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偶然が何度も重なれば、それは必然

 まずは、ジャネットの発言内容に正面から切り込んでいこう。


「記憶操作という、変装以上に笑い話のようなものを言った根拠は、ジャネット自身が受けたと思っているからか?」


「そう」


 ……はっきりと、肯定した。

 ジャネットは、自分が記憶操作を受けたかもしれないと言っている。


「もちろん、今は可能性が低いと総合的に判断しているからこの話をしている。僕の記憶と二人の齟齬があまり見られないということは、僕が認識している二人が存在していないわけではない限り、記憶操作されている可能性は低い」


「ら、ラセル……ジャネットは何を言ってるの……?」


「分かりやすく言うとだな。俺とエミーが、ジャネットの作り出した幻覚だという可能性があるけど、それでも話すだけ話すと言ってくれている」


「……大丈夫なんだよね?」


 俺はエミーの言葉に、しっかりと頷く。

 正直ここまで自身を信用できない状態で、それでも最良の選択を考えて話してくれている。

 俺がジャネットの立場なら、恐らくもっと早い段階で折れていたのだろう。


「アリアという女性も、存在しないのかもしれない。僕しか証明できる人物がいないから、僕の記憶が間違いだった時点で不確定情報。今から話すことは全てそれを理解した上で、知識として知っておいて」


 俺はジャネットの宣言に力強く頷く。

 ……本当に、頼りになるヤツだ。こちらが考えなければならない要素も全て埋めた上で、ここまで話を詰めてくれるんだからな。


「それでは……。まず、ケイティとアリア、どちらか片方でも間違いなく噂になるレベルの美人だ。ギルドの受付の男と、ギルドでいつも酔い潰れている剣士の男は噂好きだからね。現にケイティが入った直後、ギルドで報酬を受け取った翌日には二人ともケイティの話をしていた」


 噂になるレベルの美人という表現通り、噂好きの好色男達の話題にすぐに上がったのだな。

 なるほど、そうすると。


「ケイティは、ヴィンスに声を掛ける前に既にハモンド冒険者ギルドに寄っていたんだよな」


「そう。エミーも覚えているね」


「もちろんだよ。確かにギルドのタグにハモンドって情報が出ていたね」


「そうだ。ならば、少なくとも僕達が最初にケイティと一緒にギルドへ行った段階で、ケイティは噂になっていないとおかしい」


「あっ!」


 そう。順序がおかしいのだ。

 ケイティがギルドに登録しているのなら、その受付をした段階で噂好きの男達の話題になっていないとおかしい。

 だが、まるでヴィンスと一緒になったとき、初めてケイティがギルドにやってきたような反応だ。


「そして、アリアも全く同じだった。ヴィンスに対する恨み言も盗み聞きしたぐらいだからね」


 アリアも、ケイティ同様にギルドに入るまで噂にならなかった。

 そして、ギルドに入った翌日から噂の的となった。


 そんな人が、ヴィンスと一緒に行くまで誰の目にも偶然留まっていない?

 更に、別行動でそれぞれが偶然誰の目にも留まっていないだと?

 そこまで異常な属性を持った二人が偶然にも知り合いで、しかも知り合いなのに別行動をしていた?

 何より、別行動の間だけアリアが誰の目にも留まっていなかったなど、有り得るのか?


 ……なるほど、ジャネットが認識阻害と言うわけだな。

 あまりに偶然が重なりすぎている。




 ……俺はふと、そういえば隣にもう一人、肝心な女がいたなと思って目を向けた。


 こういう時には、知識と、それ以上に知恵を持つ者が頼りになる。

 俺はこいつの頭の回転の速さだけは評価しているからな。頭だけは。


 シビラは、腕を組んでぼんやりとジャネットの方を、睨むでもなく見ている感じだった。

 俺が視線を向けたことで、当然シビラも気付く。


「……ん? 何よ」


「いや、現段階で何か思うことはないかと思ってな」


「別に。もうちょっと情報を聞きましょ」


 シビラは意外にも、あっさり話を切り上げてジャネットの方に向き直った。

 ……こいつが考えても、まだ何も浮かばないということか。

 ならば、俺も話を聞いた方がいいな。


「ジャネット、続きを頼めるか」


「ん。ケイティとアリアの二人は、パーティーのメンバーとして活躍した。アリアは強かった。単純にレベルも高かったし、下層まで足を踏み入れるほどにバランスは良かった。……ああ、そういえば」


 ジャネットが、少し首を傾げる。


「アリアは【魔法剣士】レベル32。正直、上級職の高レベルなだけあって並大抵の【重戦士】より強く頑強だ。ヴィンスと並んで戦う姿を見ていると、ヴィンスより強いのではないかと思うほどに」


「凄いな……」


 当然だが、【勇者】のヴィンスは半端でなく強い。

 もちろん一人で何でもできるようなヤツではないが、それでも本気を出せば一人で中層を戦えるぐらいには、何もかもが高水準の剣士である。

 無論本人の熟練度にも依るだろうが、そのヴィンスと比べても、ジャネットの目から見て強いと思えるほどとは……。


「……だからこそ、気になっていることがあってね。【魔道士】で低レベル帯のケイティに、常にアリアは部下のように丁寧語で接していたんだ。結局理由は聞き出せなかったけど」


 それは、妙だな……まあ、先輩後輩というのなら、そういうこともあるのだろうか。

 ただ、ケイティ側がそれで遠慮をしていないというのなら、何かしら理由はありそうだ。


「ま、これはあくまで補足情報程度に思っておいて。……認識阻害の可能性を考えた流れは、このぐらいかな」


 ジャネットは、再び一息ついて飲み物を口に含む。これほど沢山のことを喋らせたのは、一緒に本を読んでいたとき以来だな。それは疲れるだろう。

 俺もカップを手に取ると、同じように口に運んだ。


「……ああ、もう冷えたな」


 カップの中の飲み物は、すっかり冷めていた。


「寒くなってきたからね、冷えるのも早い。置いて」


 ジャネットの言うとおりにカップを置くと、机に置いた振動でゆらゆらと容器の表面に波が立つ。

 その様子をジャネットはじっと見ていた。


「魔法って、戦うだけじゃなくて、こうやって日常生活にも使えるからいいよね」


 温める魔法のことか。確かに、ダンジョン攻略以外でも使えるものが多い。そういう意味では、魔道士系は暮らしやすい職業ジョブだ。


「そうだな。ダンジョンに潜らなかったら、きっと回復術士で良かったと思うだろう」


「両方使える【賢者】の方が便利だよ」


「ハッキリ言うなおい。まあ事実だが」


 珍しく茶化すようにマウントを取るジャネットに苦笑すると、再びジャネットはカップを手に取って一口飲んだ。

 俺も一口飲み、温まっていることを確認する。


 ん? 今、何か……。


「それでは、もう一つ」


 ジャネットの雰囲気が変わり、覚悟を決めた顔になる。

 ……ここからが、本番か。

 ならば俺も、他のことを考えていないでジャネットの話に集中しよう。


「記憶操作の可能性を考えるに至った話をしよう」

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