信頼されているから、できることがある
ジャネットは、一息つくと再びカップの中の飲み物に口をつけた。
……とても、重い話だった。
ところどころ省略されているが、ジャネットの体験した出来事を事細かく知ることができた。
よく話してくれたな、と思う。俺なら耐えられただろうか……いや、それ以前にいいように操られて、ヴィンスと同じように幼馴染みの名前すら忘れてしまっている可能性も十二分にある。
俺はふと、隣を見た。
一緒に聞いていたエミーは——ジャネットを見たまま、一切声を上げず、静かに泣いていた。
その姿に、ジャネットの方がふと笑う。
「エミー、そんなに気負わなくてもいいよ」
「……できないよ。だって、だって残ったら、こうなるって分かってて、私は……私はジャネットなら大丈夫だって、勝手に思い込んで、押しつけて……」
エミーは我慢出来ないように立ち上がると、ジャネットの隣に座って、両腕で彼女を抱きしめた。
「ごめん、なさい……私、私……」
「いいって。そもそも僕自身が、僕なら大丈夫って思い込んでいたわけだからね。これは、僕自身の失敗。僕の失敗は僕のものだ。たとえエミーが相手でも、これは渡さないよ」
軽く言ったが、その言葉が裏付けるジャネットにとっての『経験』の重さを感じずにはいられない。
自分の失敗は、自分のもの。他の誰のものでもない。
そうだ。良い感情も、嫌な感情も、全て自分のもの。
自分の判断は、良い過去も悪い過去も含めた上で行われている。
だから人は、全ての過去の上に今を形作るのだ。
ジャネットは、自分を形作るものが崩壊してしまうようなことを経験して、それすらも糧にするつもりでいるのだ。
……本当にお前は、凄いヤツだよ。
「エミーのせいでもないし、ましてラセルのせいでも……無論、ヴィンスのせいでもない。敵を間違えてはいけない」
「……ケイティ、か」
俺の呟きに、ジャネットはエミーの背中をぽんぽん叩きながら静かに頷く。
「悪人であるという証拠は、一切存在しない。僕が見た限り、『独り言』以外におかしな部分は何一つない。……だけど、ケイティは本当に謎が多すぎる。疑惑だけ、それでも辻褄が合わないことが多すぎるんだ」
ヴィンスの前に現れるまで、誰にも認識されなかった露出過多の巨乳美女。そんなヤツが二人いて、その二人が知り合いか……片方が有名人ならまだしも、二人揃ってそれは偶然ではないよな。
「もちろん、今僕が話している内容が間違いである可能性も高い。アリアが存在する保証は僕しかできないから」
「ああ、問題ない。間違いである可能性を考えつつも、事前情報はないよりマシ……だったか?」
「ん。先入観もあるから、僕の知識が書き換わっている場合は美女ではない可能性だってある。そういうことも含めて、可能性の一つとして教えているつもり」
念には念を。ジャネットの確認は、俺にとっても十二分に分かりやすく、尚のこと信用できるように感じた。
しっかりとした、意思のある目。論理的な思考と、シビラ同様に賢き者の危機回避能力。
こいつが愚者など有り得ない。知識がなくなったとしても、俺はこいつを自分より優れたヤツだと思うだろう。
帰ってきた直後に見た時のような、危うさは最早なさそうに見える……が。
それ故に、もう一度俺はジャネットに確認する。
「ジャネットは、まだ俺とエミーが偽物である可能性を考えているか?」
「もちろん」
隣に座るエミーの手を握りながら、再度肯定した。
「大丈夫。君達が本物でも、偽物でもいい。僕は何度でも、可能性の果てに説明する。そして僕がこれだけ言えるのは、二人のことを信頼しているから」
「信頼しているから、というのは?」
「つまり、僕がどれだけ失礼なことを言っても、その説明に納得してくれたら怒らないという信頼。これほどまでに荒唐無稽かつ無礼な言い回し、普通の友人間でもやらないよ。でも、二人は幼馴染みで、親友だ。だから、僕は気兼ねなく、君達の勝利のために暴言同然の言葉をぶつけられるんだ。信頼しているからね」
ああ、なるほどな。
信頼——それがなければ、ここまでの言葉を普通はぶつけられないし、ぶつける方も迂闊には言えない。確かにこれは、信頼の証だ。
それに、こいつにそこまで自分たちのことを認めてもらえるということが、単純に嬉しく思う。
「怒らねーよ、安心しろ。ちゃっちゃと問題解決してくるから、その時に改めて本物だと思えばいい」
「ん」
俺の言葉に、エミーも続く。
「わ、私もっ……! ちょっと難しくて分からない部分もあったけど、私にとってジャネットは、絶対に親友だから!」
「……こんなにエミーは素直に好意を向けてくれる子だったかな。実は偽物だったりして?」
「じゃ、ジャネットぉ〜っ!」
「ふふっ、冗談冗談」
こんな状況にも拘らず軽口を叩いたジャネットは、幾分か柔らかくなった表情でエミーの背中を叩く。
……もう大丈夫そうだな。
確かにエミーは、帰ってきてから何度も素直にジャネットへと好意的な言葉を伝えていた。それだけエミーの伝えたい気持ちが、今までで一番の本気だったのだろう。
その効果は、今のジャネットを見たら明確に分かる。
やれやれ、やはり俺ではいくら【聖者】の素養がどうと言われても、心を癒やす仕事においてエミーに敵う気がしないな。
いろいろと、もつれていた部分がほどけたような、爽やかな気分だ。俺も安堵して、再びカップの中身に口をつけた。
——ただ、この間ずっと。
シビラは口元に指を当てて、無表情で机を見続けていた。






