二人の思惑と、俺の心。そして戦いの火蓋が切られる
ケイティとシビラの反応は対照的だ。
余裕の微笑みを浮かべて、自分の有利を一切疑っていない太陽の如き美女と、不機嫌そうに口を噤む夜のような美女。
俺の隣に立つのは、後者である。
こいつと何度も旅をしていなければ、よっぽど間抜けなことをやらかしたのかと責めたかもしれない。
明らかに、偽の情報を掴まされている。
姉が負けた存在に、妹も負けてしまったのだろうと。
だが俺は、こいつがどれだけ困窮した局面で力を発揮してきたか、よく知っている。
どのみち自分にできることなど、髙が知れる話だ。
それに……確かにシビラは言った。
――どちらに転んでも、有利になる。
こいつがそう判断して下層まで降りたのなら、俺はその判断を信じるのみだ。
同時にシビラがそう判断したのは、これで問題を解決出来ると俺を信じているから。
それが、相棒というものだ。
そうだろ?
「無言なのは図星かしら? 昔みたいに、もっと可愛いシビラちゃんとお話ししたいわぁ」
「疑いを持たず、深く考えず、無知であるだけのマウント取れる女ばかりを可愛いと思う時代は終わりよ。それはあんたも思ってるでしょ」
「まあ、それには同意するわね~。でも、無知な子を無垢で純真と思うのも、それ故に愛欲を求めるのも人の性よね。ふふっ」
人の性など普遍的な話を混ぜ込みながらも、暗にシビラが『無知な子供』と言い放つケイティ。
それにしても、無知を無垢と表現するのはあまり褒められたものではないな。
例えばエミーは確かに抜けているところがあるが、それを魅力に考えるのは失礼極まりないし、エミーが俺より賢くなったからといって魅力を感じなくなるだろうかという話になる。
ましてやシビラは、話から察するに冒険者の参謀としてかなりの意識改革をしたはずだ。
その努力を踏み躙る感覚。人はそれを侮蔑という。
同時にそれは、俺がジャネットに対して何よりも気に掛けている感情だ。
聖女になりたかった彼女に対して、その能力を持つ自分を低く見積もることが、どれほど彼女の尊厳を傷つけていたのか。
このことに関して、攻撃の力に憧れた俺がジャネットに抱いた感情は、考慮する価値などない。
他人の感情をどうこうなど、できるはずもない。
俺にできることは、俺の意識を変えることのみだ。
つまらなさそうに、「ふん」と鼻で溜息を吐くシビラ。
それが本心からの表情なのか、演技なのかは分からないが……少なくとも、後者を考慮できるぐらいには、まだ俺にも余裕はある。
余裕はあるが――、
――俺以外のヤツがシビラを侮蔑することが、どうしようもなくカンに障る。
「……ふふっ……いいわぁ……」
気がつくと、ケイティは俺の方を再び吟味するように見ていた。
「男の子が聖女の場所を取っちゃうなんて、どれほどかと思ったけど……そうね、これほど深い愛なのね……私が取る場所も、まだ残っているなんて……」
「残ってるわけないでしょ、こいつの残した場所はこいつ自身のものよ」
「彼自身が望んだら、どうかしら……ねぇ?」
俺に視線を寄越してくるが、明らかに対等な目で見ていない。格下の生き物を可愛がるような――人の尊厳を踏み躙るような――嫌な目だ。
どこかつかみ所のないケイティとの会話を、ぶった切る声が割り込んできた。
「なあおい、さっきからどうしたんだよ。この先行くのか?」
恐らくこの中で唯一事情を全く知らないであろうヴィンスが、痺れを切らしてケイティに詰め寄る。
そりゃシビラとケイティの会話ならまだしも、俺を見てってのはヴィンスにとっちゃ気分のいいものじゃないだろうな。
無論、俺ですらその程度のことなど分かるのだ。ケイティが気付かないはずがない。
「ふふっ、そうだったわね。この先にはまだ行かないわ。それよりも……きっと彼も望んでるはずだから……」
ケイティが、アリアの方を見て、次にマーデリンの姿を確認する。
マーデリンは、ずっと高い位置から動いていない。
さすがに未だに動いてない理由は馬鹿でも分かる。
敵対するから、有利な位置を取っているのだ。
それを証明するように、アリアが剣の柄に手を乗せる。
ケイティが、笑顔のまま唐突に言った。
「彼は、気絶してもらいましょう」
「ちょっ、待てよ! 敵対するのか? 理由は?」
「気絶させましょう。いいですね?」
「そうだな、オレの剣に勝てるヤツなんていねえ」
——何だ、今の会話は!?
今のは、二言目の圧に押されて、ではない。
ヴィンスは短気だし女に弱いヤツだが、自分の頭で考えられないようなヤツじゃない。
渋々命令を飲んだような感じではなく、明らかに『塗り替えられた』ような反応。
目の前で見ると、その気持ち悪さ、あまりにも相手を人として扱っていないようなやり方にぞわりと来るものがあるな。
シビラも、今の変化を見て舌打ちする。
アリアとマーデリンは、驚いてすらいない。やはり、この三人は何かしらの秘密を共有するグルだ。
俺は、好戦的に剣を構えたかつてのリーダーに質問をした。
「先日カフェで会ったのを覚えているか?」
「んあ? 覚えてるっつったろが。だから手加減してくれってか? 命乞いせず観念した方がいいぜ」
やはり、そこまで忘れてはいないか。俺の記憶ごとなくなっているんだ、そう簡単に大規模な記憶操作ができるとは思えない。
それでも、精神に大きく作用するような魔法を使っていることは最早疑いようもないだろうな……。
だが、結構。
元よりヴィンスと剣をぶつける覚悟はしてきたのだ。
ただし、あの頃のような模擬の木剣ではない。
互いに手に持つのは、殺傷能力のある硬い金属の塊だ。
「アリア、まずは様子見よ。とっても素敵な、愛のぶつかり合いが始まるわぁ」
「いやあ見物ですねー。ところで隣の女はどうします?」
「邪魔するようなら気絶してもらって。ただし殺しちゃダメよ? 私も必死に探したんだから、ここでちゃ〜んと可愛がってあげなくちゃ。順序が大切なの」
「うっす」
アリアは、俺の邪魔をしないらしい。能力が分からないヤツに入られることがないのは助かる。
それにしても、ケイティはまだシビラの心を折るつもりらしい。自分の勝ちを疑ってないようだ。
俺も一歩前に出て、剣を構えた直後——俺の勝利の女神が背中を押した。
「ラセル。あんたは間に合った」
背中からかかる、小さな一言。
それでいて、何よりも大きな一言。
その意味するところを理解して、俺は口角を上げる。
「……お前、オレが【勇者】ヴィンスと知らないのか? 随分と余裕じゃないか」
「いや、よく知ってるよ。……ああ、本当に……本当に、お前のことはよく知ってる。恐らく、今のお前よりもずっと、な」
「何だこいつきめえ、気が触れてんのかよ。ま、すぐに終わらせてやる」
ヴィンスの剣が、俺の剣の先端にかちりと触れる。
それが、十数年間の『俺達』を再開させる合図となった。






