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赤い救済の会の神、その真実

 腕を取って背中に膝を乗せる形で、大司教を地面に縫い付けるエミーと目が合う。

 俺は無事を伝えるように軽く肩をすくめて、二人に近づいていく。


「そいつと、あと四人いた。一応全員戦闘不能になっている」


 中央身廊を歩きながら、大聖堂で転がっている二人のアサシンの横を通る。武器もないのに、今更襲ってくることはないだろう。

 あと、横でアシュリーにやられた魔術師も指差しておいた。

 気絶してはいないだろうが、妙な動きをしそうになったところでエミーが大司教を強めに押さえつける。

 ミシリ、という音とともに「ぐぅっ……!」というくぐもった声が聞こえ、男達は構えを解く。


 アシュリーとともに近くに寄ると、シビラは溜息をついた。


「それにしても、本当に無茶したわね」


「今すぐ行かなければ後悔すると思っただけだ。俺は俺のやりたいことをやったまで、特別なことじゃない」


「この状況でそう言える辺りが、本当に特別って感じよ」


 助けに入ってくれたのは本当にありがたい。こいつ一人でも逃がすと信者だらけの街の中で戦うわけにはいかないし、まして今の魔物だらけの広大な平原を捜索するのは気が遠くなる。


「こちらこそ、よく来てくれた。全く連絡していなかったはずだが、一体何故だ?」


「魔物の討伐が終わったあとに、一旦エミーちゃんと集まったの。その時に門番の人が言ってたのよ、『仲間とは合流しなかったのですか』って」


 ああ……そうか。そもそも『聖騎士に協力する』という名目で、俺は魔物だらけの街の外へと出たのだ。

 門番が訝しがるのも当然っちゃ当然の話だな。


「状況から、すぐにアタシはラセルがここに来たと判断して走り出した。エミーちゃんには走りながら説明したわ」


 なるほどな、さすがにこの状況から俺の行動ぐらいは予測がつくか。

 それで、こんなにすぐ到着したってわけだ。


「助かった、こいつだけは逃がすわけにはいかなかったからな」


「ええ。でも何故こんな無茶を? 今日は任せるって判断だったでしょう」


「そうだな……アシュリー」


 俺は、アシュリーに話を振る。 

 それで何のことなのか察したアシュリーは、今持ってきた魔道具の再生を始めた。


 しばらく、マイラの綺麗な声が大聖堂に響く。

 その序章が終わり、軽い会話とともに声が止まる。


「《ス————ガアッ!?」


 往生際の悪い大司教が何か魔法を放とうとした瞬間に、エミーの拳が大司教の頭に落ちる。

 たった一音ですら、声に出すことができない。

 途轍もない反射神経であり、容赦のない一撃だ。


「今の感じ、魔法ですよね。まさかラセルに魔法を使うつもりですか? 私はいつでも殺せるし、あなたに関しては正直いつ殺しても構わないぐらいの気持ちでいます。そのつもりでいてください」


