ダンジョンの最奥にて、女神と女神が言葉を交わす
ハモンドのダンジョン、下層ボスのフロア内部。
当然ながら、俺もシビラも帽子は宿に置いてきている。
ケイティは太陽の光の届かないダンジョン奥底とは思えないほど、ギラリと燦めく金の瞳が明確にこちらを向いている。
疑いようもなく、確実に俺を見ていた。
見ているだけではない。あの女は『間違いない』と言った。
それは、俺がラセルであることを明確に理解したことの証左。
ずっと相手に見られないように動いてきたが、遂にケイティが俺のことを完全に認識したのだ。
ケイティ。エミーをあそこまで追い込んだ女。
ジャネットをあそこまで追い込んだ女。
ヴィンスの記憶を奪ったと思われる女。
そして……シビラの姉プリシラを再起不能にした、愛の女神。
相手が何を考えているかは分からないが、あまり黙っているのも不自然だろうか。
会ってないフリは、却って警戒されるかもしれないな。
「……こんな下層に、一人か?」
「いえいえ、ちゃんとパーティーで来ていますよ~」
ケイティが後ろを向く。
その一瞬、シビラが俺に近づき、小声で伝える。
「宵魔15、回避魔法。それ、横も行けるから。あんたなら上手く――」
シビラが喋っている途中で、フロア入口の方から「待ってくれよ」という声が聞こえてきた。
……聞き馴染みのある声だ。
「急に魔物をほっぽり出して走り出すなんてよ。……ん? 何だ?」
奥から現れたのは、赤い髪の男。
あの時と全く変わらない、ヴィンスの姿。
「あんたは……ああ、以前会ったことがあるな。こんな場所まで攻略できるヤツとは思わなかったぜ」
そして——何もかも変わってしまった、内面。
その人との関わりを形作るのが記憶ならば、今目の前にいるのは果たしてヴィンスと呼べるのだろうか。
分からない……分からないが。
「おいおい、無視か? いや、聞こえてないのか。降りるぞ」
少なくとも、ヴィンスのつもりで接するなどできないだろう。
いつの間にかヴィンスの隣にいたアリアと、ケイティが壁伝いの階段でこちらに降りてくる。
つい先ほどまでケイティがいた場所には、マーデリンが待機している。
……降りてこない、か。それの意味するところは——。
「ふふ……ふふふ……!」
考える前に三人が降りてきたところで、突然ケイティが含み笑いする。
その視線は……シビラの方を向いていた。
「もしかして、なんて思ってたけど……まさかシビラちゃんの方がいるなんて、驚いちゃったわあ」
嬉しそうな声で、薄目を開けながらねっとりとシビラを見つめるケイティ。
それに対してのシビラは、ナイフを片手に持ったまま俺の隣で冷めた顔をしていた。
「驚いたのはこっちの方よ、キャスリーン。ああ、今はケイティって呼んだ方がいいのかしらね」
「あらあら……頑張っちゃって、もう。プリシラちゃんが来たのかと焦ったけど大丈夫そうだし、まさか残してくれているなんて嬉しいわあ……!」
会話の中に含むものが多すぎるのか、ところどころ聞いていても何を言っているのか理解できない。
が、それでも互いの感情がボタンでも掛け違えたかのようにずれていることは、なんとなく分かる。
無論、この二人の会話を理解できないのは、俺だけではない。
「なあケイティ、そこの女とも知り合いなのか?」
「ええ。友人の妹なの。ちょっとやんちゃなんだけど、無邪気で可愛い子よ」
「そうか。ケイティは本当に知り合いが多いな」
ヴィンスの問いに、ケイティは肯定を示す。
一見ほのぼのとした世間話のような内容だが、シビラが俺にしか聞こえない声で「いつの話なんだか」と呆れ気味に呟いていることからも、今の言葉に『侮り』が入っていることは分かる。
笑顔でさらりと嫌味を放っている……苦手なタイプだな。
恐らくケイティの中で、シビラは相当格下の扱いなのだろう。
俺が知る限り、シビラは簡単に侮っていいようなヤツじゃないが……相手が同じ女神だというのなら——まして、シビラの姉を出し抜いた可能性があるほどのヤツなら——どうだろうか。
「ねえ、背伸びシビラちゃん。自分が頑張っちゃった結果、こうなっちゃってる気分ってどんな感じかしら?」
ケイティは、露骨に煽るようにシビラに話しかける。
シビラの表情に焦りの色はない。






