『赤い救済の会』裏口ダンジョンを駆け抜ける
目の前に出てきたオーク。
ここには、もうアシュリーぐらいしかパーティーの外の者はいない。
ならば……!
(《ダークスフィア》《ダークスフィア》)
手から闇の球を連射し、やや広めの長く伸びる通路を埋めていく。
こういう一本道の廊下は逃げ場がないから、その黒い暴力から逃れる術はない。
このダンジョンを探し当てるのには俺だけじゃなく皆も散々苦労させられたからな。
俺は魔法を使いながら、淡々と前方に歩くのみ。
足元に転がっている緑の魔物の死体を踏み越えながら、細い廊下を進んでいく。
「……こ、これが」
「そうよ、アシュリーの不意打ちを止めたラセルの闇魔法。実際に見てみるとどうかしら」
「正直、先に知っていたら絶対挑もうとは思いませんでしたね……あの時本当に、激痛で魂がゴリゴリ削り取られるようなとんでもない感覚に襲われましたし。私だって命は惜しいです」
自分で撃っておいてなんだが、さすがにその表現を聞くと可哀想に思えてくるな。無論、撃ったこと自体を後悔はしていないが。
結果的に止めることができて、今こうして一緒に行動しているからな。
そんな会話を聞きながら考えていると、すぐに二階への階段が現れた。
「もう終わりか」
「そうね。アタシがこっち側を選ぼうと思った理由もそれよ」
「なるほど、理由は短いからってわけだな」
「それだけじゃないわ。マイラちゃんが魔界の生贄になっているのなら、その場所まで連れて行く必要がある。マデーラのダンジョンなら檻の中に魔物を溜めていたのに、わざわざ潜ろうとは思わない。だとすると、恐らく聖堂側から魔神のいる間に入り込めるはず」
「……おい、そういう考えがあるのなら、そっちから行った方がいいだろうが」
「普通はね。だけど、隠蔽に隠蔽を重ねた聖堂側の隠し通路。その広い部分を十六階層分、大司教が死んだ状態で上るつもり?」
……そうか、生贄までの道筋を大司教しか知らないのなら、もう誰もその情報を漏らせる者はいない。
他の司教もいるのかもしれないが、それが誰であるか俺達は知らないのだ。
「まず何といっても、そんな誰もいない廊下で頭を悩ませた結果、時間切れでマイラちゃんは殺されて魔神はさっさと街に行きましたーとかいう『戦わずして負ける』ような結果は嫌よね」
うわ、滅茶苦茶嫌だなそれ。
魔王に挑んで、魔神に挑んで、その結果力が届かないのならまだ分かる。
だが、挑む前に時間がかかりすぎて全てが手遅れになってしまうという状況は、後味が悪すぎるぞ……。
「もう一つは、これよ」
シビラが懐から取り出したのは、黒く大きい耳。
討伐証明のうちの一つだと思う。
黒ゴブリンのように見えるが……。
「これはね、黒オークキングの耳」
「強いのか?」
「身の丈もギガント並で怪力、その上で見た目の割に素早い。下層のフロアボスと考えるのが自然ってぐらい本来は強いわよ。恐らく一階の檻を破壊したのはこいつ」
あの金属の檻を、自分の力だけで破壊するオークか……。
この階にいる、背丈が俺より低い好色気味な雑魚とはわけが違うようだな。
「他にも黒オークジェネラルとか、緑オークジェネラルとか……三体含めて無事にエミーちゃんが倒したけど、こんなのが野に放たれている状況なんて想像したくはないわね……」
同感だな……それこそ勇者パーティーでもいないと普通の馬車なら護衛も含めて馬ごと潰されておしまいだ。
ん? ということは、このダンジョンには……。
「気付いたようね。そう……このダンジョンは、恐らくもうフロアボスがいない。聖堂側が不自然に思われないように大きく取っていた以上、後は十六階までほとんど場所を取らない廊下を走り抜けるのみよ」
「それは気楽でいいな」
なるほど、シビラが聖堂側から上るより速いと考えた理由はそれか。
こちら側を素早く進むには、ひとつ条件がある。
それはもちろん、隠し通路を探すことよりも、魔物を倒す方が速くなければいけない。
それでもシビラは、迷いなくこちらを選択した。
その理由は、一つ。
『ダンジョン十六層分全ての魔物を相手にする』という選択が、『魔物のいない十六階を走り抜ける』よりも確実に速いと判断したから。
それは、俺の魔物討伐速度に対する無言の信頼——。
——ならば、応えるしかないな!
