表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

111/350

マデーラの街のこれから

 マデーラの『赤い救済の会』は、あの日で解散となった。

 ただ、どうやらあれが本部かと言われると、当の大司教がいなくなった関係で誰も分からないようで、まだまだ油断はできなさそうだ。


 様々な後始末はあるが、それでも皆は晴れやかな顔をしていた。

 もちろんそれは、洗脳と体調不良がなくなった赤会の人間だけではなく——。




「あっ、聖騎士様! 聖者様! お帰りなさいませ!」


 あの日の門番にはちょっとした嘘をついて出てきたわけだが、その場でシビラが【聖者】と書かれたタグを表示したことで態度は一変した。

 この特定の職業を表示させる方法、どうやっているんだろうな?


「そのうち教えてあげるわよ」


 聞いてみると、そう言ってはぐらかされてしまった。


「いや不便だろ今のままだと。何か秘密でもあるのか?」


「秘密っていうか、ぶっちゃけ職業変更ジョブチェンジと近い能力が必要になるから、言っても使えないだけよ」


 ……そういう能力なのか。

 具体的には分からないが、俺が思う以上に特殊なことをやっているわけか。

 まあ、本来なら表示できないものを表示しているのだから、使えないことがマイナスなのではなく、使えることをプラスに考えた方がいいだろう。


 と、先日にタグを巡ってやりとりしたのを思いだしつつ、門を開く。


 その先は……全く違う街の空気があった。

 ぱっと見で窓を開けている家が多く、未だ外を警戒しつつも足を踏み出している人も多い。

 ただ、それでも道に出ている人はアドリアやセイリスに比べて少ない。


 それでも今までと明確に違うとはっきり分かるものがある。


 ——音だ。

 窓を開けた家から、音が聞こえてくる。

 元気の有り余る子供達の声と、困ったように叱る父親の声。朗らかに笑う母親の声。

 町中から声が溢れ出して、目に見えている以上の活気を俺達に伝えてくる。


 シビラが呆れたように肩を叩く。


「できるとは思ってたけど、一応ハッタリだと思っていた部分もあるのよ。でも、本当にできたのね」


「当たり前だろう、同じ事をやったんだから」


 まあ、実際に治ったかどうかは見てみないと分からない気持ちは分かる。

 ……改めて、俺の魔力はどうなっているんだろうな。


 俺は孤児院へと帰る道で、街の人に声をかける。


「マデーラの『赤い救済の会』は今日で解散だ! 家から出たい奴は自由に出ていいぞ!」


 ちょうど窓が開いていたので、窓から外に身を乗り出す人が現れ始める。


「今の話は本当か!?」


「ああ、恐らく赤い救済の会の連中からも説明があると思うが、ここのトップが既に死んだからな」


「本当か……本当なんだな?」


「正式に発表があるまで待ってもいいぞ」


「……待って……いられるかっ! 俺は出るぞ!」


 窓から会話していた男が、窓枠を踏み越えて外に飛び出してきた。


「久々だ、買い物の用事もないのに飛び出したのは!」


 中年の男が晴れやかに叫ぶ姿を見て、隣の家の人も顔を出す。


「お前だけ出るなんてずるいぞ!」


 隣の家同士が賑やかに外で会話する様子を見て、徐々に他の家からも人が出てくる。

 更に人から人伝いに、赤会の解散が伝えられる。


 そのうちの一人が叫んだ。


「マデーラは、自由だ!」


 ああ、そうだ。

 もうマデーラは皆の手に戻ったのだ。


 やがて馬車も通れないほど道に人が溢れ出した様子を見て、俺達はその場を後にした。




 孤児院に戻ると……なんと、フレデリカが外で待っていた。


「お帰り、ラセルちゃん。エミーちゃんにシビラちゃんも」


 フレデリカは、魔神討伐した日にもずっと外で俺達が帰ってくるのを待っていた。

 いきなりハグしてきたりして驚いたが、それだけ心配をかけたということだろう。

 その時に『鎧を脱いだらもう一度』なんて言ってきたので、ハッキリと断った。


 それからアシュリーが前に出て、マイラを前に出した。

 フレデリカは、じっとマイラの姿を見ると、全てを理解して小さく一言告げた。


『……もう絶対に、離さないように』


 その言葉に、アシュリーは息を呑み、すぐにしっかりとした目で頷いた。


 そんなやりとりをしたのを思い出す。


「……ずっと外にいたのか?」


「うん。きっとラセルちゃんが『奇跡』を起こしてくれたんだと思って」


「買いかぶりすぎ……いや、一応やってることは同じか」


「本当に、あの聖女の奇跡で街を救ってくれたんだね。子供達も、外に出たくてうずうずしてるの。全部、ラセルちゃんのお陰。……やっぱり、ラセルはかっこいいよ」


 そして……不意打ち気味に俺に抱きつく。

 小さく後ろで「あっ」という声が上がった。


 ……さすがにこれは恥ずかしいので、俺は軽く頭をぽんぽん叩いて、肩を持ってやや無理矢理離す。

