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マイラの無事を確認し、魔神の強さをその身で実感する

 俺はシビラに、先ほどのレベルアップのことを話す。


「14……! ここで上がったのね。さすがに数も多かったし、それに十五層はフロアボスクラスもぞろぞろいたわ」


「そうだったのか。正直どの魔物も大差なく感じたな」


「最初に闇魔法を『ここぞという時の一撃』みたいに表現しなくて良かったわ。価格が暴落して叩き売り状態だもの。だから……次の魔法も連射できるんでしょうね」


「恐らくな」


「なら……まずはアシュリーをパーティー登録するわ。一応タグはあるかしら」


「はい、必要な時もあったので」


 シビラはアシュリーのタグを手に取ると、軽く登録を済ませる。


「じゃあラセルは、階段の下に向かって魔法を撃っていてちょうだい」


 俺はシビラの指示に従い、準備を進める。


 シビラはエミーに扉ごと外させると、直後にアシュリーの腕を掴んだ。


「——マイラッ!」


 その姿を見て、アシュリーが叫ぶ。

 部屋の中には、確かに裏口から入れられたであろう、あの少女がいた。

 シビラは焦燥感から飛び出してしまうであろうアシュリーを抑えるために掴んでいたのだ。

 一度彼女を横に寄せて、手を前に出す。


 扉のあった場所から少しだけ部屋の中側に、無詠唱したであろう小さな石の壁を出した。

 その次に、指から石の粒を発射させた。ファイアボールの石魔法版だろうな。


 撃ち出された魔法は部屋の中にある石の壁に当たり、跳ね返って……こなかった。


「えっ!?」


 その異様な動きに、エミーが驚きの声を上げる。

 石の壁で跳ね返った石の弾は、こちらに戻ってくるかと思いきや、扉が備え付けられてあった部分の空中で跳ね返り、再び石の壁に向かったのだ。

 そうして何度も石の壁と見えない壁を叩きながら、シビラの放った石の粒は向こう側へと落ちた。


 それを見届けて、シビラは溜息を吐いて石壁を崩す。


「やっぱり、フロアボス同様に見えない壁がある。この部屋に入ったら最後、もう出られないわ」


「出られない。……つまり」


「ええ。この部屋に入った時点で、アタシたちは覚悟しないといけない。『魔神を倒さなければ、生きて帰ることはできない』と」


 俺は、真剣な顔をしているシビラの近くに行って肩を竦める。


「何怖がらせてるんだ、俺達の魔王討伐だってずっとそうだっただろ?」


「ま、そう言われちゃそのとおりなのよね。それじゃ……みんな揃って、出られるように頑張りましょ。出るときは五人で、ね」


「ああ、分かった」


「はいっ!」


「アシュリーは、出来る限りマイラちゃんと逃げて。二人が生き延びることは最重要事項よ」


「はい……!」


 お互いに顔を合わせて頷き、全員武器を構えて闇魔法を付与。

 そして部屋の中に入る。


 最後に少し、階下を振り返る。

 再びこの階段を歩いて降りられたらいいと思いつつ、部屋に入った。




 室内は紫ではなく、ここに来てもまだ真っ赤だった。

 本当に、赤色を塗れると思ったと同時にテンション上がってダンジョンのルールを無視してしまったんだろうか。

 ……有り得そうで頭が痛いな……。


「マイラ……!」


 この室内の奥に座り込んでいた少女に、アシュリーが駆け寄る。

 フードを取り払うと、そこにはアシュリーを見ながらどこか呆然としたマイラの姿。

 その少女の声が、初めてアシュリーにかかる。


「あなたは……見たことがあります」


「えっ!?」


「時々、最前列にいますよね。私への視線を強く感じたので、覚えています。あの……何かご用、ですか」


 壇上で人形のようだったマイラは、無表情でも誰に何か言われるでもなくアシュリーのことを意識していた。

 そのことに、アシュリーは無言でマイラを抱きしめる。

 突然の行動にマイラは驚き、どこか助けを求めるように視線をこちらへ向けた。


 シビラが手を叩き、自分の側へと来るよう誘導させる。

 意図に気付いたアシュリーはマイラを抱き上げると、シビラのすぐ隣まで跳んだ。


「わっ……!」


 その驚きに目を白黒させる姿は、少女そのもの。

 アシュリーは壇上や姿見の魔道具でのマイラとは全く違う表情を見て、呆然としながら呟く。


