狼のダンジョン攻略、魔王の作るダンジョンの情報と予想できること
ダンジョンに足を踏み入れる。
作りとしてはアドリアのダンジョンに近く、入ってすぐ洞窟としての薄暗い雰囲気と、何故か視界が塞がれない独特の明るさに包まれる。
当たりだ、魔物のいるダンジョンだな。
……それにしても、だ。
「……」
隣のシビラも、ダンジョンに足を踏み入れた直後、首を傾げて足を進め始めた。
俺も一旦構えを解いて、剣を片手に歩き出す。
シビラが武器を構えていないということは、答えは一つ。
「魔物、いるか?」
シビラは俺の問いに、やはり首を振って答えた。
「びっくりするぐらい少ない。ようやくお出ましよ」
その言葉とともに、指差す方から山で見た狼が二匹。
俺が構える前にシビラの指から炎の槍が飛び、狼を燃やし尽くす。
そうか、もう森の中ではない。火属性の魔法を使っても問題ないってわけか。
「これ、夜のうちに生産されたばかりの魔物と見ていいわね」
「……ということは」
俺の予想通り、シビラは笑いながらこちらを振り向いた。
「出遅れたわね! いやー、気合い十分キリっと言っておいて実はもう危機は取り払われていたと知った感想はいかがかしらぁ〜?」
「その事実に対しては街への危機がなくなっただけなので良かったと思うが、それはそれとして今はお前をすっげえ殴りたい」
「こんな美少女を殴りたいとか、あんたってほんと血も涙もないわね!?」
血も涙もあるから、煽ってくるヤツには容赦する気がないだけだぞ。
やれやれ……それにしても、だ。
「本当にいないのか、魔物」
「びっくりするぐらいいないわね。このいなさは、アドリアのダンジョンに行った二日目以来ってぐらい」
アドリアのダンジョン。
忘れもしない、強敵である黒ゴブリンが第一階層から現れる異様な難易度。
妙に耳に付く声と、一人称の定まらない不安定な魔王。
そして、ファイアドラゴンと……その竜を倒した俺の闇魔法。
ファイアドラゴンの素材を持って帰ったあの日、その夜のうちに村人総出で素材の回収に向かってもらった。
その時は、確か黒ゴブリンが出た記憶はなかったはずだ。
「ええ。魔物は夜のうちに生産されて、こちらに送り出される。詳しくはアタシも知らないんだけどね」
「シビラでも知らないのか」
「ダンジョンメーカー側の情報よ? アタシだってどうやってダンジョン拡張してるのか、そういうところまでは分かんないわよ。ただ、神族から見た魔族で分かる範囲と予測できる範囲があるってぐらい」
言われてみたら、それもそうか。
シビラ達にとって魔王の連中は、全く違う世界の住人。
逆に言えば、そういう違う環境の相手の事情をここまで知っているシビラの方が詳しすぎるともいえる。
「俺に言ってない話とか、まだまだあるんじゃないのか?」
それは、ふと気になったことだ。
シビラが段階的に情報を開示しているとは分かっているが、ここまで一緒にいるんだ、知っていい情報ぐらいは全部知っておきたい。
「そうね。といっても、アタシから言えることなんて大してないわよ。魔王討伐に関する情報は全部出したし」
「そうか。ならば『予想』は? 何でもいい」
シビラは少し唸ると、一つの可能性を示した。
「神界から、人間界に顕現したのがアタシ。そしてキャスリーン。そして魔界から人間界に侵攻してきているのがダンジョンメーカー。ここまではいいわね」
「ああ」
「アタシ思うのよね。ダンジョン最下層から、俗称じゃない本当の魔界って行けないのかしらって」
……凄まじいことを聞いた気がする。
魔王がいる世界に、人間側から侵攻する。あまりに想像できない話だが、今のダンジョン攻略はある意味『防戦』一方なのだ。
こちらから攻めることができれば、全く事情が変わってくる。
「ま、人間を神界に呼んだこともないから実際できるかわかんないんだけど。でも、可能性の一つとして考えてみてもいいかもね」
「そうだな。……俺が神界とやらに行くことはできるか?」
「能力的な部分でももちろんだけど、人間には極力不干渉でいたい神が多いから、大丈夫かどうかはわからないわね」
滅茶苦茶干渉しまくってくる女神が言うと違和感が凄まじいが、この神様らしさの欠片もないシビラのことだからな……。
「今、アタシのこととってもフレンドリーで可愛い女神って思った? ねえ思った?」
「実際に俺は何と思ったか、シビラどう予想する?」
「……。んー、じゃあ『助けてくれるシビラ様は最高の女神様です』とか?」
何故自分のことになるとここまで計算能力皆無のぽんこつ駄女神になるのか、魔王の謎と同じレベルで全く理解できんな……。
-
上層の狼を一通り討伐すると、扉の場所まで来る。
シビラが俺に確認をし、俺が扉を開けて中に入る。
第五階層のフロアボスは大型の白い狼だった。
「《ダークスプラッシュ》!」
事前に俺がやると伝えていたので、シビラは後方で石の壁を出しながら魔物の道を塞ぐように魔法を使っている。
狭いフロアで動き回れなくなった魔物が、横への回避行動を頭の選択肢から外したのか一直線に俺へと突撃してくる。
そのまま当たれば無事では済まないがそうはいかない。
魔物は俺の目の前まで来た途端に、黒い光に包まれた。
そう、アビストラップだ。設置型の魔法は、相手がその場所を踏んだ瞬間に発動する。
一瞬足を止めた着地とダメージのタイミングで、俺は魔法を放つ。
「《アビスネイル》!」
黒い爪が地面から伸びると、魔物を貫通する。
身体を撫でるように爪が通り過ぎると、次の瞬間には狼は横たわっていた。
「問題なさそうだな」
「……本当は立ち上がれば全長三メートルのダンジョンハイウルフ、盾職が力負けする上に体力も高い方なんだけど、あんたの魔法にかかれば完全に体力不足ね」
この魔法、あの魔王も倒したほどだからな。
使い方も組み合わせも、それに伴う無詠唱の方法も随分と慣れたつもりだ。
「ま、この調子で攻略していきましょ。……それにしても」
シビラは狼の牙を切り落として、下へと続く階段の方を見た。
「昨日のパーティーがこのボスを倒していないとなると、下の魔物はまだ多いわ。ラセル、どうする?」
俺はシビラの問いを鼻で笑い飛ばし、下への階段を一つ踏みしめた。
「聞く必要があるのか?」
「ないわね!」
シビラは腰に手を当ててニーッと笑うと、階段を降りる俺の横に並んだ。






