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アリアとマーデリンの参戦。会心の魔法と、渾身の魔法

 目の前には、武器を取り落とし倒れたヴィンス。

 何やらよく分からない精神状態のケイティが気になるが、今は後だ。

 このチャンスを逃すわけにはいかない!


「——《ストーンジャベリン》!」


 俺はヴィンスに近づこうとして……後ろで声が上がり、目の前で石の槍と盾がぶつかる音に一歩身を引く。


「ちょっ、本当にまずい……マーデリン!」


「こっちも防がれた。あいつ、強い」


 二人の聞き慣れない声で、状況が飲み込めた。

 俺がヴィンスに手を伸ばそうとしたところで、アリアが俺へと割って入ろうとした。それをシビラが防いだ。

 更に加勢しようとマーデリンが参戦したが、そちらもシビラが防いだのだろう。


「すまん、助かった」


「視野が狭くなる気持ちも分かるけど、焦った方が負けるわ。状況が悪化したわけじゃない、依然こちらが有利よ」


 そうだな、焦る必要はない。

 ケイティがぶつぶつ独り言を呟きながら動かなくなっている以上、俺は目の前のヤツを倒せばいいだけだ。


「アリア、だったか。お前に恨みはないが、邪魔するというのなら相手になろう」


「やれやれ、参りましたね……こういうのは私の領分じゃないんですがッ!」


 アリアが目を見開き、こちらへと踏み込む。速い——!


「やるな!」


 俺はアリアの剣を打ち払うと、腕を伸ばして盾をこちらに近づける。

 咄嗟の判断で身を引いたが、やはり只者ではない。体感上は、ヴィンスよりも強いな。

 事前にヴィクトリアと一戦やり合っていてよかった。どうにも対人戦に慣れているのか、こいつは近い動きをするようだ。


「うわマジか、今の避けるとか動きすぎじゃないですかね」


「まだ余力はあるぞ、魔法を撃ってもいいしな」


 アリアとマーデリンが参戦してきた以上、攻撃魔法を使ってもいい。

 戦う前の約束を反故にしたのはお前だからな。


「魔力切れの術士って聞いてたのに、こんな大変な仕事とかマジすか……マーデリン! 精神!」


「使ってる! なんで、効いてないの……!?」


 マーデリンへの『精神』とは、精神攻撃魔法。恐らくジャネットがやられたやつだ。

 連日魔法で眠らされていて、その魔法をパーティー外の魔道士から受けていたと言っていた。

 当時ケイティとアリアしかいなかったということは、マーデリンが相手を眠らせる強力な魔法を使えると理解するのが妥当だろう。


 実際に、頭に一瞬もやがかかった感覚があった。

 無論その魔法は予測できたので、すぐにキュア・リンクを使ってシビラを含めて回復させていたのだ。

 事前に知っていれば、対処は容易い。


「攻撃魔法は使えるだろうけど、精神汚染特化なら普通の攻撃ってどの程度かしら? 高い場所って弓なら有利だけど、魔法ならむしろ逃げ場所なくて的よね〜。《ストーンジャベリン》!」


「うっ、《ファイアボール》!」


 シビラの石の槍を必死に後ろに下がって避けながら、マーデリン小さな火の玉をシビラに向かって投げる。

 それをシビラは、無詠唱でストーンウォールを一瞬出すだけで防いでみせた。


「あらお可愛らしい。ラセルにぶりっこアピールでもしてるのかしら? 《ファイアジャベリン》!」


「きゃっ! つ、強い……!」


「そんなんじゃ肝心な時に役に立たないわよぉ〜? 状態異常は下層のフロアボスには効かないもの」


 ニヤニヤと笑いながら圧倒的な上位魔法で蹂躙を始めるシビラ。

 余力を残しながら魔法を使うその姿、もはや悪役そのものである。

 やれやれ、とんでもない女神様もいたもんだな。


「マーデリン!」


 アリアがシビラに接近しようとした瞬間、俺が横から斬り付ける。

 近づかせるわけにはいかないな!