「これが、マイラの本当の顔……ああ、絶対こっちの方がいい」


「あの、えっと……?」


「はいはーい、ちょっとごめんね。アタシのことは覚えているかしら」


 アシュリーの反応に戸惑うマイラ。

 そこへシビラが会話に割り込む。


「あなたは……はい、覚えています。先日はお礼を言いそびれてしまい、すみません……」


「いいってことよ、丁寧でいい子ね。まずは……今からあなたは、その人と一緒にこれから現れる悪いヤツから逃げてもらうわ」


「『悪いヤツ』ですか?」


「そう。といっても、このアシュリーが命がけであなたのことを守ってくれるはずだから、この人を信じていたら問題ないわよ」


「わ、わかりました……」


 まだ事情を飲み込めていないマイラに、アシュリーが微笑みかける。

 マイラは次にシビラの近くにいたエミーを見る。小さくお礼に頷くと、エミーは満面の笑みで手を振った。


 最後に、俺。


「あなたも、あの時にいた気が……」


 よく覚えているな。

 俺は小さく頷くと、小さく手を上げて応えた。


「やっぱりです。どうして皆さんがここに?」


「その前に、マイラちゃんはここがどこか知ってる?」


「何か、私がする部屋というふうに聞いていました。あまり覚えていないのですけど……」




——生贄のつもりだったか。




 空間を揺らすような声が部屋に響き、アシュリーがマイラを強く抱きしめる。

 俺は前に出たエミー越しに、部屋の中央付近を睨む。

 そこには、赤い部屋の天井よりも、血のように赤黒い円の空間が突如現れた。


『このダンジョンに満ちた魔力で、既に僅かな顕現が可能となっていたが……』


 生贄自体がそもそも要らなかったらしい。なら本当に大司教の命は何の意味もなく散ったわけだし、マイラも何の意味も持たずに死ぬところだったのか……。

 俺達人間のことなど、本当に何とも思っていなさそうだな。


 天井から足が、鎧を纏った姿で現れ、地面に降りた——。


「——グッ……!」


 その着地の瞬間、黒い光が床から溢れて部屋の中央を埋める!


 なんてことはない、俺は既に《アビストラップ》を仕込んでいたのだ。

 こんな攻撃チャンス、逃すわけないだろ?


 そして、今の小さな声を聞いて確信した。

 完全防御無視の攻撃、やはり魔神だろうと届くな。

 シビラが止めなかった以上大丈夫だと思っていたが、僅かでも効くというのは、それだけで大きな情報だ。


 黒い光が収まったその場にいたのは……魔王に似ているが、髪が長く伸びる姿。

 禍々しい鎧を着込んだ、明らかに格が違うという雰囲気の存在だった。


「闇……宵闇がいるのか……!」


 憎々しげにこちらに目を向ける魔神とやら。


「やっぱりあんただったのね。赤き魔神ウルドリズ」


「おのれプリシラ、またしても俺の邪魔をするか!」


 ……ん?

 魔神も、あのマデーラの魔王と同じ名前を挙げたな。


「……」


 シビラは魔神の問いかけに対して、黙っていた。

 その姿は不自然で……俺でもなんとなく、どういう事情があるのか予想がつくほど。

 その辺りのことも、後で聞くか。もちろん無事に帰ったらな。


「まあいい。このダンジョンは大幅に魔力が飽和している、魔物も既に溢れ出ているようだ。ならば、この我も部屋を出られるだろう。今度こそ、地界は魔界と繋げる」


 魔神と神々の争いというだけあって、話の内容に興味もあったが……会話は終わりとばかりに、魔神は両手を前に出した。

 魔神との、戦闘開始だ。


「……《イビルバレット》!」


 魔神が鎧に包まれた手から魔法を放つと、あの赤黒い弾がシビラ目がけて飛んでいく。

 その衝突直前で、エミーの盾が黒く光り魔法を自分の進行方向に誘導する。

 そして衝突の瞬間、盾を白く光らせて魔法を弾き飛ばした。


 ……上手い。攻撃を寄せ付けて守る力と、攻撃を弾いて守る力を同時に使って後ろを守ったのだ。


「あぎッ……!」


 しかし、確実に防いだと俺が見ても分かったのに、衝突の瞬間エミーは呻いた。


(《エクストラヒール・リンク》)


「大丈夫か?」


「あっ、うん大丈夫! なんだろあれ、体力めちゃくちゃ削られた感覚。たぶんあれ、ラセルと近いタイプの魔法かも」


 今の魔法が、俺の闇魔法と同じ系統……!

