でなければチョップの一発でもお見舞いしているところだ。

 勝手に俺の声を断りも無く代弁するんじゃねーよ。


 だが……そうだな。

 少なくとも、あっちよりはよっぽどいい。


 しかし、今はそっちに構っている場合ではない。

 俺は、一番大事な局面にいるのだ。

 ジャネットに言われたことを思い出しながらも、俺はすぐそこの男に向かって叫ぶ。


「ヴィンス! 俺が分かるか!」


 反応してくれよ、俺が一番付き合いの長かった男。


 俺の叫びに、ヴィンスが呆然としながらもはっきりと呟いた。


「……。……ラセル?」


 ——ッ!


 名前を、呼んだ……!


「そうだ! ラセルだ! 事情は後で——」


 ヴィンスをすぐにこちらに連れてこようと思った瞬間、ケイティが動いた!


 それまでの、どこかふわふわとした様子とは全く違う異常な速さの踏み込みで、ヴィンスの隣に移動する。

 そして、ヴィンスを後ろから両腕で羽交い締めにした!


「ま、待てっ!」


 ここまで来て、取り戻すことができないというのか!

 何も得ることが、一歩も前に進むことが……!


 ケイティの腕がヴィンスの顔を掴む直前。

 ヴィンスは目を剥きながら俺を見て、フロア中に響く声で叫んだ。




「こいつは経験値を吸——!」




 ——ヴィンスの最後の言葉を、俺は聞き逃さなかった。

 一体どこからそんな力が出るのか、ケイティはヴィンスを片腕で抱きしめると、覆い被さるようにした。

 アリアの背中から、何か吸う音が聞こえる。


 ヴィンスは、気絶している。

 ケイティがヴィンスのタグに触れると、そこにギルド登録情報が表示された。


 ハモンド登録の、ヴィンス。

 職業ジョブは、【勇者】。


 レベルは、1……!?




 ゆらりと、ケイティが立ち上がる。

 アリアも、マーデリンも、完全に沈黙している。

 ケイティの視線は、シビラの方を向いていた。


 この状況で、隣から頼もしい声が、実に楽しそうに煽り全開で放たれる。


「へえ……! そう、そうなのね! キャスリーンがいつもレベルの高い男の連れがいるの何でかと思ってたけど、あんたは経験値を自由に出し入れしてたのね!」


 経験値の、出し入れ。俺が思ったことと同じだ。

 ヴィンスが俺に伝えた言葉と、今の表示されたステータス。

 信じられない言葉を、目の前の現実が肯定している。


 シビラがこちらに視線を向け、笑いかける。


「あんたの幼馴染み君、チャラいしタイプじゃないけど、ぶっちゃけ悪くないわよ! あのキャスリーンから秘密を引き出すようなこと、姉も最後まで出来なかった」


 キャスリーンの秘密を、一つ暴いた。

 それがどれほど大きな事か、分からないわけがない。

 知識に関して、シビラがここまで興奮しているのだ。この一手が、膠着状態だった相手にとって、かなりの痛手に違いない。


 ははっ……ヴィンス、お前やるじゃないか……!


「唇から出し入れしちゃうってのがとんでもないわね。あのエロい身体だから男も選びたい放題でしょーけど、最初から知ってたら対処はしやすい」


 意味不明な現象でも、意味不明な能力でも、知識さえあれば対処が出来る。

 手で記憶を消されるのか、魔法で奪われるのか。

 その警戒をしなくていいのは、作戦に大きく関わる。


「さあて、ケイティ。そろそろ覚悟はいいかしら?」


 ケイティは、宙空に視線を彷徨わせながら、ぶつぶつとまた何か独り言を言い始めた。

 聞き取れない声だったが……段々と、その声が大きくなっていく……!


「……ふ……ふふ……うふ、うふふ、うふふふふ——!」


 壊れたように笑う女。

 一体何がおかしいのか、ヤケクソなのか。


「シビラちゃんってば、随分と、やってくれるわね。今回あなたを滅ぼしても、もう対策を持って帰られてしまう。計算外、計算外だわ。でもね——」


 ケイティが、自分のタグに触れる。




 そうだ、当たり前じゃないか。

 経験値を『出し入れ』と言ったのだ。

 あれだけ身体能力の上がっていたヴィンスが、レベル1になるほどの経験値を吸ったのだ。


 じゃあ、その経験値は——。




「【魔卿】レベル51!?」


 そこに表示されていたのは、明らかに格上と分かる数字。

 しかも、上位職だ。話ではこの職業ジョブではなかったはず。


「対策が分かったところで、勝てるとは限らないのよぉ。そういう詰めの甘さ、ダメダメお姉ちゃんそっくりでかわいいわぁ」


 ケイティは、その巨大な熱の塊を出現させた。

 どんな重戦士も飲み込みそうな魔法を軽く出したケイティは、まるでランチの注文をするかの如く軽いノリで、処刑を宣告した。


「——じゃ、シビラちゃんの隣の男の子、もらっちゃいますね」

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