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表面と水面下の落差が激しいほど、見えているものが不気味に映る

 ヴィンスの目が、俺の顔を捉える。

 互いの目が合っているということは、少なくとも俺の目から下の部分は確実に相手の視界に入っていることになる。

 ここまで顔が見えておいて、相手の顔を認識できないということは有り得ないだろう。


 俺は、この一瞬の間にジャネットと交わした会話を思い出していた。

 ヴィンスが俺を覚えていないという話、その記憶が文字通り奪われてしまったという可能性。


 そして……その事前知識から予測できる、目が合った瞬間の対応。


 俺は、目の前の相手に分かりやすいように自分の肩を軽く叩きながら、不自然のないように一言告げる。


「肩に落ち葉が乗ってるぞ」


「うおっ、マジかよ」


 ヴィンスは、俺の指し示した方の肩を——俺の顔も、俺の声も気に掛けることはなく——手で数度払う。


「取れたか?」


「ああ」


「悪いな」


 そしてヴィンスは、軽く左手を胸の下まで上げて返事代わりとし、そのまま椅子に座った。


 事前に考えていたことは、じろじろと見ている時に不自然に思われないような対応のパターンだ。

 違和感を覚えられてしまうような事態を想定し、そうならないための会話や動きをいくつか考えていた。

 特に、それでケイティに注意を向けられるのが一番危ない。そいつに関しては、何もかもが未知数だからな。


 想定通りに進み、何の違和感もなく……俺の内面以外は、何の波風も立たなかったように、一連の出来事が終わった。終わってしまった。


 ——間違いない。

 こいつは、俺の知っているヴィンスじゃない。


 姿も、服も、声も。何もかもがヴィンスそのものであり、周りにいる人間も話に聞いていたとおり。

 だが……俺の顔と声を見て、何も反応を示さなかった。


 嫌悪も、驚愕も、憤怒も。

 何も、なかった。


「……」


 ヴィンスとの短い会話が終わり、ヤツが座る一瞬。こちらに振り返ったケイティの、形の美しい唇が弧を描き、好意を示すように目を細めながら小さく頷く。

 その全てが、男を虜にする美しさ……というより、非人間じみた色香に溢れていた。


 幸いにもケイティは俺から興味をなくしたようで、すぐに正面を向き店員へと注文を伝える。

 布地が薄いのか、妙に身体の線がはっきりと見える。


 ちなみにシビラは、髪の毛すら見えないほど帽子を深く被って、腕を枕にして机に突っ伏していた。


「悪い、コーヒー二つ」


 俺は店員に、もう少し長居する意図を伝えると、突っ伏したシビラの腕が伸びて親指を立てた。死にかけのアンデッドかお前は。

 奢ってもらう気満々の態度だが、言った以上は仕方ない。


 それに——無意味に突っ伏しているわけではないことぐらい、さすがに俺にも分かるからな。




 次のコーヒーを待ちながら、四人を観察する。

 普通ならじろじろ見ていると不審に思われそうだが……ある意味、この女三人の異様な色香に助かっている部分があった。


 周りの席を見る。

 ちらちら横目に見ているのが、バレバレな者。

 堂々とケイティの身体をなめ回すように見る者。

 他には……カップルで喫茶店に寛ぎに来て、男が女に謝り倒している者。心底同情する。

 ジャネットの話によると、ケイティは薄着で出歩く癖があるみたいだからな。これぐらいの男の視線が刺さることなど、気まずいどころか寧ろ自分の人気を再確認するための材料に過ぎないのかもしれない。


 つまり、あまりに女三人に存在感がありすぎて、周りの男達が全員ケイティ達の席を見ているんだよな。

 だから俺がヴィンスの方を見ても、そこまで不自然な感じはしないはずだ。


 同時に、思う。

 ハモンドでの活動は、俺もそれなりの期間があった。何度も冒険者ギルドには行った。

 その間に、ソロで活動していたこの女が誰の噂にもならないとか、有り得ないだろ。

 何故、誰もそのことを気にしないのか。


 いろいろと考えているうちに、ヴィンス達のいる席に俺達と同じように大きな料理が運ばれた。

 ケイティは身体を揺らしながら、その料理を嬉しそうに切り分けてヴィンスに渡す。

 ローブ姿の女は、アリアの方に殆どの料理を乗せた。


 ケイティ。傍目に見ていると、色っぽくもあり、明るくもあり、欠点らしい欠点を探すのが困難なほどに完璧なる美女である。

 これで【魔道士】としても優秀だというのだから、本当に無欠の存在だ。


 ただし、この一見無害そうな女にエミーどころかジャネットまで、欠点らしい欠点を指摘できないままに潰されたのだ。

 その原因が明確でないだけに、悪意がある強者より余程恐ろしく感じる。


 ヴィンスはそんなケイティのことなど何も知らないように、楽しげに会話をしながら食べている。

 俺は目を合わせないようにしつつも、ずっと見ている。

 気付いているのだろうか……そもそも俺以外の男からも視線が集まっているためか、もう気にしてもいないのだろうか。


「コーヒーをお持ちしました」


 俺は店員からコーヒーを受け取ると、口につけながらもヴィンスの方を見る。


 途中、何度かヴィンスの隣にいるアリアとも視線が合ったような気がする。が、気にしている様子はなさそうだな。

 ヴィンスは口の中のものを咀嚼し終えると、コーヒーで料理を流し込みながら話し始めた。


「ようやく四人になったな」


「ええ、以前から入れたかった【神官】の方が入ってくださってよかったです」


 ローブ姿の女のことだろう。あいつは俺と同じ回復術士、なのか。


 しかし……何だ、この会話の不自然な部分は。

 違和感が拭えない。


「ケイティが選んでくれたのなら、信頼できる。下層を目指していくぞ」


「ええ! ふふっ……素敵だわ……」


 ケイティが、自らの肉体を柔らかくひしげさせるように身体をくねらせる。……いちいち目に五月蠅いヤツだな。


 ふと、視界の中に一緒に入っている、アリアが見えた。

 ヴィンスの隣に座る女、アリアの目が細く開いた。唇の弧は横に大きく引かれ、喜ぶと表現するには似合わないほど好戦的な風貌になる。


 が、それも一瞬のこと。

 すぐに人懐っこそうな笑顔に戻り、会話に混ざり始める。


「——ようやく、ね」


 賑やかな店内。俺にしか聞こえない声で、小さな呟きが聞こえてきた。

 シビラが、ケイティに後頭部——というより帽子——を向けるように窓の外を見ながら、コーヒーを飲んでいた。


 そして俺は、シビラがこのタイミングで呟いた言葉の違和感に、ようやく気付いた。


 ようやく、四人になった?

 以前から【神官】を入れたかった?


 俺のことを覚えていなかった。

 その時点で可能性に入れるべきだったのだ。


 ——俺()()は?


 ヴィンスは、忘れているんじゃないのか?

 エミーも、ジャネットも。


「ああ……なんて楽しいのかしら……!」


 色香に彩られた美しい声が、嫌に耳に貼り付く。


 傍目に見たら、誰もが羨む美女だらけのハーレム勇者パーティーだろう。

 だが、俺には……ヴィンスが底の見えない沼に引きずり込まれているような、得体の知れない恐怖しか感じられなかった。

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