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幼馴染みの抱えていた重りを、全て解放して

 パーティー追放を、最初に考えたのはジャネット。

 その言葉は、ずっとヴィンスの傲慢な暴走だと思っていた俺には衝撃的であり——同時に、俺の中で納得のいく答えだった。


 ジャネットのことを、俺は尊敬している。

 圧倒的な知識量と、それに伴う考察力。更には『赤い救済の会』みたいな組織に対する事前知識は、恐らく本ではなく情報収集で得たものだろう。

 圧倒的な知識欲と、それに伴う解決力。孤児院を出たジャネットは、それまで以上に優れた頭脳を遺憾なく発揮していた。


 だから、思ったのだ。

 何故、聖者を追い出したのかと。


 かつての勇者パーティーが、どういう構成だったかはわからない。

 回復魔法を使える【聖騎士】がいなかったのかもしれない。

 回復魔法を使える【賢者】がいなかったのかもしれない。

 両方ともいたか、いなかったか……どちらかは分からないが、ただ一つ絶対に正しいことが二つある。


 それは、勇者パーティーには『回復魔法が使える【勇者】がいる』ことと、『回復魔法が使える【聖女】が勇者と組んでいた』ということだ。


 これに、更にシビラから聞いた情報が上乗せされる。

 シビラは今まで、【神官】を【宵闇の魔卿】に変えたと言っていた。深い絶望と、復讐心。その怒りの感情から回復魔法を犠牲にして闇魔法を覚えていた。

 しかし、聖女は一度も手を出したことがない。勇者に愛されていたから、心に闇を抱えることがなかったから。

 それは聖騎士からも賢者からも、聖女は邪険にされたことがないということ。恐らく異性でも同性でも、結果は変わらないだろう。


 つまり……聖女は、不要になったことがないのだ。


 シビラからの情報をかき集めた結果とはいえ、それでも俺でさえこの結論に辿り着けたのだ。

 ジャネットが、このことに気付かないわけがない。

 ならば、何故ジャネットは、俺を除名するというヴィンスの判断に賛同したのか。


 導き出される答えは一つ。


「【聖者】が勇者パーティーにとって必要であることを理解した上で、俺を追い出したんだよな」


 ジャネットがこちらを向いた以上、黙して懺悔を聞く時間は終わりだ。


「さすが、『万能』のラセル。その結論には、自ら至ったようだね」


 どんな返事が来るかと思いきや、全く聞き慣れない単語が現れたぞ。


「おい、なんだその『万能』ってのは」


「僕とエミーの中で何度か出た単語。剣はヴィンスより上、勉学は僕と同等の吸収力。捜し物は圧倒的に得意で、下の子の世話も一番。魔力の呼吸も習得が早かったし、恐らくキッチンナイフも持ってすぐでしょ? 何でもできる、だから『万能』のラセル」


「……初めて知ったな。ジャネットが俺をそこまで高く評価していたとは」


「寧ろラセルが自分に厳しすぎて、過小評価にも程があると思っていたよ」


 意外な告白だが、ジャネットに認められるのは悪い気はしないな。

 しかし、今はその話題も一旦置いておこう。


「それで、だ。ジャネットももちろん『回復術士』の重要性に気付いていながら俺を追い出した理由が……自分の嫉妬、ということなのか」


 ここまで来たら、遠慮はいるまい。


「……。……それで、間違いない。僕はラセルを、羨ましく思い……同時に、それ以上の自己嫌悪に苛まれた」


 ……。


「女神は、選定した。ラセルを一番の『聖たりえる者』として、その職業ジョブを授けたんだ。僕の能力と願望は、ラセルに本質的な部分で負けたんだ」


 ジャネットは、自嘲気味に嗤い、首を重そうに振る。


「……何もかも、間違えていた。聖女にとって大切なのは、心。聖なる心。名誉欲ではなく、信じる心だ。僕には圧倒的にそれが足りなかった。知識を持つ優越感、活躍への功名心、そして——『聖女伝説』という一番憧れた本へ自分の名を残すことへの欲。……欲、欲、欲望。僕にあったのは、聖女の慈愛とは対極。だから『魔卿寄りの賢者』になった」


