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今日が俺の、始まりの日

「えっ……はい?」


 シビラは、思いっきり素で聞き返してきた。

 さっきまでの雰囲気はどこ吹く風、竜に襲われた危機感も、悲嘆に暮れた表情も、遙か昔の彼方であった気さえしてくる。


「いやだから、闇魔法を教えてくれって言ったんだよ」


「……あんたアタシの説明聞いてた? 闇魔法を覚えるには、あんたの回復術士としての魔法を全部捧げなければならないのよ」


「必要ないんじゃないか?」


「……はい?」


 もう一度聞き返してきた。

 いいぞ、その女神の羽を顕現させてなお間抜けな表情。

 個人的にお前のする表情の中で一番可愛いと思うぞ。

 言ったら絶対怒りそうだけど。


 だがそのお陰だろうか、自分が死の淵に立っていることを忘れられるだけの余裕が生まれてきた。


「シビラ。お前は確かに『蓄積された魔力の叡智』を使って、闇魔法を覚えると言ったな」


「え、ええ……」


「闇魔法を覚えたとき、神官はレベルいくつだった? エクストラヒールを覚えていたか?」


「覚えているわけないでしょ。そんな優秀な神官は、そもそも不遇な扱いなんて受けないわ。アタシが手を出した相手で一番高い神官はレベル13よ。それでも全ての魔法を犠牲にして、覚えた闇魔法は精々2つよ」


 なるほど、レベル13か。

 そして、エクストラヒールを俺が覚えたのが、レベル4。


「なあ。俺がレベル8になったとき、どのタイミングか覚えてるか?」


「……今日のダンジョン探索全体なら、結構早い段階だったわよね。ダンジョンスカーレットバットを一体倒して——あっ」


 シビラも、ようやくその違和感に気付いたようだ。


「あれからダンジョンスカーレットバットを三体倒した。その間、ラセルは一度も、レベルアップをアタシに報告してきていない。っていうか黒ゴブリンもメイジとかアーチャーとか強いの出てきまくったのに……」


「結論から言うが、シビラの言ったとおりだった。俺はキュア・リンクが覚えられる最後の魔法だったみたいなんだよ」


「……じゃあ、今のあんたのレベルは……」


 そう。

 あれから数倍の魔物を討伐して、レベルが上がらないはずがない。


「今の俺は、【聖者】レベル12」


「12……!? ってことは」


「レベル9から莫大な魔力の増加を感じるのに、魔法はただの一つも覚えていない」


 シビラは何か、声をかけようとしていて止めている。

 まあ、今は慰めの言葉を選んでもらう場面でもない。


「それともう一つ言っておきたいことがある。歴代の聖女と俺は、同じではない」


「えっ」


 そう、俺は先ほどの『聖女伝説』の話をされたときに、違和感を覚えたのだ。

 さっきから余裕で魔法を使いまくっていて、節約なんてものを全く考えずにここまで来たのに、全く魔力の枯渇というものが想像できない。

 むしろ無限にあるだけなのではないかとすら思ってしまうほど、俺にはまだ魔力が有り余っている。

 だから、思ったのだ。


「俺と同じはずのかつての聖女は、無詠唱でキュア・リンクを使ったからレベルは9以上のはず。なぜ『村一つ程度で魔力が枯渇したのか』ってな」


「……普通枯渇するでしょ、馬鹿じゃないの……」


「そのとおりだ」


「馬鹿にしてる?」


「いや、俺もお前も合っている。まあ、つまりな——」


 俺はいろいろ考えた末の、全ての辻褄が合うその結論に至る。


「——かつての聖女と比較しても、俺が普通じゃないんだろう。恐らく俺なら、城下町一つ治療しても気絶はしない。それが俺【聖者】ラセルの本質だ」


 自分でこの結論へたどり着くには、少し勇気が要った。

 俺は散々、聖者としての能力を卑下してきたからな。

 しかし、ここまで状況証拠が揃ったんだ、もう過去の自分から逃げはしない。


 間違いない。

 俺は、かなり特別だ。


 口をあんぐりと開けて、ぺたんと尻餅をつくシビラ。

 そのシビラの片手を、離さないようにしっかりと両手で握る。


「シビラ。宵闇の女神」


「あ……」


「改めてお前に『宵闇の誓約』を願おう。聖者のレベル4つ分。ヒール・リンクを覚えた回復術士が、エクストラヒール・リンクを覚える以上の有り余った魔力をお前に捧げる」


 シビラは、俺の顔と、自らの手を包み込む俺の両手に視線を往復させる。

 やがて目を閉じると……覚悟を決めたのか、もう片方の手を、俺の手の上に乗せた。




「『宵闇の女神』シビラ。【聖者】維持にて、余剰魔力で【宵闇の魔卿】へ。《転職チェンジ拒否》……余剰魔力……魔力、確認。《魔力変換》……《天職ジョブ授与グラント:【宵闇の魔卿】》」




