表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

109/350

今日が、始まりを与える日

 アビスサテライト。

 それが宵闇の魔卿レベル14の魔法だ。


 簡単な攻撃魔法を放つ、自律型の球体を出現させることができる。

 実際に見たことはないが、魔物を使役する召喚サモンと近い感覚で使えるものらしい。

 こちらの方が自由度は高く、ある程度は自分で操作でき、一定時間の魔力消費で消滅する。


 通常は一体か二体をつけて自分の後方を守らせるように使うものだ。

 単独行動の多い【宵闇の魔卿】ならではの魔法だな。

 ただし消費魔力が非常に高いため、予備のマジックポーションを用意して尚、四体以上出した歴代の宵闇の魔卿はいなかったらしい。

 それがシビラに聞いた、()()の使い方。


 だが、もしもこの魔法を、無尽蔵に魔力が湧き出る俺が使ったのなら。

 その全てを、二重詠唱で召喚したのなら——!




 天井一面に広がったアビスサテライトが、一斉攻撃を始める。

 無数の球体から放たれる黒い矢が雨となり、魔神に容赦なく降り注いだ。


 一撃一撃は蚊の刺すようなものだろうが、最早無視できるダメージではないだろう。魔神は再び俺のアビスサテライト目がけて攻撃魔法を放つ。


 しかし、俺は魔神が腕を向けた場所を視認し、魔法に意識を集中させる。

 そして……天井にあるアビスサテライトを、イビルスフィアから一斉に回避させる。


「この数を、同時操作……魔力量が足りるはずが……!」


 更にこの瞬間を狙って、俺は今まで溜めに溜めておいた魔法を放つ。


「《ハデスハンド》!」


「ッ! これは……おのれ、『神性』の妨害魔法を!」


 相手の速度を遅くする魔法は、魔神にも効いた。

 解除できないのは相手の本来の実力が発揮できていないからなのか、それともこの魔法が強いからなのかは分からないが、僅かながら魔神は動きを鈍らせた。


 千載一遇のチャンス。

 エミーとシビラが同時に剣を持って踏み込む。


「人間風情が、舐めるなアアア!」


 両足を開いて叫んだ魔神の盾が、衝撃波のような攻撃を放つ。エミーは再び地面に剣を突き刺し、シビラは石の壁を作ってやり過ごす。

 魔神……まだこんな手を隠していたとは、やってくれる。

 だが、そうでなくては倒し甲斐がない!


 俺は剣を両手に構え直すと、わざと打ち合わせるように叩く。


「まだまだ出せるぞ、《アビスサテライト》! 俺の魔力が枯渇するのが先か、お前がやられるのが先かな!?」


「舐めた真似を……!」


 魔神の両腕についた盾は二つ。

 シビラとエミーを何度も吹き飛ばしながらも、剣は俺を相手にするしかない。




 歴代の勇者が戦ってきた魔王を、何体も相手にした。

 歴代の聖女が行ってきた魔法を、何度も使ってみせた。


 だが。

 だが、足りない。


 まだ、女神に並び立つ俺には足りないのだ。


「魔神! お前を超えることは、俺にとって必然でなければならない!」


「女神の力を借りただけの人間風情が、この我をそこまで侮るかッ!」


 様々な要因が重なったが、ようやく勝ち筋が見えてきたように思う。

 俺は今、神々が封印したほどの敵と戦っているのだ。

 ハデスハンドによる弱体化、アビスサテライトによる連続攻撃。そしてシビラとエミーによる盾の封じ込め。

 全ての状況を集めて、今の俺は、あの神話の魔神と剣を撃ち合わせているのだ。


「女神の力だけじゃない。剣を使うのは、俺の力だ」


 魔神の片手剣の怪力は、俺の両手剣を上回る。

 圧倒的な力量差、普通なら勝てるはずのない相手。


 だが、人は工夫し、成長するものだ。


 人間は、弱い。

 女神の最上位職を貰って尚、魔王と戦うには仲間と組まなくてはいけない。

 その上で、油断すると一瞬で殺される可能性の方が高いほど、人間は脆い。


 それでも、勝ち筋が出せるのだ。

 そう、相手を上回るほどの技術があれば。


「グッ、何故倒しきれない、いくら顕現した力が弱いとはいえ、この我が……この魔神が、こんな術士に剣で負けるなど……!」


「それは、お前が成長してこなかったからだ。……俺は同じ人間にいつも押し負ける程度には弱かった。だが、最終的には負けることはほぼなくなった。それが成長だ」


「成長だと……」


「そう、成長だ。……ふん、ヴィンス以上に単調だな、お前の剣は。よっぽど自分の能力による力押しでどうにかなってきたのだろう、それ以上考えなくてもどうにでもなるから」