「速度を上げる、ついてこい!」
「任せたわ、全部おいしい経験値だと思うと楽しいわよ!」
それは実にやる気の出る提案だな。
ゴブリンよりは相当経験値も上だろうし、存分にいただいてしまおう。
俺は、階段を駆け上がる。
階段を降りようとしていた雑魚オーク連中を、全て吹き飛ばしながら。
……なるほど、何かダンジョンの枷が外れたのか、こうやって外に出て来ようと階層を行き来するというわけだな。
恐らく上までは一本道だ。
こいつらを倒しきれば、人工建造物であるこの建物に、マデーラの平野へと追加の魔物が出てくる可能性は低い。シビラじゃなくても、それぐらいは分かる。
「《ウィンドバリア》」
そして、何度も経験したから分かる。
ゴブリンがあれだけ凶悪な毒の弓を使うのだ。オークが弓を使って襲いかかってくる可能性も十分に有り得る。
小柄な魔物を蹴って横に避けると、上の階層目がけて魔法を放ちながら二階へと上った。
そこからは、一方的な蹂躙の始まりだ。
二階は変化もなく、三階、四階、更に五階も問題なし。
途中グレートオークが混ざっていたが、同じように一撃だ。最早構う必要すらないだろう。
途中に少し広い部屋が出てきたが、それでも孤児院の食卓より狭いぐらいだ。
そうか、ここは上層フロアボスになるのか。
ここでパーティーを組んでフロアボス戦をするのなら、距離が取れない分案外大変かもしれないな。
「次、六階。《エクストラヒール・リンク》、《キュア・リンク》」
分かりやすいように声を出して回復させ、返事を聞く前に先へ進む。
階段の上に向かってダークスフィアを連射して道を埋めると、顔を出しながら六階部分に魔法を撃ちまくる。
近くにグレートオークの横たわった死体を確認しながら、両手を正面に構えて魔法を連射。
一体、赤いオークが出てきていたが無視。法則性を考えるのなら、恐らく黒オークより赤オークの方が弱い。
エミーが黒でキングを倒したというのなら、この程度の相手に速度を落としている場合じゃないな。
「速度は変える必要なさそうだな」
俺は赤オークを蹴り飛ばすと、再び走り始めた。
「はは……いやほんとラセル様って、デタラメすぎるぐらい強いですね……」
「でしょでしょ、もーほんとラセルってかっこいいんだから!」
「『太陽の女神教』からすると公表できないのが惜しいですね……もしも今の姿を見せることができたら、間違いなく人気になると思うんですけど」
「そーなんですよーっ、シビラさん、その辺どうなんでしょう?」
「太陽の女神教が白い光を讃えすぎてしまったのもあるけど……腹立たしいことに、それと同時に『闇』という名前の実際に悪事を働く組織が多すぎるのよね」
「あー……」
宵闇の女神そのものは、太陽の女神と敵対しているわけではない。
むしろ親しい部類なのだろうなということは、俺でもなんとなく分かる。
だが、『宵闇の女神』という名前に対して『闇の暗殺組織』みたいなものを連想してしまうのは、間違いなく人の業によるものだ。
光の力を讃えることは、決して悪くはない。ただ……俺達人間は光を讃えすぎた。
光があれば、闇が生まれる。それは必然のことだ。
だというのに、俺達は結果的に『闇』というものを、光より悪い印象をつけて使っている。
夜が昼より悪いなど誰が思うものか。
宵闇は、正午と同じように毎日訪れるのだ。
偏見を持たない、ということは難しいことかもしれない。
俺だって最初シビラに出会った直後、結構ひどいことを言ったしな。
(自分を受け入れてもらうには、まず自分が寛容にならなければならない……か)
人間とは難儀なものだなと思いつつ、俺は倒れたオークの先にある階段を見た。
再びかなり広い場所に来た後、次の階段の先を見ると……。
「うげ、なんだあれは」
「あはは……真っ赤だね……」
隣に来たエミーの感想に、皆が頷く。
先ほどまで中層扱いだったダンジョン第六層から第十層にあたる部分を走り抜けてきたが、普通に白い廊下だった。
だが……この階段から見える第十一層は、これ見よがしに真っ赤である。
正直に言おう。多少ほの暗い光が溢れているダンジョンの比じゃないぐらい、徹底的に眩しいぐらい赤い。
「やれやれ、さぞや赤い壁を塗るのが楽しかったんだろうな……。自分たちで作っていて、気分悪くなったりしないのだろうか」
「赤が大好きな変態の馬鹿どもだから、目がちかちかするのを『健康になる栄養が届いた』ぐらいの感じにしか捉えられないと思うわね……」
「わー、本物の馬鹿ですねー……」
「……いや、本当に……改めてみると、ほんと馬鹿っぽいぐらい真っ赤ですね……」
エミーの素直すぎる毒に元赤会のアシュリーが意気消沈しているが、のんびり宥めてやる暇はない。
「《ダークスフィア》。まさか闇魔法の黒の方が、目に優しいと感じる日が来るとはな……」
俺は十一階に魔法を叩き込むと、同じように下層も攻略を始めた。
もちろん、回復魔法は忘れずに。
予想通り、黒いオークが現れ出した。
弓の攻撃も飛んできて、更に大型の黒いオークもいる。
……いる、と言っても俺には死体になった後しか認識できないため、強いかどうかは分からないな。
ギガントに比べると鎧を着た戦士やローブを着た術士もいるが、それらの物理防御や魔法防御を固めた雑魚というのは、むしろ俺にとってはカモでしかない。
さすがに下層の魔物は出口から遠いのか、それともこの赤い空間が気に入っているのか分からないが、外に出てきていなさそうで数が多い。
……上の階に上ったここを『下層』と呼んでいるのに違和感しかないが、無視。
十二階、十三階、十四階……全てが黒いオークで埋め尽くされていた。
闇魔法なら、この辺りの敵は一撃とまではいかなくとも大差ないか。防御魔法と併用していることと、このダンジョンそのものが狭いことが影響したな。
直線の道なら、これほど有利な条件はない。
十五階も、多少大きなオークがいる程度。隣でエミーがいつでも飛び出せるように構えてくれていたが、結果的に出番はなかった。
最後ら辺り、明らかにフロアボスっぽい大きめのオークが倒れた。
その瞬間、頭の中に声が響く。
「これは……!」
魔物が多いのが幸いしたのか、どうやら運が俺に味方をしたようだ。
階段の先にある大きな扉を確認し、ポケットの中に手を入れる。
あの先に、『女神の書』に書かれているほどの魔神がいるのだな。
マデーラの街で過ごした時間を思い出しながら、俺はこの騒動の決着に闘志を燃やす。
今回の決定は、シビラの指示を断った俺の意思によるものだ。
必ず、勝ってみせる。






