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危機回避の女神と共に、ハモンドでの方針を決める

 街を歩いていると、ある店の前でシビラが俺の腕を引いた。


「ラセル、ちょっとこれ買っていきましょ」


 そこには、どこか枯れ草や木の枝を思わせるような色合いの、似たような大きさのものが並ぶ店舗。

 俺達のパーティーの中では、唯一ジャネットが身につけていたもの。


「帽子を着けるのか?」


「そ」


 返事をするや否や、シビラはさっさと二つ決めて、片方を俺の頭の上に乗せた。

 やや茶色の濃いハンチング帽だな。


「うんうん、さすがアタシが選んだだけあって似合ってるんじゃない?」


 満足そうに笑うと、シビラは自分の頭に青いハットを被せた。


 腕を後ろに組んで少し歩き、くるりとこちらを振り向く。

 巻いた白いリボンが、銀髪から少し遅れて揺れる。

 周りにいた通行人が数人振り向き、一人は隣に並んでいた女に腕をつねられていた。


「どう、似合う?」


 腹立つぐらい似合う。そもそもこいつに似合わないものとかあるのか?


「不自然ではないと思うぞ。ところで、何故これを買ったのか教えてくれ」


 シビラは頷くと、街の奥へと歩いていく。

 俺はその隣に並び、しばらく黙して歩く。


 人の数が少し減ったぐらいだろうか。

 シビラが俺の近くに寄って、腕を組んできた。


「ケイティ、この街にいるのならなるべく黒髪の姿は隠しておきたいのよ」


「黒髪を?」


「名前の記憶を奪った以上、姿の記憶も奪っている可能性があるわ。でも、顔まで詳細に記憶を奪うというのは、ちょっと難しいと思うのよね。この条件下であんたは、ぱっと見てラセルだと分かりにくい特徴を有している」


 分かりにくい特徴? 記憶を薄ぼんやりと奪われたとして、俺が俺であると分からなくなる条件?

 まず、黒髪が特徴的なのは分かる。

 仮に記憶があったとして、ヴィンスが俺を見て、すぐに俺だと分からない理由。


 シビラの方に目を向けて、っつーか近いんだよ! 声を潜めたいから顔を寄せたのは分かるが、こんなに腕を組んで……ああ、そうか。


「ローブが全然違うんだな」


「当たり!」


 【宵闇の魔卿】となった俺が、『黒鳶の聖者』という名前になった最大の特徴。

 白から黒鳶色へと変わった、ファイアドラゴンの血で染められたローブだ。


「なるほど、確かに髪さえ隠せば俺だと分からないな」


 俺の回答に満足したシビラは、組んだ腕をほどくと少し前を歩き出した。


「ところでお前は、何故帽子を買った?」


「分からない?」


 シビラは振り返り、帽子のブリムから片目を出して、こちらを窺うように覗き込んだ。

 その妙に似合う姿を見て、俺はなんとなくこれだろうな、という答えを示した。


「俺だけ新しい帽子を被るのが不満で、自分も被りたかっただけだろ」


 その回答にシビラは一瞬目を見開くと、両手の人差し指で自分のエッジを触りながら、実に楽しそうな雰囲気でニーッと笑った。

 ま、さすがにお前のこととなると、もうこれぐらいは分かるさ。


 -


 さて、まずはこの街でやることをやる前に、拠点を選ばなければならない。


「滞留するんで合ってるよな、宿はどこにする?」


「アタシも元々住んでたからね、宿の場所は詳しいわよ。でも以前泊まっていた場所はダメね」


「お前が以前どこに泊まっていたのかは知らないが、理由はあるのか?」


 シビラは、街を象徴する像のある広場で東の方を向き、少し考え込むと西へと歩き出した。

 ……あちらは避けた方がいいということか。


「ジャネットちゃんに、いくつか話を聞いたわ。まず、宿はラセルがいた頃と変わっている。それも結構上のグレードに、ね。それが東側のややお高めの宿。食事も近い場所を使っていたから、出会うとしたらそっち側」


 そうか、シビラはジャネットと随分話していたと思ったが、細かい情報をいろいろと聞いていたんだな。

 油断しているときに近くにいられると困る上、ましてや同じ宿に泊まるなど恐ろしくてできないな。俺もヴィンスと同じ宿に泊まるとか、凄まじく気まずい。


「だから、まあこっち側よね」


 シビラが向かった場所。

 それは、かつて俺達……最後に俺が泊まっていた宿だ。


「よりによって、ここに来るとはな」


「……あ、もしかして避けた方が良かった場所だった?」


「いや、構わない。勝手知ったる宿だ、知らない場所で迷うよりはいいだろう」


「うーん、なんかごめん」


「いや、本来なら俺も考えるべき部分だったのを押しつけてしまっている結果だからな。謝る必要はない」


 俺の言葉を受けて「そっか」と小さく笑ったシビラは、そのまま宿泊を決める。

 以前使っていた場所はまだ空き部屋になっていたが、わざわざ同じ部屋を選ぶ理由もないので、別の部屋を選ぶ。


「そういえば」


 ふと、宿の受付である中年の男が、顎髭を撫でながら上を見た。


「あなたが泊まっていたという部屋、何かあるのですか?」


「何って……別に何もなかったと思うが、どうした?」


「いえ、頻繁に見に来る人がいましてね。ちょうど今も、見ている最中ですよ」


 何だそれは、変なヤツだな。


「宿泊場所の下見じゃないのか?」


「だといいんですがね。はー、あんな美人さんが泊まるのなら、うちも多少は繁盛しそうなもんなんですがね。いつまで経っても全然決めてくれないのでは掃除するこちらからしたら、迷惑客ですよ」


 その言葉を聞いて、何故かシビラは俺の袖を引く。

 俺が何かと聞く前に、シビラは話をまとめるように声をかけた。


「それじゃおじさま、少し用事があるからまた出るけど、多分すぐに戻るわ。お金は渡したわよね」


「ええ、お客さんも相当な美人でいらっしゃいますし、せっかくですから、ゆっくり下で寛いでくださいませ」


「アタシのお陰でお客さん増えちゃうわね〜」


 堂々と笑って答え、シビラは俺の腕をぐいぐいと引っ張る。

 宿から出たシビラは……道に向かうかと思いきや、宿の周りをぐるりと回るように、建物の陰へと身を潜ませた。


 尋常ではない様子に、俺も何か違和感を覚えて声を潜ませる。


「シビラ、何があった?」


 さっきまでの明るい雰囲気が嘘のように、シビラは真剣に扉の方を物陰から覗き見ている。

 そして、曖昧かつ不気味な事を言った。


「確証はないけど……『何か』いるわ」

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