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取り戻した街の形

 形あるものは、いずれ全て崩れる運命にある……とはいうものだが。

 それが人々の意思により、圧倒的に早まることもある。

 その結果が、目の前の光景だ。


 『赤い救済の会』の大聖堂は、俺達が翌日に行ったときには上の階から順に内側から叩き壊され、最早旧い廃墟のように崩れ去っていた。

 これは何よりも拙速を……というわけではなく、自主的にさっさと解体したいと思って皆が集まった結果であった。

 すっかり破壊された赤い表面の破片が、地面に散らばっている。


「見届ける、とは言ったが、まさかここまで早いとはな」


 俺達は、赤い救済の会の大聖堂がちゃんと破壊されるかを見届けに来ていた……のだが。

 どうやら少し出遅れてしまったらしい。

 エミーも「うわー」と、なんとも力の抜ける反応をしていた。

 ……内心俺も全く同じ感想であることは伏せる。


 シビラは、足元に落ちている誰かのネックレスを拾い上げた。


「マデーラの人達にとっても、何より赤会……いえ、違うわね。()赤会の人達にとって、消し去りたいものなのよ。入信していた人ほど、その過去を象徴するものを視界に入れたくはないでしょうね」


 なるほどな。その気持ちは十分に理解できる。

 その結果が、この見事に崩れ去った瓦礫の山というわけか。


 シビラの説明を聞いて、もう一つの事柄にも納得がいく。

 それは、オークの討伐がかなり早いペースで進んでいるということだ。


 この赤い救済の会裏口ダンジョンには、外で見たものと同じようなオークの死体が溢れていた。

 上の階に行くに従ってオークの姿や色が徐々に凶悪になっていくこと、工作するにはあまりに手が込みすぎている上、到底最上階付近のオークは人が運べるような大きさと数ではないこと。

 それらの情報が、間違いなくマデーラ周囲の平野に溢れるオークが、建物から溢れた事実を示していた。


 何よりその事実を恥じたのが、大司教の指示で司祭を連れて討伐に回っていた赤会の冒険者だった。

 後から聞いた話だが、大司教からは、あくまで人助けだという名目で誘われていたらしい。

 それが、全て仕組まれたことだと知れば当然怒りが湧く。

 だが、それ以上に彼らを襲ったのは、羞恥と町の人への申し訳なさだった。


「正しいと信じていたものに裏切られると、大抵は怒りが来るものよ。ラセルが太陽の女神に対して、戦う力を持てなかったことを恨んだように」


「……まあな」


「他者が絡んで来た時に、その怒りと罪悪感が天秤にかかる。現在、大司教は既に死んだ。その直後の現段階で後者の感情が勝るのなら、そうね……この街はもう大丈夫だと思うわ」


 冒険者は今まで、正義感で魔物を討伐して助けていた。

 それが自分たちの身内による作為的なものであると知り、今までの行為を恥じて、率先して街を守るために討伐に向かったと。

 なるほど、この流れでそう行動できるのなら、確かにこの街はもう大丈夫だろう。


「もう、ここで俺達のやることはなさそうだな」


 ……そうだ、この街はもう自立した。元々その潜在力はあったのだ。

 俺は、その手助けを少ししたに過ぎない。

 やや目立ってしまったが、誰か一部の人が覚えてくれる程度の活躍であればいいだろう。


 俺は皆と頷き合うと、孤児院へと戻った。

 次に来た時は、もう建物の痕跡もないだろう。




 孤児院に戻り、一通りのことをフレデリカとアシュリーに説明する。

 俺やシビラからの情報を聞いたフレデリカは、手を叩いて一言。


「では、私もそろそろ戻らないといけないわね」


「フレデリカさん……はい、そうですね。いつまでもお引き留めするわけにはまいりません。本当にありがとうございました。私は……間違えずに済みました」


「そうね。一緒に来てくれたみんなには感謝しないとね」


「はい。次に会うときは、みんな仲良く元気にやってますよ」


「それは楽しみね。問題なく元気に育ってくれている姿を見ることが、私の生き甲斐だから」


 アシュリーは、フレデリカの優しい言葉に再び深く頭を下げると、俺の方を向いた。


「ラセル様、エミー様、シビラ様。もう何度もしつこいかもしれませんが、それでも言わせて下さい。私の人生を取り戻してくれて、ありがとうございます」


「構わないさ。俺達は孤児だ、次に来た時に羨ましくなるぐらい、親子の仲を深めてみせてくれ」


「必ず!」


 俺の次に、エミーが身を乗り出す。


「みんな仲良く、ですよ! マイラちゃん絶対美人になるし、男の子は好きな女の子にちょっかい出したりじろじろ見たりしちゃうので、ちゃんと守ってあげてね」


「あはは、もちろん! まだまだ悪ガキどもには私のかわいいマイラちゃんは渡しませんよ!」


 二人の会話に顔を逸らす。

 男の俺が聞くのは気まずいな……。あ、隙間からベニーが聞き耳立ててるのが見えた……。

 ……まあ、頑張れよ。


 次はシビラだ。


「でもマイラちゃんすっごく頭良さそうだから、アシュリーも負けないように頑張りなさい。まーアタシの見立てだと多分無理ね」


「あ……あはは、よりによってシビラ様に言われると覆せそうにないですね……」


 この期に及んで容赦ないなおい。

 そう思っていると、シビラが身を乗り出して、アシュリーのおでこに指を乗せる。


「でも」


 驚いて目を見開くアシュリーに、再び座り直したシビラは穏やかな視線を向ける。


「どんなに大人びても、優秀になっても……娘なの。劣等感で卑屈にならずに、年上で母親だからと驕らずに。あの子を『孤児』じゃない女の子にできるのは、世界であなた一人だけなの。それがアタシからの、最後のアドバイス」