「……!」


 たとえ成長しなくても、全てが思い通りになるほど強ければ、何も苦労はしないのだろう。

 だが、それは自分で選んだ人生だといえるのか。

 その果てに、何が積み上がるというのか。


「読めてきたぞ」


「なッ……!」


 俺は再び、相手の手の甲を小さく切りつける。

 闇属性が付与された剣は、相手の防御を無視する。

 この魔神の鎧に対しても例外はなかったようだな。


「大振りで手癖が強い。今までその動きで問題なかったんだろうな?」


 次に魔神の剣が天井近くに届き、そのまま力任せに振り下ろされる。

 本来なら超高速の攻撃であり、受けることなど不可能な怪力。

 だが今の速度なら、振り下ろす前の動きをよく見れば攻撃地点など分かる。


「そういうのが、考えナシだって言ってんだよ」


 俺は相手の右手の剣を回避し、左手からの攻撃魔法を弾き、踏み込んで切りつける。


「油断したな!」


 魔神が叫ぶと、先ほど弾いた魔法が背中側で爆発する。

 体力を精神力を削りそうな激痛が背中を走り抜けるが、当然想定済みだ。

 被弾と同時に、俺は魔法を使う。


(《エクストラヒール・リンク》《キュア・リンク》)


 そして服が修復するのを確認する前に、痛みの治まった身体に気力を入れて踏み込む。

 魔神は、俺が魔法の直撃を受けてなお、動けることに驚いているようだった。


「その修復速度、【聖女】でないのなら【賢者】! 術士、お前だな!」


 左腕の盾で吹き飛ばしながら、シビラの方へと魔法の集中砲火を浴びせる。

 その魔法を石の壁を何枚も作りながら、シビラは黙ってニヤリと笑う。


「まずは貴様からだ!」


 再びイビルバーストで自分を中心とした範囲を爆発させる。

 よほど、腕に取り付けたその盾は強いのだろう。俺への攻撃を剣から盾の衝撃波に切り換えた。

 再び地面に剣を突き立てて耐える俺を見下しながら、シビラの方へ手を伸ばすが……そちらへ意識を割くのは悪手だ。


「な、グッ……!」


 魔神の身体は、その瞬間にふらついた。

 シビラの反対側にいるのは、【宵闇の騎士】エミー。

 何度も魔法を受けるうちに慣れてきたのか、盾を構えたまま剣を突き立てて、盾を黒く光らせた。


 宵闇の騎士、特殊スキルの黒い盾。

 その効果は、相手を吸い寄せること。

 それも、最下層のフロアボスが逃げられないぐらいの力。いくら魔神といえども、何の影響もないわけにはいかない。


 そして、何よりも。


「そこっ!」


「グッ! おのれェ……ッ!」


 エミーは、近接最上位職の両方持ち。単純な力だけなら、間違いなくパーティーで一番強い。

 その剣の一撃は、俺のように細かい動きはない。だが、絶対に防ぐか避けるかしなければならない、大振りかつ強力な一撃なのだ。


 唸りながら盾を向けてエミーを衝撃波で吹き飛ばすが、その時にはシビラが魔法をちくちく撃ちながら「あら、もうアタシは狙わなくていいのかしら〜?」と煽ってみせている。

 戦う前はあれほど危険視していたのに、この期に及んであいつは煽るんだから最早笑えてくるな。


 俺は、一人で戦っているわけじゃない。

 心強い仲間達のお陰で、ようやく今の拮抗状態に持っていけているのだ。


 ならば俺も、もっと攻めてやらないとな!