 エミーは竜牙剣を抜き、地面に突き刺す。

 俺の魔法がなくとも赤絨毯の下の石畳を割る程度のことなら、竜の牙とエミーの怪力なら余裕か。

 ……それにしても、あのエミーがここまで怒りを露わにするとはな。

 まあ、街に入る前にマイラを近くで見たのは、エミーもだ。むしろよく我慢している方だと言えるだろう。

 俺でさえ、『こいつはもう殺していいんじゃないか?』と思っているぐらいだしな。


 そして、そんなやり取りを挟んでいるうちに時間は経過し、魔道具から声が出る。

 シビラがこちらを向き、俺は頷く。


「き——グッ……!?」


「やっぱり死にますか?」


 エミーが金属に包まれた籠手で大司教の口を塞ぎ、もう片方を頭頂部から握るようにして固定する。

 エミーの怪力は、握手した俺がその場から全く動けなくなったぐらいに強い。大司教は何か言おうと顔を真っ赤にしているが、最早ほんの少しも動くことはできないだろう。

 鉄の檻に肉体ごと溶接されたようなものだ。


 それからしばらく、魔道具の解放の話、アシュリーの話が出たところで、音が唐突に止まる。

 シビラは腕を組んで数度頷き、エミーは片手間に抑え込みつつも驚愕に目を見開いていた。


「……なるほど、これをラセルが見つけたってわけね」


「正確にはベニーだ。出来る限り速やかにこれを伝えようと思ってな」


「明日でも良かったのに、それだけのためにこんなところへ一人で来るほど無茶をしたのだから、本当に心底聖者様って感じよね」


「そんなんじゃない。本当に、好き勝手に動いてるだけだ」


「あんたらしいわ。特に……どこぞの『我々に感謝するのです』みたいなことを何にでも付け加えるような大司教にはね。エミーちゃん、口元外していいわよ」


 エミーは頷くと、手を外す。

 シビラは腕を組みながら、ニヤリと笑って大司教を見下ろした。

 この状況と構図でシビラが大司教に何を言うか、実に楽しみである。


「あらぁ〜! これはこれは、街の外ではアタシたちに助けられちゃった、どっかのおっさんじゃないの〜! あれからちゃんと女神の書は読み込んだかしら〜?」


 仰々しく両手を広げたシビラのあまりにしらじらしい言葉に、吹き出しそうになる。

 さっき魔道具の会話を聞いたばかりだというのにな。


「あなたは……そうですか、あの時の女神教の護衛……」


「まあ正式な護衛じゃないわよ。暇していただけの冒険者パーティー。ちなみに『赤い救済の会』のことはよく知ってるわ。先日ここにも入ったことあるし」


「……は?」


「赤いフード被れば誰でも赤会、なわけないでしょ。後ろの端で、一部始終を見させてもらったわ。ところで……」


 シビラはしゃがみ込み、大司教を近くで見下ろす。


「『司祭様』がいらっしゃらないようだけど、今日は留守なのかしら」


 マイラは今のところ、ここにはいないだろう。

 戦闘要員ばっかり集めてきやがったからなこいつ。


「この人員から察するに、先にアシュリーを始末するつもりで来ていたと考える方が自然か。アシュリー、待機命令でも出ていたんじゃないのか?」


「仰るとおりです……魔物が多いので、大聖堂で待つようにと。……私の口封じをするつもりだったのですね、大司教様」


 自分で言葉にしたことによって、ようやくアシュリーも自分の置かれていた状況を実感したようだ。

 そして、この場にマイラはいない。


「……ふ、ふふふ……人質に取ろうと思っていたが、結果的に正解であったな」


「どういう……まさか、大司教あんた既にマイラちゃんを生贄に捧げたわね!」


 シビラは叫びながら、大司教をエミーから奪うように襟を両手で握り持ち上げる。


 大司教は……この状況で、気持ち悪いぐらいの引きつった笑みを浮かべていた。隣でアシュリーが「ひっ……」と小さく悲鳴を漏らす。

 エミーも汚いものを見るような目で後ずさった。


 目は血走り、歯茎を剥き出しにした顔。もはや正気を保っているとは思えない。


「赤き神が降臨する! 我らの、赤き神が! ああ、救いの手が今日我々のもとに! 私の力も捧げます!」


 シビラを押しのけると、両腕を上げて大聖堂の天井を眺める大司教。

 つられて俺も天井を見ると……!


「何だあれは……」


 大聖堂の天井付近に、赤い穴が現れている。

 濃い魔力が溢れるように、中から毒々しい赤い霧が漏れ出していた。


「魔神……」


 シビラがぽつりと、その単語を口にする。

 魔神……魔王ではなくて、か?


