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気持ちを交換して、一晩明けて

 あれからジャネットと二言三言ほど交わし、身体が冷えないうちにベッドへと戻った。


 少し、目が冴えてしまった中で、簡素なベッドの中で天井を見上げる。

 真っ暗な部屋に、薄らとした月明かり。

 天井の汚れをぼんやりと眺めながら、俺は先ほどまでのジャネットの様子を思い出していた。


 誰よりも、皆のことを考えてくれていたジャネット。

 そんなジャネットが、唯一しっかり考えられていなかったヤツがいる。

 言うまでもなく、ジャネット自身だ。


 あいつは、なんていうか抱え込みすぎなんだよな。

 パーティーの準備も、不測の事態も。

 ……分かっている。ジャネットが抱え込んだのは俺に責任がある。

 ジャネットは、『万能のラセル』という名で俺を呼んでいた。そして、俺自身のことを、ジャネットの次に知識の吸収が早いと。

 ならば……俺が力になるべきだったのだ。抱え込んだものを、半分持ってやるべきだったのだ。


 今になって思ったことだが、聖女になりたかったからジャネットが積極的に回復魔法を使っていたのだろう。少しでもその在り方に近づくために。

 結果、パーティーでの俺は、攻撃も回復もジャネットにやってもらっていたことになる。

 これで知識面でもジャネットに頼っていたというのだから、本当に笑えないな……。


 ちょっとぐらい欲が出たからって、何だっていうんだ。

 俺は、いろいろな巡り合わせがあって、こうして立ち直る以上の俺になれたのだ。

 もうこれ以上、ジャネットが俺に対して負い目を感じないでくれるといい。

 ずっと助けてもらった俺にとって、それが一番だ。


 ……そういえば、我慢出来ずに闇魔法について喋った。

 だが、そもそもシビラの秘密を話していなかったな。

 まあジャネットなら構わないと思うし、あいつも拒否はしないだろう。

 まだまだ、聞きたいことはもちろんだが、話したいこともたくさんあるのだ。


 ——ああ、願わくば。

 頑張り続けたジャネットに、それに見合った平穏がありますように。


 - - - - - - - -


 夢の中で、俺は空を見ている。


 小さな子供が、後ろから木の枝で頭を叩いてくる。


 俺はそいつに、持っていた枝で反撃をする。


 最初はやけになっていたが、やがて少しずつ楽しくなってくる。




 雨が降る。


 大好きな姉代わりの人の呼ぶ声。


 冷え始めた肌と、何かの匂い。


 灰色の風景に映える火を追うように、俺も走る——。


 - - - - - - - -


 ……夢を見ていた気がするが、すぐに忘れるのはいつものことだ。

 あまり気にするものでもないだろう。


 廊下に出ると……ばったりと、ジャネットと鉢合わせた。

 昨日の今日だ、どういう反応になるかと思っていたが……。


「……おはよう」


「ああ、おはよう」


 ジャネットは、帰ってきたばかりの時のような憔悴はあまりしておらず、幾分か回復していた。

 いつも通りに挨拶して、いつも皆が集まる部屋へ……と思ったら、ジャネットはそのまま俺の隣に来た。


「どうした?」


「ん」


 ジャネットは、俺の手を取った。

 まだ寝起きでぼんやりと眠気の残る手に、恐らく寝起きであろう温かい感触が伝わる。


「手、繋いだの久しぶりだった」


「そうだな。迷子になって以来だったか?」


「よく覚えているね」


 ジャネットと手を繋いだのは、その時ぐらいだったからな。

 ……ただ、俺は今日ようやく、その違和感に気付いた。


「ジャネットが迷子になるなんて、ありえるのか?」


「ラセルは僕のことを何だと思っているの」


「絶対に分からないことのないヤツ。少なくとも、村の周りが分からないわけないだろうに」


 俺の答えに、「悪い気はしないね」と呟いた後、きゅっと俺の指が握られる。

 そして俺は、ずっと知らなかった答えを知ることになる。


「ラセルの手を握ってみたかった」


「……は?」


「エミーばかり握ってもらって羨ましいなって思って。でも、僕がお願いするのも変な感じだし、だから自然に手を繋いでくれるような状況になった。捜し出してくれるのなら、ラセルだろうと思ったから」


 意外だった。

 ジャネットは迷子になったんじゃなくて、自分から隠れたのか。


「人騒がせっていうか、結構昔は好き勝手やってたんだよ僕も。まあ、そういう感じかな」


 それを素直に言い出せない辺りが、お前らしいよ。


「なるほどな。それなら」


 俺はジャネットの額を指先で軽くつつく。

 そういえばこういうふうに肌を触れることは、あまりなかったな。


「これからは、もっと好き勝手やっていいぞ。お前はもうちょっとわがままになるべきだ、いいな?」


「言ったね」


 そう言ってジャネットは、寝ぼけ眼ながらもしっかりと笑った。

 ……もう、ある程度大丈夫そうだな。




 ちなみに、手を繋いでつついていたのをエミーに見られて、ジャネットが珍しく慌てるまであと十秒である。


 昨日より明るさを増した孤児院に、朝日が差し込む。

 元気な声に対抗するように鳥が鳴いて、新しい今日が始まる。

 ジャネットが矛先を俺に逸らせてきた。どうどう、落ち着けエミー。あと後ろでニヤニヤしてるシビラは後で叩く。


 やれやれ、朝から賑やかなことだな。

 だが……悪くない気分だ。

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