エミーの抱えていた負い目を肯定して
俺からの攻撃に対して、エミーは剣を横に構えて受ける。
かなり強めに踏み込んだつもりだが、大木でも叩いているような感覚だ。
「……」
エミーは、こちらの顔を、特に辛そうな表情をすることもなくじっと見ている。それこそ職業を得る前にヴィンスと打ち合った時より遥かに強靱な相手と対峙しているようだ。
これが、上位職の本領か。まあ俺の回復魔法に準ずる能力が肉体に宿っているわけだから、相応に強いのは当然ではあるんだよな。
一歩引いて、剣を構え直す。
再びエミーが攻める番となった。
動作自体は変わらないが、筋力の増加に伴う動作の素早さが厄介だ。
事前にエミーと何度か戦っていたから、どの辺りに攻撃が来るか分かるが、初見だと避けられる自信はないな。
それにしても……力が強くなる、それだけのことで同じ技術でもここまで厄介になるとは。
だが、かつて俺とエミーでの模擬戦において、同じことをエミーはずっと感じていたはずだ。
だが彼女から、そのような愚痴を聞いたことはない。
ならば、俺も泣き言を言わずに今のエミーを上回る気でいかないと、不平等ってもんだよな。
何度か打ち合い、回避をして。
息が上がる度に、俺は自分に無詠唱での回復魔法を使っている。複合回復魔法は、身体疲労なども取れるからな。
エミーには一度も使っていないが、全くバテる様子がない。もう俺との模擬戦では疲れもしないってか。さすがの体力だ。
だが、戦い甲斐があるってものだ。
次にエミーは、何度目かの胴狙いで木剣を横から振る。
それを注意深く回避し、振り切ったところを踏み込んで、今度はこちらがエミーの胴を突くように剣を突き出した。
タイミング、スピード、ともにかなりのものだと思った。
怪我させたら、回復しないとな、などと呑気に。
【聖騎士】であり【宵闇の騎士】である今のエミーには、その速度すら見えていた。
エミーは俺の突きを、あろうことかしゃがんで避けた。
その判断は見事なもので、素早い動作に一瞬その姿が視界から消える。
次の瞬間には手に鋭い痛みが走り、俺の木剣は孤児院の壁まで叩き飛ばされていた。
片手での切り払いによる、小手。
タイミング、パワーともに申し分のない一撃。
完敗であった。
「凄いな、エミー。俺の負けだよ。強く——」
「よわ、い……」
「——どうした?」
エミーは、ぼろぼろと急に涙をこぼし始めた。
「弱い、弱い……私、やっぱり弱い……! こんな職業をもらって、全部の攻撃が見えているのに……ここまで苦戦するなんて……! やっぱり、ラセルは凄いよ……すごく努力してる……なのに、私はただ【聖騎士】になっただけで、こんなに強くなってしまって……」
「エミー……」
……元々優しいヤツだから、気にしている可能性は考えないことはなかった。
特に最初はあんな別れ方をした以上、自分の職業のことを嫌に思っているかもしれないと。
だが……そうか、俺の実力を上回ったことに対して、そこまで負い目があったのか……。
全く、エミーといいジャネットといい、みんないいヤツすぎるんだよ。
もっと自分の持つ能力に対して、堂々と誇ってもいいぐらいなのにな。
俺は俯きながら涙を流すエミーに近づいて、その肩に手を置く。
「あっ……」
「気にするな。俺だって、お前と打ち合っている間は回復魔法で疲れを癒していたからな。それに、敵ならまだしもエミーは味方だ。俺としては、長い間打ち合った価値があったと思うよ」
「……ラセル、そう、かな……」
「もちろん。お前が力以外何もないヤツだったら、初撃で頭を打って終わりだったことぐらい俺でも分かる。それでも何度も対処してきたのは、エミーが俺との戦いで、俺の動きを覚えて、エミーが剣に慣れたからだ。ただ、それでも」
俺は、建物の隅から顔を見せるジャネットに視線を向ける。
一瞬驚いた表情で引っ込むが、そろりと首を伸ばすジャネットへと小さく手を振る。
「自分が弱いと思うのなら、もっと強くなってもいいんじゃないか? それこそ、術士の俺には楽勝なぐらいにな。俺もジャネットに教えてもらって技術を伸ばしたんだ、別に一人で頑張ってたわけじゃない」
涙を拭いたエミーに、回復魔法と治療魔法を使う。
まだ鼻をすすっているが、元のエミーに戻った様子だ。
「俺とお前は、パーティーなんだ。二人で強くなればいいだろ?」
「パーティー……」
「そう。期待を背負った勇者パーティーってほどでもない、変な女神に縁を持ってしまった陰の魔王討伐者ってやつだ。ちょっと変わった英雄譚だが、どんなに強くても悪くなさそうだろ?」
茶化すように肩をすくめながら、軽く笑う。
エミーは俺の姿を見て、ようやくくすりと笑うと、肩の荷が下りたような表情で頷いた。
「うん。私、強くなるね。ラセルよりも、ヴィンスよりも、魔王よりも」
さらっとすごいこと言ってないか? 勇者より強かったら完全にエミーが主役だな。
だが、今のエミーならやってしまえそうな気がするのも事実だ。
そんな幼馴染みの成長に、本当に頼りになるヤツだなと期待を持ちながら、俺は木剣を取りに行く。
「もう少しやっていくか?」
「うん!」
「ジャネットも、見ているだけでなくこっちに来て教えてくれ」
「えっ!?」
エミーが振り返ると、ようやくジャネットが見ていたことに気がつく。
自分の会話が聞かれていたことに赤面しつつ、エミーは頭を掻く。
「もぉ〜、言ってくれても……」
「出て行きづらかったんだよ。でも、そうか……エミーは今の力で、ラセルと模擬戦を選んだ……」
ジャネットが少し考えるような格好をして、すぐに首を振るとこちらへと向かってきた。
頼むぞ、幼馴染み兼俺の先生。
きっと俺は、俺一人だった時よりも強くなる。
それを実現してくれるのは、今のエミーだけだ。
俺とエミーは、昼食が出来上がるまで孤児院の裏で木剣を打ち合った。
かつてのように……しかし、かつてとは全く違う実力になった幼馴染みと共に。