「《アビスサテライト》、《アビスサテライト》、《アビスサテライト》……」


「き、貴様は……」


「会話はよしてくれ、魔法を使うのに忙しくてな。《アビスサテライト》」


 俺は魔神と剣を撃ち合いつつ、延々とアビスサテライトを増やしていく。

 既に現段階でとてつもない数だが、いくら増えても困るまい。


「この我が、この我が、この魔神である我が人間ごときに……!」


 次第に焦燥感を露わにする魔神。

 ああ、そうだよな。気付くよな。


『継続ダメージが終わらないと気付いた瞬間、必ず焦りを生む。相手の頭がいいほど、精神に攻撃を与えられる戦法ね』


 アドリアでのシビラの話、今のこの状況にぴったりじゃないか。

 小さなダメージを与えるだけの、ただの補佐のような魔法。

 普通なら数体しか出せない、フロアボスと戦う時にも多用はできない魔法。


 だが、これほどまでに制限なく『溜められる』魔法ほど、俺にとって向いているものはないだろう。


「《アビスサテライト》、《アビス——」


「——調子に乗るなよ眷属がアアアアア!」


 その場で再び、あのイビルバーストを使う。

 再び隙を見て打ち込もうとしたが……魔神の様子が変わった。

 今までに比べて、大幅に力が増幅している。


「顕現失敗だ。我は今回、力を全て使う。貴様等を倒した後、そのまま魔界に一度戻ろう。その代わり……この魔力を使い切ってでも確実に殺す」


 ……まだ、奥の手があったか。

 だが、ある意味では第一段階の攻略は完了だ。


 魔神は、この場で自分の力を使い切るつもりらしい。

 それはこの戦いに、地上への顕現を諦めてまで俺達に力を注ぎ込むということ。


 だが、こう返そう。


「なるほど、つまり俺が力を枯渇させてもいいってことだよな」


「……」


 魔神は俺の言葉に静かになると……笑い始めた。


「フフ……ハハハ……!」


「笑えるところはないだろう」


「笑うしかない! ここまで傲慢だとは! その身を以て自分の愚かさを呪うがいい!」


 叫びながら不意打ちした魔神の剣は、先ほどより速度が遙かに上がっている。

 だが……同時に、全く変化していない剣筋だ。

 その動作を予測しながら避けて、籠手を横薙ぎに切りつける。


「俺は出来ることしか言わない主義でな」


「よくぞ吠えた、やはり貴様から殺そう!」


 とりあえず、魔神はしばらくこの地に降りないことだけは確定した。

 それでは完全勝利目指して、久々に本気の剣技で相手をさせてもらおう。




 部屋に、黒い雨が降っている。

 それを気にする段階など、とうに通り越したと言わんばかりに、魔神は剣を構えた。


 視界に、俺の頭を突き刺さんとする赤黒い先端が目に映る。

 腰を落とし、横に身体を傾けながら未だ何もない空間へと剣を振る。

 その瞬間には、俺の頬を剣身が掠め、代わりに俺の剣は相手の籠手を切りつける。

 予備動作を見たんだから、どんなに速かろうとその格好で終わることぐらい予測がつく。


 次は、俺の半身ごと空間を上下に両断しかねないほどの、横薙ぎの振り抜き攻撃。

 受けることなど不可能……ならば、這って回避するのみ。

 立ち上がる瞬間、再び俺は飛び込むように前方の魔神の脚を切り払った。

 鎧の隙間から、紫の鮮血が吹き出す。


「何故だ……!」


 未だ理解の及ばぬ魔神に、俺は呆れつつも言葉を浴びせる。


「お前が、本当の意味で『弱い』からだな」


 魔神の小さく呻く声を聞きながらも、俺を斜めに切断しようとする袈裟の構えをする。


 後ろへの回避……は、駄目だ。

 引くことは、許されない。

 心が引いては、相手に踏み込まれる。


 押せ。


 押せ。


 押し潰せ。


 その傲慢にも未だ力任せな、堕落しきった怠惰なる剣筋を、俺の人生で押し潰せ。


 力が強い奴に、技術で勝つのは俺の得意分野だ。


 何度も負けた。

 何度も何度も、力で負けた。

 そして俺は、勝ちを拾うようになって……ずっと勝てるようになって……。

 それでも、職業ジョブは俺の努力を打ち砕いた。

 幼馴染みを俺から離した。

 何もかも、置いて行かれたと思った。


 だが、シビラは術士でありながら、剣を持つ俺を肯定した。

 そして、戦う力を俺に授けてくれた。

 幼馴染みも、俺と再び一緒になることができた。


 やろうと思えば、自分から動けばよかった。

 やろうと思えば、全てを掴みに行くことができたのだ。

 やらなかった俺が……諦めて、遠慮して、任せっきりで流されっぱなしだった俺が、ここにきてようやく掴める、シビラの横に立ち並ぶチャンスなのだ。


 それは、魔神討伐……だけではない。


 俺の本当の目的は、マイラ。

 初めて俺が、誰かに『始まり』を与えられるのだ。

 それを完遂して、ようやくあいつに並び立つことができる。


 だから、シビラが難色を示そうとも、引くわけにはいかなかった。

 たとえ魔神が相手だろうと、絶対に引くわけにはいかなかったのだ。




 今日は俺が、誰かに始まりを与えられる日。だから——


 ——もう、引くのは最後だ!




