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謎の女の正体と、探し出せなかった理由

 キャスリーン。

 一体その名前とどんな因縁があるのかは知らないが、呟いた瞬間のシビラの顔は……喜悦が確実に見て取れるようなものだった。


「予想はできてた。後は確かめるだけだった。間違いない、あれはキャスリーンだわ……」


 ……ただし、その表情には多少の焦りというか、逸る気持ちが抑えられない様子も感じ取れる。

 それにしても、キャスリーンという名前には聞き覚えがある。恐らくシビラから聞いたはずだが……。


「前にもその名前を言ってたよな。どの時だった?」


「ああ、うん、そうね……多分無詠唱の時じゃないかしら。もしも無詠唱を知っているヤツがいたら、それはキャスリーンだって」


 あの時か。

 無詠唱を知っているのは、シビラかキャスリーンだと。


「あまり気にしなかったが、無詠唱を知っているヤツとして名前を挙げたということと、女神のお前が最初から名前を知っていたということは、察するに普通の人間ではない……という認識でいいんだよな」


「ええ。キャスリーンは正真正銘、女神よ。……あまり驚きのない顔ね」


「妥当すぎてな……」


 むしろ、あれが女神でないただの一般人だというのなら、そちらの方が余程驚きだと思う。

 人知を超越した知識と、人類では到達できない美貌。そういう存在なのだろう。


「そういえば、残りの連中は知ってるか? 他の二人だ」


「んー、見たことないわね。といってもキャスリーンも大分違ったから、もしかしたら誰かが変化しているのかも」


 変化している、か。確かに名前が違って見た目も違うというのなら、それが誰かは分からないだろう。女神ではない可能性も十分にあるから、下手な先入観は持たない方がいい。

 ……いや、待て。


「キャスリーンも大分違う? あの見た目は変化しているのか?」


「ええ。それじゃキャスリーンの話を詳しくしていきましょうか」


 シビラが腰を据えて喋るようベッドに座ったので、俺も長話を覚悟して隣のベッドに座った。

 ようやく、ケイティの話を聞けるのだな。




 まずシビラは、俺の質問に答えた。


「見た目の話だったわね。まず大前提として、金の髪を持つ女神は『太陽の女神』シャーロットだけ。キャスリーンの髪はピンクだったはずよ。顔はそのまんまだけど」


 なるほど。と、いうことは……。


「……少なくとも太陽の女神ではないということだな」


「ええ。キャスリーンは『愛の女神』だったわ」


 愛の女神、か。

 今のところ愛というより、愛欲とか愛憎の女神と表現した方が良さそうな感じだがな。


 シビラは店で見たケイティの姿を思い出しているのか、首を振ってて溜息をついた。


「はぁ〜……迂闊だったわ。名前や姿が違う可能性はあると思ったけど、結構きわどい近さで出歩いているなんてね。微妙に意識の死角だったというか、盲点だったというか」


「その様子なら探していたんだよな」


「ええ。キャスリーン(Catherine)のことを、仲のいいヤツはキャシー(Cathy)と呼んでいたわ。だからキャシーか、全く違う名前かと思っていたけど……」


 シビラが指で文字を書く。

 くるりと指を動かした後、その文字を否定するように振る。次にその指を真っ直ぐ下ろして止め、その線に角を当てるように直角の線を横に書いた。


「まさかキャスリーン(Kathleen)というきわどい名前で、その略称であるケイティ(Katie)と名乗っているなんてね。そもそも元の名前がどちらかというと『キャサリン』なんだから、寧ろこの改名はバレやすくなるぐらい危険な改名よ。でも……だから余計に気づけなかったのね」


 シビラの説明で、俺は何か既視感を覚えて、それが以前シビラが言ったことそのものであったことに気付いた。

 水着に着替えたとき、太陽の女神教からはあまり姿がバレないように隠れるべき宵闇の女神のこいつが、大々的に自分の姿を見せびらかしていたことだ。


「なるほど、確かに目立つ存在は怪しい存在だと疑わなくなるな」


 シビラは目頭を押さえ、無言で頷く。


「さて。話を聞かせてもらったところで、どうしても聞いておくべき事がある」


「……ええ」


「ケイティが何者であるか、ということ以上に気になるのが、お前だ。シビラは何故、キャスリーンを追っていた?」


 シビラは俺の質問を受けて、少し話しづらそうに視線を逸らせた。


 秘密主義な部分はあるが、話せない部分は勿論のこと、話したくない部分も話さなくていいと俺は考えている。

 ただ、それでもシビラの話を聞いて、そして雰囲気を見て分かることはある。


 それは、シビラがあのケイティ——もとい、キャスリーンという女に、かなり思うところがあってずっと追っていたということだ。


「シビラ、教えてくれ。お前がキャスリーンを探していた理由を」


「あまりアタシの事情に巻き込みたくないんだけど……」


 そんなことを宣うこいつに、俺は心底溜息をついた。

 ここで遠慮するか、普通。まあこいつは自分の事情のことになると、遠慮しそうだとは思っていたが。

 だから、俺はこいつにはっきりと自分の意思を伝えた。


「今更すぎるだろ。もう巻き込まれすぎてるし、ヴィンスがああなった以上はもう俺の問題だ。大体魔神討伐で俺の方がお前を巻き込んだようなものだし、もう少しお前も無茶を振ってくれないと落ち着かないんだよ。大体お前に遠慮とか似合わねっつーの。いいから諦めて言え」


 シビラは目を閉じると、大きく深呼吸をして……再び目を開けると、肩をすくめて「こういうところ、聖者よね」と笑った。

 そうそう、お前はその顔でいいんだよ。


「そーね、今更だわ。でも、そう言ってもらえると気楽でいいわね。魔神討伐は本気でまた死にかけたし、アタシの問題も一緒に解決してもらいましょ」


 話すことを決めたシビラは、視線を宙空に彷徨わせながら、静かに呟いた。


「キャスリーンはね——アタシの姉を引退させた女神なの」

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