「シビラ様……女神様、ありがとうございます……! 必ず、守りますっ……!」


 最後、アシュリーは少し涙ぐみながらも、声を絞り出して頭を深く下げた。

 ……そうだ。あの優秀で勇気のある少女の母親になれるのは、世界でアシュリーだけなんだからな。

 親の愛というものは分からないが……それでも、女神の書に表れる魔神に対して、命を張って守りに来てくれる親を想像すると、それはきっと嬉しいだろうな。




 元々荷物も少なかったこともあり、俺達は来た時と同じように馬車の乗り場まで向かう。

 シビラは、一人一人にスキンシップをし、子供達と一緒に馬車の乗り場まで向かう。


 ふと、そこで見慣れないものを見つける。

 あれは一体……?


「……同じだわ」


 シビラが、呆然と呟く。

 そうかと思うと走り出し、人の多い道をかき分けて空き地に入る。

 俺も急いで後を追うと、そこにいたのは待ち望んでいた人だった。


「紙芝居だな」


「ええ。随分とぼろくなって傷だらけだけど、あれは間違いなく昔使われたカートよ。中の話は……変わってるわね」


 少しシビラが寂しそうに呟く。

 孤児院の子供達が、後ろの方に回って紙芝居を一緒に見る。


 若い男性だ。孫か、曾孫か……分からないが、その紙芝居を一つめくる。


「斯くして、魔神は聖騎士によって討伐されました。そしてお姫様を救った聖者は、街を救ってくださいと、女神様に祈りを捧げます」


 完全に俺じゃねーか!

 しかも何故かお姫様抱っこしてる絵の女性が赤い髪の長身だから、これだと完全にアシュリーがお姫様になってるぞ。

 この僅か数日に描き上げたのか……? すごいな、紙芝居屋の末裔。これなら当分廃業することはなさそうだ。


「訂正を要求したい。お姫様抱っこされたのは私だもん」


「ややこしくなるからやめてくれ……」


 エミーが本当に訂正させそうだったので釘を刺す。

 しかもそれやったの港町セイリスだしな。


 まあ、あれを見て俺とアシュリーだと思う人はいないだろう。

 ……いないよな?


 ちらちら前の子供がこちらを振り返るが、知らない振りをする。


「あ、聖者様だ」


 確信めいた誰かの子供の一言を聞き、一斉に他の子供達が俺の方を振り向く。

 今言ったのは誰だったのかと、その声のする方を探ると……あの時一時的に孤児院で保護していた赤会の親子がいた。

 目を合わせて父親の方から礼が返ってくると、返事をする前に子供達が沸き立つ。


「えっ、あの人が聖者様?」


「私のママも黒いローブって言ってたから本物かも!」


「でも目つき悪いよ」


 悪かったな目つきが悪くて!

 シビラがけらけら笑いながら「子供達は素直ね〜!」なんて言い出したので、チョップをお見舞いした。

 隣の小さい悲鳴と共に、子供達が「ぼーりょくだ」「ぜったいあの人じゃないよ」と言っている。

 ……非常に納得いかない反応だ。

 何だか最後の最後に、どうにも締まらない感じで終わってしまったな。


 俺はぶっきらぼうに、紙芝居の隣にいる妻らしき女性に声をかける。


「揚げ菓子、四つだ」


「は、はい」


 俺はそれらを受け取ると、孤児達に渡す。


「い、いいの?」


「ベニーには、礼としてはむしろ安すぎるぐらいなんだよな」


 なんといっても、あの裏口ダンジョンを見つけ出す情報を持ってきた張本人だからな。

 シビラですら、確信を持って踏み込むには至らなかった、人工建造物による上に伸びるダンジョンへの確信に至る勝利の鍵。

 俺から見ても、この街の救世主はベニーだと言っても差し支えない。


 他の揚げ菓子も皆に渡して、頭を撫でる。

 かつての子が切れ端を食べていたんだ、丸々一つぐらい悪くないだろ。


「マイラ、どうだ?」


「……! おいしい、です……」


 目を見開き、ふわりと自然に顔をほころばせるマイラ。

 そんな表情の一つ一つが、ベニー達と同じ子供のそれだ。

 アシュリーは、マイラの姿を見て嬉しそうに笑う。


 紙芝居のカートと、周りの子供達を見て思う。


「馬車まで見送りには来なくても大丈夫だ」


「えっ、でも……」


「紙芝居、見ていきたいだろ?」


 子供達は顔を見合わせると、躊躇いがちに頷く。


 それでいい。戻ってきたこの街の本来の姿を、『特別』から『日常』にしていくんだ。

 その中に俺はいないからな。


 お前達の『当たり前』を取り戻せたのなら、それ自体が俺の報酬として十分なものだ。

 ……まあ、金目のものはシビラが俺の代わりに回収しているから、俺もそう言えるわけだが。

 俺の女神様は、最後までちゃっかりした奴である。


「そういうわけだ。アシュリー、子供達を頼むな」


「はい! ありがとうございました、お元気で……!」


 深く頭を下げた二つの赤い頭を見て、ようやく俺の心も赤色に対して良い印象を抱けるようになってきた。

 ……そうだな。

 今の赤色の印象は——母娘おやこの絆の色だ。


 エミー、シビラ、フレデリカの三人も、笑顔で皆に手を振る。

 さあ、俺達の故郷アドリアに戻ろう。

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