鎧巨人の戦いは、幼馴染みとの日々の上に
階段を降りながら、ふと俺はシビラに聞いた。
「何故階段を降り始めた? 上で戦う方が有利だと思うが」
攻撃魔法を使えるのなら、上から畳みかけた方がいいだろう。
俺の考えに対し、シビラは否定するように首を振る。
「アドリアではこんな感じじゃなくて長い直線階段だったけど、もしも階段の上で攻撃したらあの鎧どうしたと思う?」
「あいつなら跳んできただろ。……まさか」
シビラは、鎧の方をじっと見た。
俺より頭三つ分はありそうな背丈で、武器はその背丈に見合った大きな剣……らしき、刃の潰れた鈍器のような棒を持っている。
「このフロアボス、跳躍もできると見たわ。だから、これ見よがしに崖がある。油断してると、あの狭いテラスみたいな場所で体当たりされて、扉付近の狭い通路に追い込まれるわね」
「想像したくない話だな……」
「対等な戦いをするには、この人間四人分ある高さの崖を、自分達も飛び越えられることが条件ね」
さすがにそこまでの身体能力はない。
なるほど、正攻法で倒すしかないということか。
シビラは階段のちょうど真ん中ぐらいで立ち止まる。
「アタシはここで対処するわ。ちゃっちゃとやっちゃいなさい」
「ああ、任せておけ」
俺は階段を降りると、鎧の巨人のフロアボスと対峙した。
地面に足を着けたところで、武器を腰の高さに構えたフロアボスが俺の方を向く。
ゆっくりとした足取りでありながら、剣の構えはタウロスのそれではない。
ただのリビングアーマーだなこいつは……むしろアドリアのフロアボスよりも、あちらにいそうなタイプのボスだ。
「相手になるぞ、かかってこい」
俺の言葉を読み取ってか、巨人の剣が揺れた。
戦闘開始だ。
特大剣を片手で軽々と持った巨人は、その剣を高く掲げたと思った次の瞬間には、地面に叩き付けていた。
俺は無論、その動きを見て回避している。
「《ダークスプラッシュ》!」
距離はあるが、命中ならこれだろう。
様子見で魔法を放ち、相手の動きを見る。
あの時のフロアボスほどではないが、このフロアボスも大きくバックステップをして回避した。
そして、再びこちらに足を向ける。
「攻めるのはゆっくり、回避は一瞬か」
戦い方を理解した俺は、剣を構えた。
こいつは、強い。特に人間らしい動きをするところなど、悪くない。
下層のタウロスは警戒心が強すぎて退屈だったのだ、ここで剣の手慣らしをさせてもらおう。
フロアボスが剣を両手持ちにし、踏み込んできて突きの攻撃をする。いい動きだ、当たったら一発で壁まで吹き飛ぶな。
だが、動きはエミー以上に単純だ。
相手の突きを横に回避し、こちらも相手へと踏み込んで剣を振る。
既に闇の光を纏った俺の剣は、相手の鎧の防御を貫通して、内部に直接ダメージを与えた。
『……!』
俺の武器の特性に気付いたのか、剣を構え直して一歩引く。
そして……相手が驚くべき行動に出た。
「そういうこともできるのか、ダンジョンの主が味方というのは便利なものだな」
鎧の巨人が左手を下に向けた途端、なんとダンジョンの床から盾が現れたのだ。
俺の身の丈ほどもある、大きな盾。その盾に妙に見慣れたような黒いもやがかかっている。
俺の攻撃を受けてあれを出したということは、
なるほど、重戦士と同じ戦闘スタイルか。
……いいだろう、仕切り直しだ。
「エミーとの模擬戦のおさらいだ。お前があいつより強いかどうか、見てやろう」
『——!』
俺の鎧から、声のない返事が聞こえた気がした。
巨人は盾を前面に構え、俺に向かって踏み込んできた。
「遅い」
俺は、盾で殴る気満々の相手を盾の右側に回避して、その腕目がけて剣を振る。
切断はできなくとも、血飛沫らしきものが大きく上がった。
フロアボスはすぐに盾をこちらに向け、同時に大剣を振り上げて俺を潰さんと叩き付けてきた。
速い動きだが——あくまで、それだけのもの。
俺は次に相手の右側、剣を持つ方に回避して腕を斬り付けた。
刃が通った感触があるが、奇妙なことに切断までには至らない。これが下層フロアボスの体力ということか。
なるほど、シビラが言った『素早い敵は』という話を思い出すな。
要するに素早くない敵は、これぐらい頑丈で当然ということか。
しばらく俺が攻撃を当て続けると、次にフロアボスは剣を突き上げた。
黒いオーラが出たと思うと、なんと地面からブラッドタウロスが二体現れる。子分も付くとか、本当に耐久力全振りのヤツだな。
「はいはい、あんたたちはこっちねー。一対一に野暮なことするんじゃないわよー」
それを、まるでガキでも相手にするような軽い声で、シビラが次々に燃やしていく。
相も変わらず、得意の火魔法と高いレベルによる攻撃は圧巻だ。
更にシビラは、フロアボスとブラッドタウロスの間に石の壁を置き、戦いに参加させないように誘導している。
一対多数は、相手が二人でも一気に戦いづらくなる。上層でゴブリンに苦戦していた初心者がいたが、それだけ多数との戦いは難しいのだ。
こういう小さな配慮は助かる。
牛頭仮面の鎧巨人……確かにお前は、強いのだろう。
ここに来るまでに、あれだけの手練れのタウロスを相手にするのだ。魔力枯渇状態でお前と戦うのは、随分と骨が折れるのだろう。
相応の重戦士としての剣技と、刃の通らない盾。高い体力とパーティー分断の部下召喚。
十二分に、下層のフロアボスとしての力がある。
「だが、エミーほどではないな」
ここに来るまでに、随分とエミーと模擬戦を繰り返した。
それは、僅かな間でも離れていた時間を取り戻したいというエミーの願いが聞こえるようで、練習の内容は色濃く複雑なものだった。
特に、盾を使う戦い方に関しては圧倒的で、行動パターンが日に日に増えていく様は俺以上の成長を感じた。
そして……エミーの増えた手数の全てに、一度以上は対処した。
そうしてお互いに強くなったのだ。
「お前には、それがないな。ピンチに手下を召喚するようなヤツならば、これ以上はあるまい。終わりだ——来い、アビスサテライト!」
俺は、魔神戦で威力を見せつけた攻撃魔法を、扉の向こうから呼んだ。
今度はもう遠慮なしだ。
フロアボスが数の不利にブラッドタウロスを再召喚するが、地面からその姿が現れる途中で、シビラに燃やし尽くされる。
「あーもーぜんっぜんダメダメ! そういう時に捨て身でも一か八かの『攻め』に踏み込めない時点で、この牛仮面ちゃんは典型的なビビリね。魔物の頭領のくせに萎縮してんじゃないわよバーカ」
アビスサテライトの攻撃を受けながらも、シビラの煽りに反応を示すフロアボス。
大きな剣を取り落とし、盾を取り落とし……それでもシビラの方に牛の鉄仮面を向けて、憎々しげに睨んでいる。
なんだこいつ、口撃が効いているのか? 効いているんだろうな。
「闇魔法使ってるのはアタシじゃなくてラセルなのに、こっちを気にするとか煽り耐性ゼロ! 身体を鍛える前に、精神を鍛えるべきね。いや魔物って精神鍛えるとかできるのかしら?」
マイペースな疑問でナチュラルに煽られ続け……フロアボスは、呆気なく膝を突いた。






