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ほんの僅かな情報でも、ヒントになると信じる

 久々に会ったといっても、一年や二年ではない。

 俺達の旅はかなり内容の濃いものだったが、旅をしていた期間は決して長いものではなかった。


 その僅かな期間の間に、ジャネットがここまで変化してしまったのだ。


 エミーが、ジャネットの言葉に対して信じられないように首を振り、壁際で座り込んだジャネットに詰め寄る。


「どうしちゃったの、ジャネット!? いつも私が頼っていた、あの自信に満ち溢れたジャネットはどこにいっちゃったの!?」


「自信……自信なんて、もうないよ……。僕は、井の中の蛙だった。大海を……本当に知識のある人達の世界を知らなかった。誰かの知識の内側で籠もっているうちは、その著者を上回れない。だから……だから僕は、決して賢くなんてなかったんだ……ずっと……」


 あのパーティーメンバー全員から信頼されていた、俺達の要だったジャネットが。


 建物の地下に本が潤沢にあったとはいえ、決して勉学に恵まれているはずのない孤児院。

 専門の指導者からの指導に一切頼ることなく、書物から得た知識量に絶対の信頼を置いていたジャネットが、何故そんなことを言うんだ。


 特に今のジャネットは、エミーのことを本物とすら認識していなかった。

 なんなんだよ、『正解の可能性がやや高い』って。どこからどう見ても、姿も声もエミーそのものだろ。

 このジャネットの、自分の目すら信じていないほどの自信の喪失は一体何なんだ。あまりに……異常すぎる。


「そんな、そんなこと言わないで……! 私、分かんないよ! ジャネットが賢くなかったら、私なんてもうあれだよ、全然ダメダメだよ! 本当に、どうして……何があったら、あのジャネットがこんなに変わっちゃうの……?」


 何があったら。

 エミーの放った言葉に、俺の頭の中であの時のシビラの言葉が突如再現される。


 ——どうやったら、こんなに無残に心が壊されるというの……?


 そうか、あの時のエミーは当然シビラの声を聞いているはずがない。

 だから自分が同じ目に遭ったと思い当たらないのだ。それを教える必要があるだろう。

 とにかく何か情報がほしい。その答えが、今の状況のヒントに繋がるかも知れないからな。


「エミー、お前もだ」


「……え? ラセル?」


「エミーも村に戻ってきた直後、心が黒く濁っていた……らしい。ちょうど思い出した。……なあ、俺と再会する前、何があった? ヴィンスに何かされたのか?」


 あの時は、エミーが死んだことと、俺が『愛慕の聖女』の奇跡の蘇生魔法を発動するというあまりに大きな事象に、深く考えなかった。

 ……いや、心のどこかで考えるのを避けていたのだろう。

 エミーの心の傷を、何度も抉るようなことに。


 だが、あの時のエミーとは明らかに違うジャネットの闇の深さに、俺もさすがに黙っていられない。


「エミーは、俺と再会するまでの僅かな間に、ヴィンスに……」


「ヴィンスには、何もされてない。本当だよ。腹が立つことはあったけど、私もあいつも難しいこと何も考えられない馬鹿だしさ……面白いことなんて、何もなかったよ」


 ……そう、なのか?

 だとすると、他にはもう何も——。


 ——いや、いた。


 以前エミーが話をしていたじゃないか。

 ヴィンスが仲間に引き入れた、美女。

 背丈はエミー以上で、胸はジャネット以上の、女神像が動き出したような女。


 エミーはその相手に対して『仲は良かった』と言っていた。

 悪い部分など何一つないとでも言わんばかりに、エミーのことを憧れて、よくしてくれた素敵な人だと。


 話の内容を思い出しながら、その時のエミーの話している様子も同時に思い出す。

 内容だけ考えると、全く何も悪いところのない話に思う。

 関係は良好、相手は悪い部分が一切ない。


 だが……エミーはあの時、どんな表情でそのことを話していた?

 何故、あそこまで暗い表情をしていた?


 あの時は聞きそびれてしまったが、どうしてエミーはその女のことを、まるで避けるようにしていた?




 俺が、この名前を言って何の意味があるのかは分からない。

 それでも……何でもいい、新たな情報が欲しい。


 確か、その名前は——。


「ケイティ、だったか」


 ——俺が、その名前を言った瞬間。


 それまで俺達のやりとりを見守っていたジャネットが「ひっ」と小さく悲鳴を上げてガタリと音を立てる。

 思わずそちらを見ると、ジャネットは俺の方を見ながら目を見開いていた。


 その瞳は俺を見ているようで……まるでこの世界の何も映していないように、絶望の色に濁っていた。

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