力を得た時、俺が命の危機よりも先に思ったこと
階段を降りる。
静かな空間。隣でシビラが「ん?」と何か疑問を持ったであろう声をあげる。
「どうした、何か気になるのか?」
「ええ……少ないな、って」
そういえば、そうだ。
魔物が地上に溢れ出ていたということは、飽和しているダンジョンということ。
それなりに魔物は多くなっていないとおかしい。
となると、考えられることは一つ。
「上層のボスを倒して、下に行った?」
俺の言葉に、シビラは頷く。
……ハモンドの冒険者は、決して弱くはない。
だが、タウロス系の魔物とウルフ系の魔物では全く意味が違ってくる。
少なくともレッサータウロスに戦い慣れたヤツが、あの上層のボスを倒せるとは思えない。
もしも、あのダンジョンハイウルフを倒せるとしたら。
「【勇者】か」
そういえば、店での会話で金が要るということを言っていた気がする。
ケイティが金策のことを考えていると言っていたのは、もしかするとこのことだったのかもしれない。
出遅れてしまったな。
「どうする?」
俺の目的が街の安全にあるというのなら、これで用事は済んだと言ってもいい。
もう山から魔物が溢れて人々を脅かすことはないだろう。
……だが、それはそれとして、だ。
「ヴィンスがこのダンジョンを攻略したというのなら、俺がここで引くわけにはいかないな」
少なくとも、あのフロアボスを倒せるぐらいは強いということだ。
ならば、これから俺とヴィンスが……少なくともジャネットから見て相当強いというアリアとぶつかる可能性がある以上、このダンジョンの魔物に負けているようでは話にならないということになる。
「よっし、分かったわ。男の子だもの、負けられないわよね。ここで意地張らなくちゃ!」
そういうんじゃねーよ叩くぞ。
……いや。
言われてみると、そうなのかもな。
俺の剣を持った原初の記憶は、やはり強い者への憧れ。
そういう意味でも、積極的で体格のいいヴィンスは憧れだった。
同時に、恵まれていて憎いヤツでもあり、職業を得たことでその感情は加速していったように思う。
赤い狼が、目の前に現れる。
「《ダークスプラッシュ》」
避けられないように広がった二重詠唱の闇魔法が、獣の姿をした魔物を覆う。
体中から鮮血を迸らせながら、魔物は吹き飛び絶命した。
俺がこの魔法を得て、最初に何と思ったか。
——お前に並んだぞ、ヴィンス。
あの時、確かに俺はそう思った。
真っ先に願ったのは、目の前の竜のことではない。
俺が主役に立つための、勇者と並ぶだけの力だ。
今も、羨ましいかと言われると、羨ましいのかもしれない。
決して聖者が悪いわけではないと今なら思うが、それでも何故太陽の女神は、俺を勇者に選ばなかったのか……そんなことを考えてしまう。
それほどまでに、太陽の女神にとって俺は力を行使するには頼りなく見えたのだろうか。
お陰で、こうして全く違う力を持つことができたことは、悪いことではなかったがな。
それに——。
「……あら、狼の顔ばかり見飽きて、たまには美少女の顔でお口直ししたくなった?」
「一人よりは賑やかで到底暇にはなれそうにないな、と思っている」
「これはもう熟年夫婦みたいなものよね!」
だから会話の展開が突飛すぎるんだよ。
こいつの女神らしからぬ積極性は何なんだろうな?
そもそも女神と結婚とかアリなのか?
どうせこいつのことだ、過去の【宵闇の魔卿】も似た感じであれこれ言って振り回してきたんだろう。
「先を走るぞ」
「ちょっ、待って!? 索敵魔法使ってるのアタシなのよ!?」
ま、せいぜい俺もお前を振り回してやるさ。
-
中層フロアボスも、多少使った魔法の回数は多かったが、比較的難なく倒せた。
そもそもアドリアの時点で下層のリビングアーマーを倒せていたのだから、これぐらいはできなければな。
下層に降り、シビラに確認を取る。
「……少ないわ」
索敵魔法による、魔物の数の把握。シビラの答えは『少ない』ということ。
それの意味することは一つ。ヴィンス達は、ここも攻略した可能性が高い。
俺は無言で足を進めると、シビラもそれに続いた。
やることは基本、変わらない。
それでも明らかに耐久力と体格が良くなったのか、上層のフロアボスぐらいの身の丈に黒い毛皮を纏った狼が、こちらに狙いをつけて襲いかかってくる。
迫力はあるが、武器を持たない相手に俺の剣が纏う闇の魔力は、圧倒的に有利。
シビラが索敵魔法を使っているおかげで、一番気をつけなければいけない挟み撃ちなどが起こる心配もない。
赤い狼が集団で現れたり、更にはあの黒ゴブリンが混ざってくる。
こいつの武器は猛毒だ、一度当たると一気に体調が悪くなる。
しかし……そうか。ヴィンス達もここを抜けたということか。
あの【賢者】も当然、何度か治したりしているのだろう。分かっていたが、優秀なのだろうな。
一体何者なのか。
何故あいつらは一緒にいるのか。
今は、考えない。
「入るぞ」
下層も、階段を見つけ次第降りるように走り抜けた。
その先に現れたのは、最後のフロアボスがいるであろう場所。
俺はシビラに確認を取り、その大扉を開く。