 両腕の盾から放たれる衝撃波が、何度もシビラとエミーを壁際に押さえ込んでいるのを視界の隅に収める。


 役に立っていない、わけがない。

 二人を抑え込まなければ、魔神は二人にやられることを既に認識している。

 それ故に、俺に対して盾を使えないのだ。


 あの盾は間違いなく、この魔神の近接戦で一番の装備。

 それに頼って戦ってきたからこそ、この魔神は力任せなのだ。


 だから、たとえ魔力を全力で使おうと、魔神の剣は俺に届かない。


「終わりだ」


 俺は、相手が俺に唯一怪我を負わせた——わざと掠めたとも知らず——馬鹿の一つ覚えのように突き攻撃をするのを確認し、今度は相手の懐に踏み込むと、身体の中心に剣を刺した。


 俺の剣技の……そして、俺達『宵闇の誓約』の、勝ちだ。




 エミーとシビラも勝ちを確信したようだが、それでも武器を構えて魔神を警戒している。


「——我は、負けを認めるわけにはいかない! このまま魔界に帰るわけには、いかない……!」


 唐突に魔神が叫んだ瞬間、魔神の鎧がどろりと溶ける。爆発的な魔力の動きに、天井中央付近のアビスサテライトがまとめてはじけ飛んだ。

 回避し損ねたが、そろそろ時間切れだ。十分役目は果たしただろう。


 突如雰囲気の変わった魔神に、俺は警戒する。

 シビラが目を見開き、叫ぶ。


「ラセル! 背中、腰にマイスターコア! ああ、えっと魔石よ! これは……魔神ウルドリズ、あんたコアの魔力で自爆する気ね!?」


 自爆だと……!?

 ぐっ、往生際の悪いやつだ!


 アドリアの魔王を嫌でも思い出す。

 魔王ですら、ダンジョン奥地から村を滅ぼすほどだったのだ。

 この部屋だけではない……この辺り一帯、マデーラを含めた全てが地図からなくなりかねないぞ!


「そんなに体裁が大事!? このまま人間に負けて魔界に帰ったら恥だとか、そんなこと——」


「そんなことで済むものかッ! 神々からの封印ならまだしも、人間に負けた我など魔界に戻れるはずもない」


「ああもう、だから魔界の連中は嫌いなのよ! ラセル、割るわよ!」


 シビラが後ろに回ろうとする中で、再びあの両腕の盾から衝撃波が現れる。

 エミーとシビラは再び壁に押しつけられる。


「……騎士を抑え込むのに、かなり力を使うが……残りの力だけでも、十分だ」


 そうか、今までずっと魔神と戦えているのは、エミーがその衝撃波にずっと抵抗し続けているからなのか。

 魔神の能力を大幅にそぎ落としてくれているのだから、お前の力は凄いな。


 ならば俺も、それに応えなくては!


「おい! この死に損ないが、そんなに自爆したけりゃ一人で死んでろよ!」


 悪態をつくも、魔神は当然止まるはずもない。

 ならばやることは一つ。


「胸では足りなかったのなら、今度は首を落とす!」


「……貴様は危険だ。我とともにこの世界から消えてもらうぞ」


「お断りだ、残りの魔王も魔神も全部滅ぼすまで死ねるかよ」


「その傲慢さを可能とする魔力……やはり危険だ、恐らく純粋な人間ではないな」


 言葉を交わしながらも、剣を持って踏み込む。

 相手の攻撃は益々速くなっている。だが以前よりも大振りになり、回避することは容易い。


「宵闇の魔卿に、この剣技……危険、危険だ……」


 再び俺のローブを掠めて、鎧ごと俺の腕が浅く切れる。

 次の瞬間には回復しているが、さすがにそう簡単にはやらせてくれないか。


 特に相手が『防御』に意識を持ち始めたのが厄介だ。

 相手は自爆狙い。つまり、俺にとって時間切れは負けを意味する。


「その回復、やはり術士を先に潰さねばならなかったか……回復さえ、いなければ……!」


 エミーには身体能力があるが、シビラの肉体は人間の術士でしかない。今の衝撃で、気絶したのか……!

