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どんな苦難があろうとも、本物の親友を引き裂けはしない

 俺の知らない、勇者ヴィンス達の新しいパーティーメンバー。

 名前は、ケイティ。


 エミーから聞いた話には何一つ悪い情報はなかった。

 だが、最早俺にとって、到底そうは思えないほど、その存在に対して警戒心が強まっている。


 ヴィンスはお調子者で、基本的にいつも明るいヤツだった。

 エミーは表情豊かで、笑うこともあれば泣くこともあり、怒ることも怖がることもあった。


 ジャネットは、基本的に無表情だ。ただ、俺の知らない知識を話している時のジャネットが、少し楽しそうにしていたのが印象深い。

 それ以外は、怒ることなど一度もなく、涙を見たことも一度もない。

 迷子になった時にエミーはわんわん泣いていたが、迷子のジャネットは小さくお礼を言うのみで冷静だった。

 なくしものをしてエミーがわんわん泣いていても、ジャネットは少し困ったような表情をして俺を頼るだけだった。


 冷静沈着で、幼馴染み組のみならず、大人を全て含めても、ここまで大人びている人はいない。


 それが、今日までのジャネットのイメージ()()()


「何故、その名前をラセルが……エミー、エミーまさか君が言ってしまったのか!?」


「えっ!? あ、その、聞かれて……でもほとんど話してな——」


「名前を発するだけで! どこで誰が聞いているか分からない! 観測されるかもしれない! 言っちゃ駄目だった、ラセルには、知られっゲホッ! ゲホッゲホッ……ぐっ……!」


 生まれて初めて聞いたジャネットの怒鳴り声。

 叫び慣れていないのだろう、喉が嗄れて咳を出している。

 生まれて初めて見たジャネットの怒りの表情。

 正直、どこか非現実めいた光景だ。ジャネットは、こんな表情もできるのか。

 どちらも、俺の知っているジャネットではない。


 ここまで……ここまでジャネットを追い詰めたケイティとは、一体何者なんだ……!?


「ごめん、ジャネット……私のために、残ってくれたのに……それを裏切るような、浅はかな真似を……」


「ゲホッ……待って……。僕の方こそ、すまない……。詳しく事情を知らないエミーに……まして、僕にそんなこと言う権利もないのに……」


 二人の会話で、気になることがある。


「なあ。さっきからジャネットは、自分に権利がない、と何度も言っているよな。俺はお前がそんなに卑屈になる必要もないっつーか……むしろもっとわがままになってくれてもいいとすら思っているんだが」


「そ、それそれ! 私もそう思う! だって……だって私達、ずっとジャネットに頼りっきりで……」


 俺の言葉を拾って、エミーも畳みかける。

 そうだ、俺達は本当にジャネットに頼りっきりだった。

 困った時はジャネットの判断を仰ぐ。分からないことはジャネットに聞く。ジャネットが分からないのなら最初からお手上げになる。

 正直、本当に危ういパーティーだったと思う。俺の件がなかろうと、ジャネットがいなくなるだけで即崩壊だったというのが所感だ。


 だが、ジャネットはゆっくりと首を横に振る。


「いいや、それは問題ないんだ。僕は……僕はね、多分……心のどこかで、みんなを見下していたんだ」


 それは、ジャネットが初めて俺達に内面を語る話だった。

 少し衝撃的ではあるが……そこまで嫌な気はしない。ただの事実だしな。

 幼馴染みの資格がないというのなら、教員のいない孤児にとって最難問である頭脳労働を、全部ジャネット一人に頼っていたことを疑わなかった俺達三人の方がよっぽど失格だ。


 そんな俺の気持ちを余所に、ジャネットは言葉を重ねる。


「僕が一番頭がいい。そう確信しながら、ずっと一緒にいた。優越感だよ。……こんなの、友達とは呼べな——」


「そんなことないッ!」


 エミーが、話しかけていたジャネットの言葉を遮り両肩を掴む。

 額がくっつきそうなほど近づいたエミーは、弱り切ったジャネットに目を潤ませながら、自らの想いを伝えた。


「私は、私は実際に馬鹿だったし、単純だった! それを変えようなんて、まったく思わなかった! 全部……全部、ジャネットがいてくれたからだよ。だから私は、自分のやりたいことを、やりたいようにできた。……本当はジャネットだって、もっとラセルとお喋りする時間を取りたいって思っていたのに」


「え、エミー、どうしてそれを……」


「分かるよ。分からないわけ、ないじゃない。だって——」


 ジャネットの頬を包み込むように、エミーが両手を伸ばす。




「——私達、一番の親友でしょ?」




 エミーが泣き笑いの表情を向けると……それまで沈んでいたジャネットも、堪えきれないように目を細めて、その表情を大きく変化させた。

 賢者の折れていた心と、濁っていた瞳に、光が戻った。


「え、エミー……っ!」


 ジャネットはそのまま倒れかかるようにエミーの胸に顔をうずめると、無言で肩を震わせた。

 これがきっと、幼少期以来ジャネットが初めて涙を流した日だろう。

 だが、その涙は先程までの凍り付いた心に比べて、温かさを取り戻した姿だ。


 そのジャネットを、エミーはまるで聖母のように、優しく両腕で包み込んでいた。

 聖母、と表現したが、エミーはジャネット以上にぼろぼろ泣きっぱなしだけどな。

 まあそういう等身大の温かさが、エミーの良さだ。


 俺は聖者だ。どんな傷でも治せる。

 だが……心の傷を治すのは、回復魔法ではない。

 誰かからの言葉であり、行為であり、心だ。

 俺が与えられないものを、エミーは与えてみせた。


 ケイティってヤツがどういう女なのかは分からない。

 だが、どうやらお互いを理解した親友の絆を引き裂くことはできなかったようだな。


 ——親友、か。


 ジェマ婆さんを始めとして、村の連中にはいろいろ教えてもらった。

 あいつの内面、裏での行為などを知ったが……それだけ俺が、あいつの一面しか見ていなかったってことでもあるんだよな。


 俺は、ヴィンスのことをどれぐらい知っているのだろう。

 そして……あいつと再び相見あいまみえた時、何を思うだろうか。


 そんなことを、誰よりも強い絆で抱き合う二人を見ながら思った。

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