 俺からの攻撃を一瞬の判断で回避し、アリアは俺を睨みながら剣を構える。


「ふん、随分と一丁前に睨んでくるじゃないか。先に約束を破ったのはそっちだろ」


「そーですね、元より約束は破るつもり! ちょいとあなたの実力見誤って出るのが遅かっただけなんで!」


 ほう……ここに来て、こいつの本音が出たな。

 気さくな雰囲気で目を細めて笑う女だが、なかなかどうして狡猾なようだ。

 余裕勝ちしなければ袋叩きする気満々か。


「ああ、別に邪魔してくる気がなければ命を取ったりはしないわよ。アタシは優しいもの。——逆に言うと邪魔するなら容赦しないけど」


 シビラは最後に本気の声色で脅しをかける。

 まったく……どうせ最初からそんな気ない癖にな。だが、いい脅しだ。


「ヴィンスさん! 二対一で仕掛けます!」


「あ、ああ……!」


 こちらの戦いを見て放心していたヴィンスが、剣を持って立ち上がる。

 だが先ほどより覇気がない様子だ。


「だち、だち……友人ダチ?」


「迷ってたら()()負けます!」


「ッ! くそっ、俺は負けねえ……!」


 つい叫んでしまったが、俺の口から自然と出た『親友ダチ』という単語にヴィンスは気を取られていたらしい。

 それもアリアに発破を掛けられて吹き飛んだが。


 同時に思う。こいつはやはりヴィンスだと。

 昔から、とにかく勝ちにこだわるヤツだったからな。

 勝つためならいくらでも努力したし、負けてからジャネットに教えてもらうことも、ぶすっとして聞きながらも次には少しずつ取り入れていた。




 ——後悔しないような選択。


 ヴィクトリアの言葉が、頭に思い起こされる。

 そうだな……ここでヴィンスに恨みの全てをぶつけて、再起不可能なまでにして。

 一時的にすっきりはするかもしれないが、次第にその後悔が俺を押しつぶすだろう。


「二対一なら……!」


 アリアが俺の左手に回り込み、ヴィンスが正面から踏み込んでくる。

 近接職の二人に、剣で挑む術士。普通に考えたら荷が重すぎるな。

 だが俺は【宵闇の魔卿】だ。それも、普通の攻撃魔法だけではない。


「——ぐうッ……!」


 アリアが左側で、俺が仕込んでおいた《アビストラップ》に引っかかり唸り声を上げる。


 混戦になった今、チャンスはもう僅かしかない。

 やるなら、今しかない——!


 俺はここで、この瞬間のために取っておいた魔法を頭の中で叫ぶ。


(《シャドウステップ》!)


 その瞬間、世界の色が消えた。

 俺はすぐに魔法の発動を確信し、頭の中で右側を選ぶ。


「——なっ!?」


「は?」


 ヴィンスとアリアの驚いた声と、一瞬でヴィンスの隣に瞬間移動した俺。

 術士の回避用闇魔法……だが剣士の俺が使うと、こういう使い方もできる。言うまでもなく、相性抜群だ。

 シビラがこれをヴィンスとの戦いに備えるよう準備してくれたわけだが、まさかこれほど凄まじい魔法とは。


 感謝は後回しだ。油断している一瞬の隙を突いて、俺は左手をヴィンスの頭に乗せる。


 ——これからする魔法は、普通の魔法であり、全身全霊の魔法。

 効果あるかどうかなど、俺にはわからない。


 だが、もしも聖者というものが、他の回復術士より特別ならば。

 蘇生と同じような奇跡を他の魔法でも起こせるのなら、『聖女伝説』にも載ってないような奇跡が起こせるのならば、可能性はある。


 本来不要な完全治療魔法。

 それを更に頭の中で二重詠唱し、全力で叫ぶ。

 

「《キュア》!」

(《キュア》!)

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