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小さな一歩が、大きな進歩

「ラセルちゃん、ちょっと来てくれない? 手が足りないの」


「ああ、いいだろう」


 キッチンからフレデリカの声が届き、俺は腰を上げる。

 マデーラでは随分と教えてもらったからな。忘れないうちに復習といくか。

 それに、腕自慢のフレデリカから頼ってもらえるというのは、単純に嬉しく思う。長い間、自分の力を発揮できない環境にいたのも影響しているかもしれない。


 ああ、そうか。これが自然に頼りにされるという感覚か。

 ジャネットはこの感覚のために、ずっと頑張ってきたんだな。

 一度二度ならまだしも、十年以上だ。凄いな……やはりジャネットの背中は、俺にとってまだまだ遠いものだ。


 キッチンに入ると、調味料の瓶を吟味するフレデリカの背中が目に入った。


「シビラちゃんには子供達の世話を任せたいから、ラセルちゃんがそっちのお野菜を切ってくれる?」


「ああ、問題ない」


 俺はフレデリカの指示通りに、玉ねぎの不要な部分を切り落とした後、キッチンナイフを入れていく。

 目が痛くなれば治療魔法だ。いや、回復魔法の方がいいのか? まあ分からなければ両方試せばいいか。


「……え?」


 背中の方から、ジャネットの困惑気味な声が聞こえてくる。


「エミー? あの……」


「ん? どうしたの?」


「ラセルが……えっと、キッチン……」


 言葉を選びながらエミーに話しかけるジャネットに、そういえばそうだったな、と思い出す。


「あっ、うん。ラセルがキッチンに立つのは、もう大丈夫なんだ」


 俺が子供の頃に指を怪我した時、エミーが怪我した俺を見てギャン泣きしたことは俺達の中では大きな記憶の一つだ。

 なんといっても、声はでかいし本当に全然泣き止まないし、あれほどまでに困り果てたジェマ婆さんとフレデリカも見なかった。

 そして、その時の感情がそのまま今のエミーの【聖騎士】という職業ジョブいしずえになっていることも間違いない。


 それほどまでに、俺が怪我することというのはエミーにとって大きい。

 同時に……俺をキッチンに立たせても大丈夫になったということは、エミーの成長にとってそれ以上に大きいことだった。

 他人から見たら馬鹿みたいに思うような話だろうが……それほど、エミーにとって大切なことなのだろう。


 まあ、俺は、そこまで大事に思ってもらっているという事実に少し気恥ずかしさがあるが……。


 エミーの変化は、親友のジャネットにとって、やはり相当に驚くものだった。


「そうか、そうか。エミーがラセルの怪我を克服したのか。そうかあのエミーが、そうか……そうか……」


「いや、いざ克服してみたら、ぜんっぜん大したことじゃないからね? 私自身はなんもしてないからね? そこまで感心されるとむしろめっちゃ恥ずかしいからね?」


「……」


「そこで黙られると困るんだけど!?」


 わいわいと仲がいい二人の間へ「うりうり〜!」と楽しげな声を上げながらガキ共と遊ぶ同レベルの精神年齢の女神が入ってくる。


「エミーちゃんはね、ラセルのことを信じたのよ。だから大丈夫ってわけ」


「……信じた、か」


「そう!」


 ジャネットの小さい返事にも嬉しそうに頷くシビラと、まだ照れ隠しに「もぉ〜っ!」と悶えるエミー。

 その声を聞きながら、フレデリカに切った野菜を乗せたキッチンボードを渡す。


「どうだ」


「うんうん、いい感じね。ふふっ、みんな仲良しさんね〜」


「ああ、そうだな」


 パーティーと離れ離れになってしまった俺が、こうしてエミーとジャネットの会話を聞けるのは、俺の好きだった日常が戻ってきた感じがして悪くない。

 もう、あの頃と全く同じには戻れないが……それでも、今の時間をとても貴重なものに思う。


「……僕も……」


 フレデリカの嬉しそうな鼻歌を聴いていた俺は、ジャネットが小さな呟きをしたことには気づけなかった。




 肉と野菜を詰め込んだスープ。その調理を担当した大きな鍋を、食卓に持っていく。


「今日はたくさんの子がいるから作り過ぎちゃった。重くなっちゃったから、男の子がいると嬉しいわ」


「こういうことなら任せてくれ」


 まあ、俺よりエミーの方が今は力が強いんだけどな。

 ただ……エミーはこういう時に不器用というかやらかすというか、あまりキッチン側に立たせたくないというフレデリカの意図も分かる。

 ここでぶちまけたら台無しってレベルじゃないからな……。


 スープを器に取り分けて、皆に並べていく。

 シビラはわざとらしく脚を組んで、手の甲を頬に持っていく独特のポーズを取った。


「おーっほっほっほ! このアタシに配膳したまえ下働き君!」


「いいご身分だなおい、はったおすぞ」


「ほんと、男に料理作ってもらうのをただ待つだけの女、めっちゃいいご身分で、いい気分だわ!」


 こいつ……!

 しかし今の俺は、器とおたまを持っている状態なので当然殴れない。フレデリカの料理を台無しにはしたくないからな。

 まったく、後で覚えてろよ。


 皆に器を配り終わった後、椅子に座る。 

 俺の隣には、ジャネットが座っていた。


 ジャネットはスープをじっと見て……次に俺の近くに顔を寄せて、小さく言った。


「後で、部屋に来てくれる? 話したいことがあるんだ」

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