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満足していた頃では、想像できなかったもの

 十数秒か、それとも数分ぐらいは経ったか。

 ジャネットがエミーから離れて、恥ずかしそうに頬を掻く。


「まいったな……エミーにこんな姿を見せてしまうなんて」


「ううんっ! 私ほんとにさ、なーんもできないダメダメだなーって思ってたから。ジャネットに頼ってもらえて、えっとえっと、ちょー嬉しいよ!」


「本当に、エミーはお日様だよね。僕は日陰の草だけど、やっぱり育つには太陽が必要だ。久しぶりに、本当の暖かさをもらえた感触があるよ」


「あはは、てれます……。会話一つでいきなり詩的にできちゃうんだから、やっぱジャネットって私とぜんぜんちがうなあ……」


 相も変わらず言葉の節々に知性を感じるジャネットに若干苦笑いになりつつも、エミーはようやく戻ってきた親友の笑顔に安心したようだ。

 ジャネットも、そんなエミーを見返して静かに微笑むと、目を閉じる。


「そう、誰だって頼ってもらったら嬉しい。僕はそれを、独占していたにすぎない。誰かに頼ることは、重荷にならなければ、決して迷惑な行為ではない。……そんなことを理解するのに、随分と時間がかかった……これで頭がいいつもりでいたのだから、本当に滑稽だ……」


 ジャネットは、自分の言葉をかみ砕くように何度か黙って頷くと、大きく息を吐いて目を開けた。

 まだ完全に立ち直りきってはいないが、大幅に回復したようだな。


「さて。いろいろと話したいこともあるけど、まずは僕からいいかな」


「分かった」


 頷く俺に対し、ジャネットは俺の方を見て……いや、俺よりも後ろを……。


「あ」


 思わず、声が出た。

 そうだよ、そうだった。そりゃジャネットから質問が来るのは当然だ。


 思い当たった相手に対して後ろを向くと、そこには目を見開いてこちらを指差す新顔の女。


「今『あ』って言った? まさかこの世界一可愛いシビラちゃんのことをほんの片時でも忘れていたりしたの!? 信じらんない!」


「すまん、少し違ったな。完全に存在そのものを忘れていた」


「悪化してる!?」


 大げさに両腕を広げ、演劇じみた動作で部屋の中でぐるぐる踊り「おお、神よ……」とか言いながら両手で顔を覆い首を横に振る残念美人女優。

 こんなアホな動作でもこいつは妙に似合うのが非常に腹立つ。


 つーか何が『おお神よ』だよ、おめーが女神だろーが。


「あっ、ラセルの突っ込みが入った。そうだよねー女神様、ラセルは世界一ひどいわよね。そうね! ほら——きゃん!」


「こんなにすがすがしい自作自演は初めて見たぞ……」


 あまりのテンションの高さに自然とチョップが入った。つーか今のはマジでツッコミ待ちってぐらいのシビラだった。

 やれやれ、マデーラから帰ってきたら随分とお調子者成分が戻ってしまったな。むしろ激しくなったのではと思うぐらいだ。


「ジャネット。こいつはシビラという残念ぽんこつ魔道士だ。訳あって俺と組んでいる」


「世界一美人で静謐せいひつな天才魔道士の間違いね」


 今のテンション馬鹿高いお前が静謐なら、俺は食堂で叫んでいた恰幅のいいおばちゃんを深窓の令嬢と紹介してやろう。


「……」


 ほら見ろ、ジャネットがめちゃめちゃうさんくさいものを見る目で見てきているだろうが。


 そんなジャネットの内心を読み取ってか、エミーが第一印象残念女神シビラのことをフォローした。


「えっとね、えっとね、シビラさんはとっても優しい人なの。見ての通り、ちょっと元気良すぎて愉快で面白い人だけど!」


「エミーちゃん私のことそんなふうに思ってたの!?」


「正直、お立場を考えるとほんっとーに失礼なんですが、一緒にいてかなり気易くて楽しい人だなと思ってましたっ!」


「ああんもう嫌いになれない! 好き!」


 シビラは高揚感を抑えないまま、エミーに抱きつく。本当に今日はテンション高いなおい。黙っている時間が長すぎて勢い弾けたか?