 俺とシビラの手の中から、眩い光が溢れ出した。

 それと同時に、自分の中で膨れ上がった何かが、色を変えていくような感覚に囚われる。


 そして……俺の頭の中に、【宵闇の魔卿】レベルアップの声が同時に響いた。

 これが、闇魔法。


 俺が驚きに目を開くと、視界には更に驚くべきことが起こっていた。

 『宵闇の女神』シビラの黒い羽根が、先ほどよりかなり濃く、心なしか羽自体も大きくなっている。

 これは……俺が宵闇の誓約をしたからか……。


 シビラは、自分の黒い羽に指を這わせながら、視線を逸らして話し出した。


「……アタシは、ラセルを騙していた。あんたに黙って、あんたの魔力を狙って近づいた。ねえ、ラセルはどうしてアタシを信じようと思ったの?」


「宵闇の女神を信じたわけじゃない」


「え、あれ?」


 ぽかんとした顔で、ちょっとずっこけ気味なシビラ。

 女神らしさがぐぐっと上がっても、こういう反応をしてしまうあたり、やはり宵闇の女神の本質は今まで俺が見てきたシビラなのだろう。

 そのことに、安心感を覚える。


「さっき思ったんだが、【宵闇の魔卿】への職業変換、別に同意を得なくても無理矢理変換できるだろ?」


「……そこまで分かるのね」


 そう。今の職業変化において、俺から何かシビラに働きかけた部分は一切ない。

 シビラは魔法を使う要領で俺に職業を授与し、同じように魔法で転職を拒否した。

 その、拒否をわざわざシビラが指定する部分を見て思ったのだ。本当は、同意なくとも今の魔法を使えば、他者を作り替えることができるはずだと。


 しかし、シビラはそれをしなかった。

 こんな命の危機であろうとも。

 初めての【聖女】に並ぶ【聖者】を、【宵闇の魔卿】に作り替えるチャンスだったとしても。

 俺を無理矢理変えれば助かると分かっていても、俺の意思を尊重した。


 ……そして、もう一つ。


 俺はシビラの頭に手のひらを乗せる。

 びくっと震えたが、今度はチョップをせずに、頭を優しく撫でる。


「……あっ」


「お前は悪い嘘をつけない、裏表のない性格だ。俺が信じたのは、宵闇の女神としてのシビラじゃない」


「え?」


「子供達のために、俺の監視を諦めてまでアドリア村の孤児院を守りに来た、冒険者の先輩である【魔道士】シビラを信じた、それだけだ」


 そのことを言うと、俺はシビラの顔を見ずに——俺の顔を見られないように——洞窟の中心へと踏み出した。

 ……いや、さすがにこれをストレートに伝えるのは恥ずかしいんだよ……。

 でも、今のは本心だ。


 いざという時ほど、人は本音というものが出る。

 あの時のシビラが、俺の拒否に対して何と言ったか。


『どうやってもあんたのこと、嫌いになれないあたりも、嫌いよ……』


 シビラは、闇魔法による復讐より子供のことを優先した俺を、嫌いになれないと言い切った。

 この土壇場、自分の命がかかっている状況で出た言葉だ。

 それが、きっと宵闇の女神シビラという存在を構成する、大切な芯なのだろう。




 よし、覚悟が決まった。

 それじゃ切り換えていくか。


『ヴォオオオオオオオ!』


 さっきの職業授与、思いっきり光ったもんな。そのときからこいつにとっても違和感はあっただろう。

 その後に炎の壁がだんだん薄くなってくると、ファイアドラゴンもようやく、俺達を倒し損ねていることに気付いたようだ。


「どう足掻いても、俺は脇役だったが」


 俺はウィンドバリアを二重に張り直すと、竜の巨体の前に堂々と足を進めた。


「お前に並んだぞ、ヴィンス」


 左手を、高く上げる。

 ファイアドラゴンは、再び火を噴くつもりだな。


 俺はその中心に狙いを定めて、左手の平を向ける。


「——今日が主役おれの、始まりの日だ。《ダークアロー》!」


 その声に応えるように、黒い魔力の矢が竜の命に牙を剥いた。

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