信頼できないことと、できること。その差は行動の結果に表れる
ハモンドのダンジョン中層を攻略する。
かつて俺を苦しめたブラッドタウロスは、やはり油断していい相手ではない。本来なら術士が剣を使うのも有り得ないし、一人で相手するのも荷が重いのだ。
それらを踏まえた上で、俺が苦戦することはなかった。
「《ダークスフィア》」
俺は、既に剣を仕舞っていた。
最初に剣を使ったのは、ある意味意地みたいなものだった。
近接戦で戦っていたヴィンスやエミーがこいつらを日常的に相手にできて、俺が倒せないようでは話にならない。
それに、【聖騎士】エミーが本気になってくれた模擬戦の日々を重ねた今、あんなヤツにびびっているようでは話にならないと思ったのだ。
今、闇魔法を使っている理由。極単純に、俺が闇魔法を使えるからというだけなのだ。
最初にアドリアのダンジョンに潜った時、シビラが言っていたことを思い出した。
確か『魔道士だけど、剣の方が強ければ剣を使う、魔道具の方が強ければ自分の魔法は控える』みたいなことを言っていた。
それを踏まえて、俺は自分の剣技が通用することを知った以上、遠慮なく効率的に数を倒せる闇魔法を使っているのだ。
トラウマもなければ意地もない、今の俺は『攻略するために攻略している』というわけだ。
途中で、ベテラン冒険者連中にも出会った。あの時、マーデリンの名前を俺に教えた男三人組だ。
珍しいなと思い声を掛けたが、「金がなくてな」と言葉を濁す。
ベテラン冒険者は、単純に強いだけではなく、シビラ風に言うと『引き際を分かっている』のだ。
そのため、よっぽどの上級職やダンジョン攻略を目的にしている者以外は、中層以下に降りてくることは稀だ。
時間があれば、いくらでも稼げるからな。
「ふーん……女遊びとかだったりして」
シビラが唐突に失礼な言動をしたのに対して、男達が視線を逸らしたのを見た。おいおい、マジかよ。
俺に警告しておいて自分たちは無茶してしまっているのだから、これも反面教師というやつだな。俺には今のところ無縁の話だと思うが……。
教えの内容は信用できるが、こいつら自身はちょいと信頼できそうにないな。
精々自分は失敗しないように気をつけるか。
第六層も、上層同様に広い。
ハモンドの街の冒険者を受け入れられるほどダンジョン上層が広いのはいいことだ。
しかし、それが中層も下層も続くというのなら、これほど厄介なこともないな。
「第七層への階段見つけたけど、第六層の探索やめてちゃっちゃと降りる?」
「ああ。じっくり稼ぐのなら下層からだ。中層のフロアボスの情報も下層の敵のことも、もう仕入れているんだろ?」
俺の問いに、シビラは驚きに目を見開いた。
ここ連日、俺はエミーと剣を重ねていた。その時エミーに一度聞いてみたが、中層のフロアボスを倒した後は宝箱を回収してすぐに戻り、それからすぐに脱退したというのだ。
フロアボスの話は、『なんかちょっとでっかいブラッドタウロス』という、実にエミーらしい回答をもらった。参考になるんだか、ならないんだか……。
俺とエミーの鍛錬。その間のシビラが、ただガキ共の世話を任されていただけとは思えない。
特にシビラは、ずっとジャネットを気に掛けているようだった。それが心のケアかと最初は思っていたが……。
「……お前とジャネットが揃って、ただ連日無為に雑談だけして過ごしていたとはとても考えられない」
なんといっても、あのシビラとあのジャネットなのだ。
俺とエミーが剣を打ち合わせ始めた時点で、既にジャネットは立ち直りかけていたように思う。
それを俺でさえ感じ取っていたのに、シビラが気付いていないはずがないのだ。
ならば、何をしていたか。
そんなこと、聞かずとも分かる。『知識』の共有、それ以外有り得ない。
いつだってこいつは、そう動いていたからな。
俺の答えを聞いたシビラは、視線を逸らしながら髪を弄り始めた。
「ま、まあそれぐらい当然だし? あんたに丸々ダンジョン任せるつもりだったから、これぐらいは役に立たないと、全世界数百億人のシビラちゃんファンが『もっとシビラちゃんが見たいよ〜!』って悲しむだろうし?」
「世界にはそんなに人間がいるのか?」
「……いないわね! 渾身のボケポイントだったんだけど、ツッコミって知識が共有できてないとできないってこと忘れてたわ」
いないのかよ!
海の広さを教えた頃のような、何か新しい知見の話かと思いきや、まさかのボケであった。
「ま、それだけシビラちゃんの活躍を世界が望んでるってことよね! あんたもアタシのこと頼りにしてるようだし?」
「今一気に不安の方が勝ってきているんだが……」
肝心な時に微妙な答えを投げつけられそうで、不安である。
とはいいつつ、俺よりも十二分に知識を蓄えているんだろうな。
「とりあえず、さっさと下の階に行くぞ」
「ええ! 泥船に乗った気でいなさい!」
「ボケがわざとらしすぎる、減点だな」
「やーんいつもながら厳しい! ラブラブ愛の鞭ね——きゃん!」
結局この終わらない会話を、俺は強制的に止めることにした。






