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【勇者パーティー】ジャネット:一日なら異変でも、毎日なら日常となり気付かなくなる

 どうやって帰ってきたか、覚えていない。

 下層にまで行った、ということは覚えている。

 下層を過ぎれば……過ぎれば、何があるのか。魔王だろうか。


 分からない。知らない。

 書いていないことは知らない。


 とりあえず、戻ってきた。

 ふらふらしながらも、宿に辿り着く。

 まずは荷物を置いて、夕食だ。それがいつもの流れだ。

 ここ最近の、いつもの流れ。


「……ジャネット、大丈夫か?」


「うん。もう平気」


 珍しく怒った僕に対して気遣うヴィンスの言葉を、軽く流す。

 不自然のないように。違和感を持つことのないように。




 ヴィンスは、ラセルを知らないと言った。

 嫌味で言っているようなものではない。それならば、もっとイライラしながら言うはずだ。

 ましてや、今になって僕にダンジョン内でのことを聞き返すようなことはしないはず。


 だとすると、考えられる可能性は二つ。

 一つは、ヴィンスの記憶が変えられた。

 もう一つは……そもそも目の前の相手がヴィンスではない別の何かである可能性だ。


 そして、一番気にしなくてはいけないこと。

 ケイティが。あの女がラセルの記憶を持っていること。

 理由は分からないが、何らかの方法でその記憶を得たのであろう。


 ……いや、理由なんて分かりきっているじゃないか。

 二つの事象を並べれば、その違和感にはすぐに気付く。

 ケイティはラセルの名前を知っている。にもかかわらず、ヴィンスはラセルの名前を知らない。


 そう。

 記憶消去じゃない。記憶操作だ。

 ヴィンスのラセルに関する記憶は、いつの間にか『吸い取られた』のだ。


「……あら、今日も少食ですか?」


「ケイティさんもでしょう」


「まあまあ、そうでしたね! ふふっ」


 ダンジョン内での怪しさなど欠片も見せないように、ケイティはいつも通りのケイティだ。

 何を考えているのか分からない。猫を被っているのか、それとも乖離性同一障害か?

 腹の探り合いで戦える気はしないが、もう昨日までのこの人とは同じには見えない。


「おっ、じゃあもらってもいいですか?」


「どうぞ」


「やりぃ!」


 アリアが、僕の食器をそのまま取っていく。

 ケイティが食べ方をたしなめる。ヴィンスが笑う。

 一見、普通のパーティーだ。……そう、僕以外は。


 いつもどおりの日常。ラセルがいなくなって、エミーがいなくなって、いつもどおりの日常。




 ——いつからだ。

 いつからこれが日常だと錯覚していた。




 窓の外から、曇り続きのハモンドで初めての満月を見上げる。

 空が表情を変え、人々が寝静まる時刻になったことを天より告げる。


 いつもどおりの日常。

 僕はこの後、部屋に戻ると疲れから眠くなる。

 そして、朝に起きて再びダンジョンへと潜る。

 それが今の僕の、変わらない日々。


 ……いつからだ。自分の睡魔を日常のものだと思い込んでいたのは。


 毎日眠りが早い。そして、早朝に目覚める。夜中には目覚めない。

 ここ最近は、パーティーも上手く運用されているし、僕自身も油断していると言い切っていいほど警戒心を解いていた。

 魔法を使う回数も、決して多くはない。回復術士として、【賢者】の能力は回復魔法にしか使っていないのだ。その上、アリアが強いから怪我自体が少ない。


 ならば、何故あんなに眠っていたのか。


 種を明かせば、簡単な話。

 三日月は、今日のダンジョンでも見た。ケイティとアリアの、獲物を見る目。

 そして満月は、瞠目した目。驚きに見開かれた二人の目だ。


 ならば、答えは明白。

 ケイティの満月が二つ。

 アリアの満月が二つ。


 そして……扉の隙間から、覗き込む満月が一つ。


 この宿には、もう一人ケイティの仲間がいる。

 催眠解除ヒプノキュアは、成功していた。睡魔を一度解消したから、二人は……いや、三人は驚いたのだ。

 そして僕は……もう一度、眠らされたのだ。それが昨日の出来事。


 食事は、アリアが全て食べた。

 これから僕のやることは一つ。

 部屋に戻って眠るだけ。


 いつもどおりに——




 ——なってたまるか!




(《ヒプノキュア》)


 予め、魔法を使う。成功した感触がある。

 荷物は、窓のそばにある。部屋に戻っている暇はない。大した荷物はないのだ。

 ヴィンスは、どうする。何と説明する。

 ……いや、そもそも僕がいなくなった時点で、僕のことを覚えているのか?

 確認していないが、ラセルを覚えていない以上エミーも覚えていない可能性だってある。


 未練は……ないわけ、ない。

 ヴィンスは、僕達四人組の中心人物であり、これでも気のいいヤツだ。決して極悪人なんかじゃない。どんなに才能があっても、そんなヤツを勇者にするぐらいなら、僕だって女神教のステンドグラスなど魔法で木っ端微塵にしてやる。

 だが、現状ヴィンスを救う方法が全く思いつかない。今は……今は、この正体不明の美女の皮を被った怪物の中にいてもらうしかない。


「……ん? どうした、なんかオレの顔に付いてるか?」


「頬にパンくずが付いてるよ」


「うげ、すまねえ」


 本人に自覚はないだろうけど、彼は恐らく一番苦しい時期になるだろう。

 すまない……僕には、君を救う手段はない。


「僕は、戻るよ」


「おう」


 嘘は言ってない。


 それじゃ、ヴィンス……。

 また君に会えることを、願っているよ……。




 宿の入口を入ると、各部屋へと直接繋がる廊下がある。

 扉のすぐ近くに階段があり、ここを上れば僕達の宿泊している部屋がある。


 その階段を見上げる。


(《サーチフロア》)


 上の階には、人間が複数。

 そのうち一つが、じっと扉の近くにいる。

 僕達の部屋の、すぐ隣だ。


 その階段を見上げて……僕は、外へと走る!


(《ヒプノキュア》!《ヒプノキュア》!)


 頭の中で、治療魔法を何度も叫びながら走る。

 今眠らされたら、終わりだ。

 違和感に気付いた僕を、ケイティがそのまま放っておくわけがない。

 恐らくヴィンスにやったのと同じ方法で、何かしらの操作を受ける!


 逃げろ、逃げろ、逃げろ……!

ジャネット編、残り一話です

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