 だというのなら、完全防御無視――鎧や盾も、魔法防御も貫通して肉体に痛みを負わせる魔法というわけか。

 あの時、大司教が一撃でああなったのは、自身の生命力があの攻撃に耐えられなくなって破裂した、ということなのだろう。

 想像するだに恐ろしいな……。


「騎士も、回復術士もいるか。なら、確実に魔力が枯渇するまで潰すのみ」


 魔神は両手を前に出し、あの魔法を連射するらしい。

 そうなると、盾の力があろうとエミーも相当つらいだろうな。


 ならば、届く前に消すしかあるまい。


「どれだけ耐えられるかな、女神の奴隷ども。《イビルバレット》!」


「《ダークスフィア》《ダークスフィア》」


「ぬっ……!」


 一度目の攻撃を俺の魔法が防ぎ、次の闇を魔法が奴の身体に到達する。


 なんだ、いけるじゃないか。

 ……と思ったのも束の間、大して効いていなさそうな魔神の姿が現れる。

 さすがに他の魔王とは違うか。


「お前が、【宵闇の魔卿】か。威力が明らかに通常の者よりも高い。相当無理をしていると見るが、どうだ?」


「そうだな。試してみるか?」


 気持ちで負けるわけにはいかない。

 俺が魔神を値踏みするように、余裕の笑みを見せながら言う。


「……言うじゃないか、お前のような者は人間に多い。そして最期はいつも決まっているものだ——」


 魔神は両手を出して、黒い光を大きくする。


「——自らの能力を過信した弱き人間は、その弱さに滅びる運命にある!」


 魔神は先ほどより明らかに大きな魔法を、こちらに向かって撃ってこようとする。


「エミーちゃん、散開!」


「えっ!? でも……!」


「安全に固まって勝てる相手じゃないわ! ラセルを信じて!」


 シビラが既に魔神の左側に走って行ったのを見て、エミーは右側から攻めるように回り込んで剣と盾を構える。


「侮られたものだ。《イビルスフィア》」


 魔神は一瞬両手を横に向けると、赤黒い火の玉を横に放ち再び俺の方へと魔法を撃ち始めた。

 シビラは石の壁を複数出しながら横に飛び退いたが、それでも俺のダークスフィアに似た爆風が当たって壁に叩き付けられた。


 エミーは魔法を盾で受け止めたが、その攻撃を跳ね返す前に爆風がその場で広がってしまい、やはり顔を顰める。

 シビラほど重傷ではないが、決して楽ではない。


(《エクストラヒール・リンク》)


 攻撃魔法の間に回復魔法を捻じ込み、俺は攻撃魔法を使いながらもじりじりと近づく。

 ふらつきつつも立ち上がったシビラを確認しつつ、魔神の方を睨む。


 魔神は口元を喜悦に歪ませた。


「そこのシスターが無詠唱の回復術士と見た。なかなか優秀なパーティーじゃないか。まだ力の一部しか戻っていないとはいえ、我の相手に人間とは侮られたものだと思ったが、なかなか楽しめそうだな」


 ……今の時点で全ての力が戻っているわけじゃないのか。

 魔神、というからにはそれぐらいの力か。

 そりゃ地上を巻き込むぐらいにはなるよな。


 喋りながらも、魔法を連発している。無詠唱だ。

 そして俺の相手をしながら、時折左右にも先ほどと同じ魔法を撃っている。

 シビラは誘爆させるのに必死だし、エミーは何度も攻撃を受けるのはさすがに嫌がって避けた。だが、背中側で魔法が避けた瞬間に爆発してふらつく。

 すかさず回復魔法を使うが……確実に回避する手段のないエミーは、何度も激痛に苛まれる攻撃を受けて辛そうだ。


 セイリスの魔王のように三人分の腕があるわけじゃないのに、倒せる気が全くしない。

 俺達三人を相手にして、なおこの余裕なのだ。


 やはり今までの魔王とは全く格が違う。魔法もどこか、今までの魔王のような魔法とは全く違うな……。

 さすが神々と戦った存在。人間が相手をしていい存在とは思えない。


 魔力枯渇など狙える相手とも思えない。俺としては、いくらでも撃ち合ってもいいところだが。

 それでも現状では決定打に欠けるところだ。

 

 ならば——そろそろ仕込んでいた作戦を使わせてもらうか。

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