ハッタリの女神が引き出した、異常の数々
俺の目の前で、シビラは見慣れた受付の男に近づく。
俺が住んでいた時と、人員の変化はないらしいな。まあ出て行ってから大した時間も経過していないし、そんなものか。
……そうだな、あまりにも俺の身に起こった出来事が凄まじすぎて意識しなくなっていたが、この街はほとんど変化していないんだよな。
あまりに見てきた世界が広かったもので、急に街が一回り小さく感じてしまったが。
「久しぶりね」
「おお、シビラさんじゃないっすか。しばらくどこ行ってたんです?」
っと、今は今のことに意識を集中するか。
「村の方がダンジョン溢れしちゃったみたいでね。あれよ、ダンジョンスカーレット」
「バットっすか」
「そ。討伐し終わったから、軽く余所でも仕事して戻って来たってわけ」
なるほど、確かに証言は取れるし嘘は言っていないな。
「アドリアの方で聞いたけど、山の方で溢れてるそうじゃない。向かわないの?」
「うちのダンジョンの上層の方が楽っすからね。レッサータウロスに慣れたヤツらだと、狼はアカンですわ」
レッサータウロスというのは、ハモンドのダンジョンで最初に敵対することになる魔物。
特徴は牛の顔と、成人男性ほどの肉体。ただし、動きがとにかく凄まじく遅く、棍棒を振り回しても大した威力はない。
パーティーが二人以上いれば、負けることはまずないという相手だ。そのダンジョンが上層に広がっているのが、ハモンドという街を拠点とする者にとっての人気の秘訣になっている。
反面、山に出てくる魔物は狼タイプ。動物の動きは素早く、それが魔物のものとなると危険も大きい。
しかも、ダンジョンの場所は分からないのだ。仮に魔物に出会わなければ、一日何の報酬もなく終わる。
「一応城下町の方から救援が来るそうなんですけど、なんかあっちもモメてるみたいで人が来るのは大分後だそうで」
「そうなのね、一応アタシも受けてるから大船に乗った気でいていいわよ」
「おっ、まじすか。最初の頃はナメてたDぐらいのランクの連中みんな被害出てるんで、気をつけてくださいねホント」
相も変わらず女には優しい男である。
俺に対してはかなり事務的だったからな。もちろんヴィンスも……いや、ヴィンスは露骨に恨めしそうな目で見ていたな……。
エミーとジャネット? そりゃもう丁寧な説明だったさ。
二人とも嫌がってたけどな。
しかし、そうか。喋り好きの女とはこんな感じなのか。
「ま、逃げるのは得意だから大丈夫よ。それにしても……」
シビラが手を乗せていた受付のテーブルに、今度は肘を乗せてもたれかかるようにする。
「勇者パーティー、なんだか一気に様変わりしちゃったわよね。何かあったの?」
来た。本題に切り込んできたな。
受付の男もシビラに顔を近づけ、真剣な顔をする。
「あのパーティーのこと、なんか探りでも入れてるんですかね」
「何言ってるの、このアタシよ? 探りなんていっつも入れてるでしょ。あ、でも神官の子は見つかったからもういいわよ」
「あー……そういやそうでしたね」
上手い。疑われそうになったところで、否定せずに当然のことのように話を持っていった。
まだ俺を見つける前の、【宵闇の魔卿】候補の回復術士を捜していた頃のことを持ち出したのだ。あれならケイティを狙って情報収集しているとは思われにくいだろう。
受付の男は警戒を解いて、シビラの言葉に頷く。
「勇者パーティーなら、ほんっとそうなんすよ。いやあ、ずっと一人だったというのに、急に女侍らせはじめて……今代の勇者はダメっすね」
……俺は、受付の男の言い放った言葉を聞いて思わず帽子で顔を隠すように頭を下げた。驚きが表情に出てしまいかねないからだ。
ずっと、一人だった? 俺とヴィンスが一緒にいたのを、お前はずっと相手にしていただろ……?
「あれじゃ魔王討伐とか無理じゃねーかな」
「へえ、女の実力だって高いんじゃない?」
「確かにイケてはいますよ。でも、攻撃魔法に依りすぎっつーか」
「四人ともなのよね」
「なんだ、知ってるんじゃないすか」
「ダンジョンで会ったもの」
そう軽く返した直後、シビラは後ろをさりげなく振り返りつつ受付に告げる。
「そろそろ角とか持ち込むヤツも増えてきそうな時間になってきたし、アタシはそろそろ行くわ」
「はい、よろしくっす。山の方、くれぐれも無理そうなら手引いてくださいね」
「考えとくわ」
シビラは最後にそう伝えると、俺の方……を見ずに、そのまま外に出た。
一緒に組んでいるとは察知されたくないということだろう。少し待ってから、ギルドを出た。
外に出ると、扉のすぐ横でシビラが腕を組んでいた。
俺に気付くと、目を合わせた直後にその場を離れたので、俺も後をついていく。
結局宿の近くまで戻って来たあたりで、シビラはようやくこちらに話しかけてきた。
「どう思う?」
「いつも唐突だな、と言いたいところだが……」
どう思うかと言われて、思い浮かぶことは一つしかない。
「何かされてるよな。シビラの予想が正しければ、記憶の封印といったところか」
記憶が奪われているのなら、俺のことを覚えていないのも分かる。だが、段階的に細かくエミーとジャネットの記憶も忘れた上で、他の人間も俺達の記憶がない。
勇者パーティーの元いた人数を忘れている、なんてことは有り得ないだろう。それなら一人と言い切ることはないはずだ。
「それもあるけど、もう一つ気付かなかった?」
「……何だ?」
あの受付との会話に、まだ不自然なところがあったのか?
「ヴィンスとケイティの会話、覚えている? あの緑の女を何と紹介したのか」
「回復術士だろ?」
「そう」
一体それが、今の会話と……いや、待て。
攻撃魔法に依りすぎている? そしてシビラは次に——。
「ハッタリだったけど、無事に引き出せたわね」
——四人とも、と言った。
ならば、あの時の会話にあった情報が嘘ということになる。
「ヴィンスはどうやらケイティのことを信じ切って、パーティー合流の受付も任せている。タグも見てないはずよ」
そしてシビラは、残酷なことを言い切った。
「ジャネットちゃんを眠らせた時点で考えていて、食事中の会話で確信した。最後の女が回復術士として活躍してるのなら、精神に作用する催眠魔法を使う時点で【賢者】よ。ケイティは、ヴィンスのことを信頼しているようで、本当のことは教えていない。マズいわね」
俺はシビラの言葉に、心底恐ろしいものを感じた。
記憶を奪った理由。仲間を自分の身内で固めた理由。
未だ分からないことだらけだが、それでも今の俺にもはっきりと分かったことがある。
ケイティは、まだ何か目的があってヴィンスを騙している。
それも、誰もに好かれるような太陽の女神のごとき美貌と微笑みを振り撒いて、悪びれもなく、だ。






