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昔からあると普通だと思っていた、明らかに普通ではないもの

 本屋まで戻って来たが、シビラはまだ来ていないようだな。


 ……本屋、か。

 俺はふと気になり、ずらりと並ぶ本を手に取って中を読むことにした。


 大きめの文字で描かれた絵本は簡素な絵が描かれており、勇者がダンジョンで戦う様子を表している。

 魔物は、黒くてふわっとした形だ。誰も知らない下層の魔物を描いているのだろう。


 勇者には仲間がいる。聖女と、剣聖と、魔卿の三人。

 剣聖と魔卿は男だ。

 四人はそのまま魔王を倒して、話は終わる。


 本を閉じる。

 現実は、ここまで人間関係がすんなりいくものではないのだなと、俺は無言で本棚に本を入れる。


 何冊か軽く冒頭を読む。

 内容は、似たような物語がいくつかと、簡単な算術の話がいくつか。

 そして基本的な職業の話と、あとは一番多いのが、もちろん太陽の女神教の本だな。

 教義の基本となる本と、教義を分かりやすくかみ砕いた本。

 大多数がそれで、俺がいるうちに二人がその後者を買っていった。


 それにしても……ここの本は、どれも見たことがない。

 だが、どちらかというと貴重で珍しいというよりは、簡単な内容となっているような気がする。

 この世界の仕組みに関する本もあったが、正直ジャネットから教えてもらった話に比べると単純なものという印象が拭えない。


 ふと、思った。

 子供の頃からある、孤児院の地下室。

 隠し扉のようになっている地面に、本屋を超える量と内容が詰まっている。

 そして、本の内容は本屋を凌駕するほど複雑で難解なもの。


 子供の頃だから、凄い、としか思わなかった。

 精々、俺とジャネットの秘密の場所、程度のもの。

 だが物心ついて、改めてこうして本屋を見ていると思う。


 孤児院に、何故あそこまで大量の本があるんだ。

 あの内容は、子供どころか大人にとっても難解だ。それこそジャネットぐらいしか理解できないほどに。

 どこから仕入れて来たんだ?


 あの地下室は、そもそも何だ——?


「——うっ!」


 突然首筋に、異様な感覚を覚えて振り返る。

 見ると、そこにはシビラがカップを二つ手に持っていた。


「『うっ!』だって! あんたもそんな面白い声出せるのね!」


「マジでやめろ、危ないだろ」


「あんたこそ、さっきから本屋で本も手に取らずにぼーっとしてるなんて勿体ないわよ」


 ああ、そうか……すっかり孤児院のことを考え込んでしまっていたな。

 本屋で本も読まずに突っ立っているなど、他の客にも迷惑だろう。


「とりあえず、はい」


 シビラは片方のカップを突き出した。

 中には、湯気を立てた飲み物が入っている。隣の喫茶店のものだろう。


「そこで買ってきたの。少し腰を落ち着けて話しましょ」


 どうやら気を遣われているようだと、ようやく気付いた。

 いかんな……切り換えていかなければ。




 カップの中を口につけると、爽やかな花の香りが広がる。

 気分も心なしか落ち着いてきた。


「ふー……すまんな、少し考え事をしてた」


「見れば分かるわよ。本屋ってことは、孤児院の地下室のことよね」


 よく分かるな……いや、そういうところはすぐ気付くヤツか。

 俺が肯定の意を示すように頷くと、シビラも「そうよね」と呟きながら腕を組む。


「あの場所は、ちょっとやそっとでできるような場所じゃない。それ以外は普通なのに、あの地下室だけ異常だわ」


「シビラから見てもそう思うか」


「ええ。アドリア、ハモンド、セイリス、マデーラ……どこの街にも、あの難度の本はない。もう少し王都に近い場所か、別の国で作られたものじゃないかしら」


 そんなに遠くから、あれだけの本が来たのか。

 ジェマ婆さんか誰かの趣味なのだろうか。当然のことながら、婆さんにも若い頃に何をしてたかってのもあるだろう。


「多分あの孤児院自体に何か秘密があるのかもしれないわね」


 俺は頷くと、話を本題に切り換えた。


「ところで、ケイティの件だが」


「そうね。あんたはどう見る?」


「最後の一人は『マーデリン』という名前ということと、あと他の冒険者連中も俺のことを覚えていないことが分かった」


「上出来。アタシの方も、勇者パーティーは最初から一人って感じだったみたいね。ちょっと曖昧そうだったけど」


「そうだな、俺の方もハッキリ一人というよりあまり覚えてなさそうだった」


 シビラと頷き合い、俺はそこであいつらに聞いた話を振った。


 山にあるダンジョン。そこから溢れている、狼の魔物。

 その遠吠えを門番が聞いたという話だ。


 シビラは俺の話を聞き、カップの中身を一気に飲み干した。

 そして、真剣な表情でこちらに顔を寄せる。


「あんたはケイティの動向を探るために、ハモンドまでやってきた。それでも、魔物がこの街を脅かすとなれば、ダンジョンの方に行く?」


「当然だ」


 元々ジャネットのもとにエミーを置いてきたのも、俺がこちらで安心して活動できるように信頼できる相手を置きたかった部分がある。

 そして、山の魔物は間違いなく俺の集中力を削ぐものだろう。


 俺の返答を聞くと、シビラは俺の顔をじーっと見て……すぐにニーッと笑った。


「そうこなくちゃ! それでこそ【聖者】よね」


「俺はそんなつもりはないぞ、普通だ普通」


「それを普通と言えるのが聖者なのよ。どんなに力を持っても、自分の命を天秤に乗せて他方に傾いたりしないもの」


「そもそも負けるつもりはない、死んだら誰も救えないからな」


「魔神に挑んでおいてどの口が言うのかしらね」


 そう言いつつも、シビラは終始楽しそうだ。

 こいつも、俺がダンジョンの方を優先することに賛同してくれているようだな。


 ケイティ——キャスリーンのことを相当気に掛けていたから、あちらを優先する可能性も考えていた。

 そういう自分の話を切り離して優先順位をつけられるのが、こいつのいいところだろう。


 ま、お前も元々孤児院を護るために飛んできたヤツだしな。


「それじゃ、さすがにいい時間になってきたから今日はもうどっかで食べてぐっすり寝て、明日元気いっぱい出向きましょ」


 その方針に頷くと、俺もシビラと同様にまだ少し温かいカップの中身を一気に流し込んだ。

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