 幸いすぐにフレデリカは離れてくれたが……エミーからの視線で穴が空きそうだな……。


「アシュリーとマイラは、少し遅れる」


「そう、もうちょっとベニー君には待ってもらわないとね」


 マイラを孤児院に連れてきたときの皆の反応は、面白かったな。


 マイラは元々、『赤い救済の会』司祭として皆の信仰を集める身。見た目には細心の注意を払っていた。

 だから皆と近い服に着替えたところで、傍目に見ても綺麗な子だなとはっきり分かる。

 言ったところで理解できないだろうが、元の立場は無論伏せている。

 女の子同士は、丁寧で綺麗なマイラとすぐに仲良くなっていた。


 男子は……特に、ベニーは元々あの魔道具から声を聞いていただけあって、マイラに少し期待を寄せていた。

 実際に見た時は、期待以上だったようだな。

 お陰で今も、そわそわとマイラを待っているというわけだ。


「それじゃ、先に料理を作って待っておくか」


「あら、ラセルちゃんが手伝ってくれるの?」


「邪魔じゃなければな」


「大歓迎よ!」


 フレデリカと軽くやり取りをした直後、無意識にエミーと目を合わせる。

 エミーは、軽く笑って頷いた。

 そこにはかつて俺がキッチンに立つことを恐れた幼馴染みの姿はない。


 相手を信じて任せる、ということ。

 過剰に守るのではなく、相手を尊重するということ。

 そして、必要になった時には必ず助けに入ること。

 それが最終的に、他者とのちょうどいい距離感になるのだと思う。


「うへへ、今日もラセルの手料理だぁ〜……」


 ……だと思う。恐らく。




 ここまであまり触れてこなかったが……エミーの調理技術は、かなり壊滅的だった。

 剣の使い方を見て分かるとおり、エミーはパワータイプであり、細かい動きより大きな動きに特化している。

 そのため……最初の一回でキッチンボードを両断し、フレデリカから禁止令が出た。

 元々あまり得意そうじゃないなとは思っていたが、そんな生ぬるいものじゃなかったな……。


 料理が出来た頃には、アシュリーとマイラも帰ってきていた。


「ラセル様。正式に、赤い救済の会の大聖堂を取り壊すことが決定しました」


 あの建物は、もうこの街には必要の無いもの。

 もともと異質なものであった。


 それからアシュリーは残っていた幹部達と話し合い、あの建物を取り壊した後は、資金を赤会大司教からもらっていた人達が各地に散り、『マデーラの赤い救済の会はなくなった』ということを伝えることが決定したらしい。


「こんなことでしか償えないと言っていましたね。結局他に、太陽の女神教みたいに『教皇』などの幹部がいるのかどうかは誰も知らなかったのですけど……。でも、未だに赤い救済の会が世界各地に散らばっていることは分かっています」


 ああ、そうだな。

 俺もジャネットに教えて貰ったのは、ハモンド——俺が追放された街——だった。

 エミーもそれを思い出したのか、微妙そうな顔をしている。

 気にしなくていい、そう伝えるように軽く頭を撫でておいた。


「建物が破壊されるところまでは見届けたい」


 それが、この街での最後の仕事になるだろう。




 食事も終わり、三人で部屋に戻る。

 あの大聖堂での話が終わり、肩の荷が下りた形だ。


「ラセルかっこよかった……ちょーよかった……」


「慣れない感じだったが、街を見る限り上手くいったようで良かったよ」


「マジでー? あんたすげー慣れてる感じで、緊張とは無縁ですってツラしてたじゃない。最後は『家族は大事にしろよ』って、前日に考えてきてたわけ?」


「そんなわけないだろ。ただ、言いたくなっただけだ。ただ……フレデリカには秘密にしておいてくれ」


「何でよ」


 俺はシビラの言葉に返さず、窓の方をぼんやりと見る。

 ちょうどこの先が、アドリアだろうか。


「アシュリーとマイラ……親子の姿を見て、そう思ったんだ。最後、『俺には家族は居ない』と言いかけたが……俺にとってフレデリカもジェマ婆さんも、家族同然だ。だから、何と言ったらいいかな……」


「いえ、悪かったわ。それはアタシも分かる。ちゃんとあんたはフレっちの料理も手伝ってるし、なんといっても体調も回復してあげてるし……大切にしてるわよ」


「そうか」


 シビラからそのことを告げられ、もう片方の肩の荷も下りた感じだな。


「ところで」


 シビラは、俺とエミーを見てふと聞いてきた。


「次はどこに行きたい? 結構振り回しちゃってるし、決定権は譲るわ」


 俺はエミーと目を合わせる。

 なんとなくだが……同じ場所を思い浮かべている気がする。

 エミーが頷いた。きっと、同じ気持ちだ。


 俺は、シビラに告げる。


「一度アドリアに戻りたい」


 エミーは隣で頷き、シビラもそれを肯定するように笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