 シビラの遠慮の堤防が決壊中で、テンションの洪水にエミーが流されているが、嫌ではなさそうだ……仲がいいことはいいこと、か?

 ま、エミーがいいのなら、それでいいか。


「……とまあ、こういう賑やかなヤツだ。なんか、すまんな」


「ああ、まあ、うん。なんとなく、どういう人か分かった。……。……僕達の中にはいなかったタイプだね」


 ジャネットは少し何かに想いを馳せるように黙ると、シビラのことをそう称した。

 いなかったタイプ、か……確かに、そうだな。


 四人は互いに親のいない者同士で、仲が良かった。

 あの時俺が追放されるまでは、誰かが誰かを仲間はずれにすることも、なっていたということもなかった。

 俺達は、本当にずっと一緒にいた。それで十分だった。

 何の不足もない……そう信じていた。


 だが、シビラみたいなタイプはいなかった。

 賑やかで、それでいてどちらかというと強引に盛り上げるようなヤツ。

 誰かの仲を勢いで取り持ってくれるような、そういう方向でのエミーとはまた違う元気の塊みたいな存在。


 現状に満足していた頃は、『今以上』があるなど想像もできなかった。

 今となっては、シビラなしでのパーティーが想像できない。会話が続く気がしないな。

 きっとヴィンスを含めたとしても、誰一人職業を持っていなかった時だったとしても。

 幼馴染みの中にシビラみたいなヤツがいた方が、賑やかだったはずだ。


 そんなシビラだから、俺も腐らずに済んだのかもしれないな。

 無論、言うつもりはない。


 孤児だったから仕方ないとはいえ、俺達の世界はとても狭いものだったのだな。

 可能性の想像すらできなかった。世界は俺達の身の回りで全てだった。

 だが、ほんの少し北に行けば大きな街があり、南へ行けば街も城も比較にならないぐらい広い海がある。

 世界は、広かった。


「ラセルは、変わったね」


「言われる」


「でも反面、あまり変わってないような気もする」


 ……そうなのか?

 変わったと言われることは多くても、初見で変わらないと言われたことはさすがに初めてだ。


「あの人……シビラさんに、いろいろ助けてもらったんだね」


「それは断じて違う、あいつが勝手に絡んできただけだ」


「そうなんだ。どっちにしろ……いい出会いがあったようでよかったよ」


 ジャネットは俺との会話を切り上げると、少しふらつきながらも立ち上がる。その表情は、さすがにこの賑やかさに当てられたのか、大分和らいでいる。

 シビラも指でつついていたエミーの腰から手を離して、ジャネットの方へと向き直る。


「ジャネットです。ラセルのこと、ありがとうございました。ずっと気がかりで……シビラさんのお陰で、僕は救われました」


「シビラよ。まあラセルとは、持ちつ持たれつってやつだから気にしないで。それにしても……」


 シビラが、じーっとジャネットの方を見る。

 難しい表情で、眉間に皺を寄せている……。


 何か、俺には気付かないおかしなところでもあったか……?


 静かに頷くと、シビラはこちらに真剣な表情で向き直った。

 そして……こんなことをのたまった。


「アタシに惚れないと思ったら、やっぱラセルって大きい方が好——きゃん!」


 そうだよな! お前はそーゆーヤツだったよな!

 ちょっとでも真面目に対応しようとした俺の方が馬鹿だったな!




 ただ、まあ……お陰でさっきまでの沈みきった気持ちは大分和らいだ。

 もしかすると、こいつはそのことを気にして、わざとテンション高く絡んできたのかもしれないな。

 そして、半分もしくは九割以上は本気で自分が楽しんでいるだけと。

 そういうところが、我らの駄女神様らしさでもある、か。


 やれやれ、情報交換を始める前に妙に疲れてしまったが……結果的には話しやすい雰囲気にもなっただろう。

 今から緊張していても、何も始まらないからな。


 それにきっと、今のジャネットならその名前を出しても大丈夫のはずだ。

 ここには、ジャネットの仲間になってくれる人達が沢山いるからな。

 ジャネットが嫌な目に遭ったというのなら、全力で守る——もちろん、俺もその一人だ。

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