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言葉の端々に感じる違和感。動き出した時間は、俺だけではなかった

 もう少し、話を聞かせてもらおうか。

 本当に、周りの男全員が注目しているな。これで俺が聞き耳を立てながら視線で追わなかったら、逆に不自然に思われかねないほどだ。


 アリアと何度も目が合うのが若干気まずいので、その正面の女に目を向ける。……【神官】か。

 回復術士が不要だから俺を追い出したというのに、【聖者】より下位の【神官】を雇って何の疑問も持たないのか、お前は。

 いや、容姿で選んでいるのなら有り得なくはないだろうが……ならばむしろ、わざわざ回復術士でなくてもいい。

 恐らくジャネットとの話にあったとおり、アリア同様に『ケイティが紹介したから』という理由で採用したのだろうな。

 もうどっちがリーダーだか分かったものじゃない。まあ元々ジャネットに方針は任せっきりだったが。


 ちなみにシビラは、ずっと窓の方を見ていた。

 聞き耳は立てているだろうな。


 ヴィンスが、話を続ける。


「……金は、相変わらず足りないか」


「ええ。あれだけのものとなると、中層のフロアボスを何度倒せばいいか分からないわ」


「下層はもっと高額なんだろ?」


「下層のフロアボスは避けましょう。あれを相手にするのは、それこそ装備が整ってからの方がいいでしょうね」


「なるほど、そりゃそうか」


 随分とケイティの言うことを信じているんだな。

 まあヴィンスはジャネットのことも全面的に信用していたし、元々自分で考えるようなタイプではないが。


 ……しかし、そうか。中層フロアボスを終えて、次が下層か。

 ならば、魔王までもう少しといったところだな。


 俺は倒したぞ、ヴィンス。

 お前も、すぐに肩を並べに来ると思っている。


 ただ、魔神討伐までできるかは、正直分からん。どこで現れるか全く分からんからな。

 本当に『赤い救済の会』の幹部は迷惑極まりない連中だった。あんなのが知らない間に復活されたら、たまったものじゃない。


 ……世界には、あの母子のような人達が沢山いるのだろう。

 その全てを救えるほど自惚れてはいないが、自分の認識できる範囲なら出来る限り全員救いたいところだ。

 でないと、寝覚めが悪いからな。


「しかし、このままやっててもいつになるかわかんねーんだよな」


「それに関しては、私に考えがあるのです」


「おっ、稼げるネタがあるのか」


「はい。ここでは何ですから、また帰ったときに……ふふ……」


「お、おう……へへ、そりゃ早く帰らねえとな」


 ケイティの笑い声は、聞いていると胸などに変な熱を感じて気持ち悪いな。


(《キュア》、なんてな——って)


 その魔法は、気晴らしに無詠唱で使ってみただけだ。本当に、ずっと聞いていて暇だったから使った、程度のものだった。


 だが、俺の身体に起こった変な感覚は、あっさりと引いた。


(治った、だと? 治療魔法で? なら……)


 俺は、目の前のシビラに手を伸ばす。

 そして、コーヒーを置いたばかりの手を掴む。


「……《キュア》」


 小声で、目の前の相手にだけ分かるように治療魔法を使う。

 シビラが窓の方を向きながら、瞠目してこちらに視線を向けた。


「……」


 シビラは何か言いかけたが、視線を少し彷徨わせると、小さく頷いて窓の方を見た。

 ……ああ、今は迂闊に喋らない方がいいだろうな。


「ケイティはいつも頼りになるぜ」


 早々に食べ終えたヴィンスは席を立ち、最後にそう言った。

 その言葉で、俺は心の中で絶叫した。


 ——俺達がいつも頼りにしていたのは、ジャネットだろッ!


 ヴィンスは、既にジャネットとの記憶も失っている。

 やはり、俺に気付かなかったのは演技でもなければ気付かなかったわけでもない。


 記憶が、ないのだ。


 四人が去る姿を見送りながら、俺はシビラに目配せする。

 シビラは頷くと、残ったコーヒーを一気に流し込んで立ち上がった。




 宿に戻るまでの道。

 シビラは黙って店を出て、宿まで一直線に歩いた。

 俺はその後ろ姿を無言で追う。こういう時は、下手に触れるべきではないだろうからな。


 会話がない分、いろいろと目の前で起こったことを考えてしまう。

 本当に、俺のことを知らなかったヴィンス。

 幼少期に好意を寄せていたであろうエミーとジャネットのことも、まるで最初から存在しないかのように知らなかった。


 何だよ。俺達四人の思い出は、そんな簡単に忘れられるものなのかよ。


 ……いや、違うな。あのジャネットすら自分の記憶を疑うほどに震えて恐怖したのが、その意味不明な記憶操作能力だ。

 もう、あそこまで見せつけられて、ジャネットの突飛な予測などとは思えない。


 ケイティ——あいつは、俺の敵だ。


 シビラは、どう思っただろうか。

 その背中からはまだ何も分からないが、小さな呟きと、治療魔法での反応。

 いい感情は持っていないだろう。


-


 宿に帰宅を告げて、部屋に入る。

 シビラは窓の鍵をチェックして、窓を覆うような大きなカーテンを閉めた。

 昼間とはいえ、部屋に入る光がなくなれば、当然かなり暗くなる。覗き見されることもない。

 こういうところ、この宿は気が利いているんだよな。


 次にシビラは扉の鍵を閉めて、ガチャガチャと音を立てて扉が開かないことを入念にチェックする。

 完全に締め切ったことを確認し、暗くなった部屋にランプを灯す。


 そして、シビラはようやく俺の方を向き、声を出した。


「遂に見つけたわ、キャスリーン……!」

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