 回復して治療をする。だが、起き上がらない。


 魔神が満足そうに口元を歪めた瞬間——突然背中側に、左腕を向けた。


「おのれ——貴様が術士かァ!」


 魔神が足元にあるナイフを蹴り飛ばした。それは、黒く大きめのナイフ。

 俺が魔力付与した、アサシン用の武器だ。

 攻撃したのは、アシュリーか!


「かはっ……!」


 魔神が魔法で攻撃した瞬間、アシュリーは入口上部の壁に勢いよく叩き付けられた。

 シスター服が、力を無くして床に落ちる。


 こいつ……やってくれたな!


(《エクストラヒール・リンク》)


 俺はアシュリーに回復魔法を使いつつも、彼女が命がけで作ってくれたチャンスを掴み、一瞬の隙を突いて魔神の手首を切り落とす!

 アシュリーは気絶しただろうか。無理はさせられない。


「そろそろ斬られろ!」


 そして俺は、剣を相手に……突き立てられない!

 魔神の左手は、右手と同じように剣を出現させて持っている。

 俺の両手剣を片手で止められるのだ、片手だけ残っていたら余裕か……!


「ハハハ……! 我の術式が、そろそろ完成する。これでこの辺り一帯……いや、海まで滅ぶかな……!」


 なんだと!?

 セイリスまで巻き込むのか、魔神の自爆は……!

 災害そのものだなこいつはッ!


 あと一手……あと一手でいいんだ!


 俺が剣をぶつけていると……突然、ふっと相手の力が緩んだ。


「何だと……ッ!」


 その脚に刺さるのは、先ほども見たあの黒いナイフ。

 何故だ、アシュリーは気絶しているはずでは……!


「私が、初めてやりたいと思ったこと。それは——」


 俺が声のする方を見ると、あまりにも衝撃的な姿があった。


「——私の為に命をかけてくれる、そんなお人好しの為に私も命をかけること。それはきっと、このシスターと同じ願い。聖者の彼に与えてもらった私の人生の……きっと、最初に持った自分の意思」


 ナイフを投擲したのは、マイラだ!

 魔神はもちろん、俺達ですら戦力として計算していなかった彼女が、戦いに一手を出した。


 強い子だ……! 勝手に子供扱いしていたのが申し訳なくなるほど、彼女は強い意思があった。

 あの子は、俺が与えたことを汲み取って、街の全てを救うほどの一手を繰り出したのだ。


 マイラはお飾りの司祭様だったが……その心は、あの汚い大司教とは比べものにならないほど、聖女然としたものだ。

 この戦いの上では、僅かな一手。だがそれ故に、プライドの高い魔神はその一手に激昂して大振りになる。

 千載一遇のチャンス。これを逃すわけにはいかない!


「これで、終わりだ!」


「まだだッ!」


 魔神が俺を両断するように、両手で剣を振り上げる。

 ここでマイラによって頭に血を上らせた魔神に、更なる一手が炸裂した。


「……な……」


 魔神の振り上げた手が、石の大槍に衝突して横にぶれたのだ。

 俺を狙うはずだった剣は空を切り、俺の剣は相手の腰に深々と刺さった。


 ぱきり、と音がした。

 コアが、割れた音だ……!


「何故、だ……術士は二人とも、気絶……」


 気絶したフリをしていたシビラが起き上がり、肩をすくめて笑う。


「先入観ありすぎよ。シスターはアサシンで、アタシは魔道士」


「【賢者】の、はず、では……」


「そうだって言ってないわよ?」


 ああ、ニヤリと笑っただけで、お前は確かに何も答えていなかったな。

 シビラの表情を見て、勝手に魔神が勘違いしただけだ。

 まったく……あいつときたら、魔神相手だろうとこれだもんな。


「ならば、回復魔法は……」


 俺は最後に、回復魔法を()()()()()


「《エクストラヒール・リンク》。自己紹介がまだだったな、俺は『黒鳶の聖者』ラセル。【宵闇の魔卿】と【聖者】の二つのジョブを持つ剣士だ」


 アドリアの時に、シビラが無詠唱を使い分けることで魔王を騙してみせた戦法を採用したというわけだ。

 俺の魔法に魔神は目を見開き、声を絞り出す。


「危険だ……伝えなければ……いや、我は滅ぶのか……。……選択を、間違えた……」


 その呟きを最後に、他の魔王と同じように、さらさらと空気に溶けた。

 それは間違いなく、今までと同じように討伐できた証である。


 神話の魔神を相手にした、ギリギリの戦い。

 大陸の一部が滅びかねないほどの、危険な最後。


 その結末は、全員生存と魔神消滅——


 ——俺達の、完全なる勝利だ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