「魔卿寄りの、賢者?」


「そう。聖女の対極、魔道士の上位職が【魔卿】。僕は、回復術士としては神官より格下なんだよ……それでも、活躍できると……絶対聖女になってやると欲に溺れて……」


 ジャネットが何かを思い出したように、聖女伝説を持つ手を震えさせる。

 俺は、その手を強く握った。


「あ……」


 ジャネットの言いたいことは、よく分かった。


 だが、俺にだって言いたいことはある。

 それに……ここまで聞いて、黙ってられるかよ。


「まず聞きたい。俺を追い出したのは、本当に功名心のみか?」


「……そう」


「俺を残留させて、そのまま中層や下層でやられるまで待っていた方が良かったんじゃないのか?」


「そ、それは……」


 ああ、やっぱりだ。この反応は絶対そっちも考えたことがあったな。

 ただし、選択肢に最初から入れてはいない。


 ジャネット。

 圧倒的な知識と、その能力に裏打ちされたパーティーの頭脳としての活躍。

 それでいながら、俺が見た限りジャネットの自己評価はとにかくヤバいぐらい低い。

 内心どこかで見下していたなんて言っているが、こいつがそんなことできる性格じゃないことぐらい、こいつ以上に俺が分かっている。

 一番の知識を持っていながら、こいつはずっと『まだ足りない』と思い続けているのだ。


 ならば、この質問もするべきだろう。


「エミーのことは、どう考えた? 嘘はつくなよ、嘘を言ったらマジで怒るぞ」


「……。……エミーは……ラセルが死ぬと、もう立ち直らないと思った。なら、いない方がいいと……」


 な?

 ジャネットはこういうヤツなんだよ。


 功名心なんて言っておいて、自分が嫌われるような言い回しを平気でする。

 頭がいいのに、自分の評価を持ち上げるような言い回しをあまりしない。

 何を考えているのか分からないぐらい喋らず、黙って良いことをしたりもしていることがある。

 結局俺の心配をしながら、同時にエミーの心配をして、最良の結果を選んだ自分を自分で責めているのだ。


 ああ……情けないな、全く。

 俺は、自分で自分のことが許せそうにない。


 何だよ。話を聞いてみたら、最初からずっとだ。

 パーティーに使い潰されて死ぬ可能性を避けたのも。

 剣を新たに買うほどの潤沢な金があったのも。

 パーティーを追放されたことによりシビラと出会たのも。

 そして何より——魔力の呼吸を俺に教えることにより、無尽蔵の魔力によって『黒鳶の聖者』になれたのも、だ。


 全部、ジャネットがいてくれたからじゃないか……!


「ジャネット、付いてきてくれ」


 俺はジャネットの手を握ったまま、地下室の階段を上る。

 どこか閉塞的だった空気が、冷たい隙間風とともに一気に流れ込み入れ換わる。

 ぼうっとした魔力の赤みがかった光から、月明かりの青白い室内へと視界が拓ける。


 あの頃のように、迷子になったジャネットの手を握って連れ出す。

 こうしてジャネットと手を繋ぐのも、久しぶりだな。


 外に、誰もいないことを確認すると、孤児院裏へと向かう。

 黙って付いてきてくれたジャネットから手を離し、俺はすっかり俺達の木剣遊びで踏みならされ、草の生えていない地面を確認した。


「よく見ていてくれ。……《ダークアロー》』


 極力大声にならないように、しかししっかりと聞こえる声で。

 俺は、その黒く輝く魔力の矢を大地にぶつける。


「まさか……本物の闇魔法……!」


「さすがだな、ジャネットは闇魔法まで知ってるのか」


 どこでそんな知識を得たのか分からないが、俺の魔法にすぐに思い当たったようだ。


「ジャネットのお陰なんだ」


「ぼ、僕の……?」


 そう、今の俺があるのは全てジャネットのお陰。


「この魔法を得るためには、あのパーティーから離れる必要があった。女神……太陽の女神もくれなかった上、あのパーティーに残留していても得られなかった魔法だ。あと、この魔法は異常なまでに消費魔力が大きいらしい。知らないがな」


「知らないって……」


「ジャネットが教えてくれただろ、魔力の呼吸。俺は未だに、魔力の枯渇ってのにならないんだ。……そうだ、ジャネット。お前が教えてくれたからだ。俺一人じゃ、絶対にこの魔法を扱いきれずに、自滅していた」


 俺は、ジャネットの手を再び取る。


「お前は、俺にとって今のところ『良いこと以外何もしていない』んだ」


 そして、彼女の前で片膝を立てて、その顔を見上げた。


「俺は、お前にそんな顔をされると……俺が……戦う力を持ってしまった俺が……そして、かつて戦う力を求めて、『ジャネットが羨ましい』と思いながら聖者になった俺が、俺自身を許せないんだ。だから——」




「——もう、自分のことを悪く言うのはやめてほしい」




 ジャネットは目を見開き、月明かりをその瞳に反射させて燦めかせると……目を閉じて、一筋の涙を流した。


「……ああ、これが……これが本物の聖者……温かい、聖なる光……。だめだ、やっぱり……僕じゃ、かなわないな……」


 その口元は、長い間抱えてきた重りをようやく外せたように、穏やかに微笑みをたたえていた。

 それは職業を得て以来、初めてのジャネットの、苦しみから解き放たれた顔だった。

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