想像できる範囲から大きく外れた、ジャネットの見聞きしたもの
警戒しながら聞いていた俺にとって、ジャネットが放った単語はあまりにも突拍子もないものだった。
「この……世界、と言ったのか?」
俺のオウム返しに、ジャネットは少し間を置いて、小さく頷く。
正直、冗談か何かかと思った。それこそ笑いを取りに来ているのではないかとすら思うほど。
だが、ジャネットの様子は真剣そのものだし、怯え方は半端ではない。そしてジャネットの言葉に対して、エミーが全くそのことを笑い飛ばしていないのだ。
何より……ジャネットなのだ。
俺より圧倒的に頭のいいジャネットがその結論に行くというのなら、きっと俺が考えたところで、その地点よりも手前で考察が止まるだろう。
ならば、その結論に至った理由があるはずだ。
「何故そう思った?」
ジャネットは再び大きく深呼吸をすると、震えながらも俺の目を見返した。
「……。……『単語』が違う」
「単語?」
「そう。ラセルは自分の職業、言えるよね」
……これは、当然【宵闇の魔卿】のことではないな。
ならば、言うのはもちろん回復魔法を使う方だろう。
「【聖者】だ」
「……そう、最上位の回復職。通常の職業は?」
「【神官】だろ? そんなこと、ジャネットは分かってるよな」
引っかけ問題かと思ったが、ジャネットは淡々と頷く。
何なんだ、何が言いたいんだ。全く意味が分からんぞ。
だが、ジャネットの話はここで終わらなかった。
「それじゃあラセルは……【僧侶】という職業は聞いたことがある?」
「いや、ないな。別の国の職業じゃないのか?」
「……違うと思う。それじゃあ【白魔術師】は」
「【魔道士】じゃないのか?」
「……いいや、恐らく【白魔術師】は『回復術士』だ」
魔術師が、回復術士? 一体何を言っているんだ?
「上位職なのか?」
「違う。恐らく【神官】同様の通常職だと思う」
何だそれは……ますます分からない。
分からないが……ジャネットがこのことを今話すということは、当然それに伴う理由があるということだ。
その理由とは、即ち——。
「——ケイティという女の独り言に出た単語なんだな」
びくり、と再びジャネットが震える。
……正解なのだろう。
俺の言葉を受けて、ジャネットが首を何度も横に振る。
「……この世界の常識の外にいる知識がある女。あの人がパーティーの中にいるんだ。ヴィンスはケイティの不自然さに気付いていなかった」
知識が自慢のジャネットにとって、その存在は自らの存在意義を奪うほどに圧倒的な存在だったのだろう。
違う国……ということはジャネットも想像したことぐらいはあるだろう。調べもしたはずだ。
しかし、違う世界か……全く想像の及ばない話になってきたな。
しかし、俺はジャネットの様子を見て、やはりもう一歩踏み込んだ疑問を聞かなければならない。
ジャネットにとってはかなり厳しい質問になるかもしれないが、肝心の部分を理解しないままでは俺も判断に困る。
「ジャネットの言いたいことは分かったが……どうしても、聞きたい。知識があるケイティが恐ろしいのは分かった。だが、知識量が劣ったぐらいで怯えるのはおかしいと俺は思う」
そう。知らない知識を話していたら、巻き起こる感情は『嫉妬』であり『劣等感』だろう。
俺が、かつてヴィンスに対して感じていた——いや、今はよそう。
とにかく、圧倒的な知識を前に心が折れたにしては、怯え方が尋常ではない……というより、普通の自信の失い方ではないのだ。
——正解の可能性が、やや高い。
エミーを見た瞬間の、ジャネットの呟き。
何よりも自分の知識とその情報の正確さに自信を持っていたジャネットによる、自分の目と耳すら信じられなくなるほどの絶望。
尋常ならざるまでの恐怖は、とても嫉妬だけではこうはならないだろう。
ジャネットは、小さく「ラセル」と呟く。
俺はもう一度、ジャネットの手をしっかりと握りしめる。
「……ケイティは、どういう手段か分からないが……何か別の世界から知識を得ているのだと思う。そして、それは別の世界に限らないのかもしれない」
どういう、ことだ?
「今、ヴィンスが一人でケイティの所に残っている。残っているけど——」
ジャネットは次に、この恐怖の核心に触れた。
「——もう、僕達の知るヴィンスはいないのかもしれない」