「ああ、やはり神はいらっしゃったのだ! これで太陽の女神教は終わり、赤い救済の会が世界を統べるのです! 王国も、帝国も、全て太陽の女神教! 間違っていたのです……そう、この私こそが——」




『よく喋るものだ』




「——は?」


 大司教が壇上に上がったところで、赤い穴からくぐもった低い声が聞こえる。


 直後、赤黒い塊の何かが天井から高速で落下し、大司教と衝突する。

 そして大司教はその塊とともに地面に沈んだ。

 べちゃり、と赤い液体が放射状に壇上に広がる。


 それで、終わり。


 散々好き放題してきた大司教は、自身が『世界中を操れる』と魔王に唆されて信奉していた赤き神改め、赤き魔神によって死んだ。

 辞世の句もない、あっけない最後だ。


『女神に封印された我が肉体が、まさか人の手で復活できようとはな……』


 その復活させた本人には全く興味を示さないように、淡々と天井の穴から声が漏れ出す。

 喋りつつも、赤い穴は少しずつ小さくなっていく。


『地上への顕現は、もう少しか。あるいは、魔界からなら……』


 最後に小さく声を発し、赤い穴は消えた。

 残されたのは、俺達四人と、赤会の四人。

 特に赤会の四人は立ち上がり、壇上に駆け寄って大司教の跡を見ている。


「それが、あんたたちの信奉していた奴よ」


 シビラの声に、赤会の四人が振り返る。


「赤いワインは血の比喩。女神が別の世界に封印したのは、上位の神でもなんでもなく魔神のこと。その大司教は、マデーラの魔王を倒した際に『神を復活させると世界を掌握する力が手に入る』って言われてたわけ」


 互いに顔を見合わせる、赤会の殺し屋達。

 マデーラの魔王は、唐突な話だろうな。


「マデーラダンジョン第十六層へは、もう簡単に潜れるわ。嘘だと思うのなら、魔王がいないことを行って確認してきてもいいわよ。ま、少なくとも——」


 腕を組んで、天井を見る。


「——()()が、あんたたちの味方じゃないことぐらいは、馬鹿でも分かるわよね。あんたたちが赤会の信者だったとしても、雇われの殺し屋だったとしても、もうご主人様はいないわ」


 シビラの話の内容は、今起こった現象を見た者からすると納得するほかない。目の前で、歪な声とともに大司教を殺したからな。

 しばらく、誰もが虚ろな目でぼんやりとしていたように思う。

 四人のうちナイフを持っていたであろう頭まで赤いフードを被っていた一人が、自分の懐からネックレスを取り出して床に叩き付けた。

 他の三人が見る中、男は両手を挙げる。


「降参だ。俺達は『赤い救済の会』の上位メンバーだった。だが……俺達は、あんなものを信奉していたのか……」


「目に見えない相手なら、そういうこともあるわ。あんたたちはアタシの手で街の兵士に突き出したいところだけど、ちょっとそんな呑気なことを言ってられなくもなったわね。……兵士どころか領主ごと、街そのものが魔神に殺されかねない。分かるわよね」


 今度は迷いなく、四人とも頷いた。

 残り三人も最初の一人に続くように、ネックレスを投げ捨てた。


「この中で、オークのダンジョンに心当たりがある奴はいるかしら」


「いや、知らないな。その魔道具からの話も初めて聞くものばかりだった」


「そう。上位メンバーなら発言権もあるわよね。一応自分たちが武器を持ったこと、反省しているのなら大司教の死を伝えて、もうこの宗教が終わりであることを伝えなさい。赤き神ではなく、太陽の女神に誓えるわよね。四人とも顔は覚えたから」


 四人は顔を見合わせ、こちらを振り向いて頷いた。

 口封じに動いた四人組。本来なら兵士に捕らえさせる必要があるが……最早悠長に構っている暇などない。


「ラセルとアシュリーもいいわよね」


「構わない。これ以上そいつらに付き合う余裕もなくなったしな。お前等はどうだ?」


「そう、だな……あれが、私達が神だと思い込んでいたものか……」


 俺は、先ほどまでの光景が嘘だったかのように静かな天井に目を向けた。

 本当に、そんな些事に構っている余裕がなくなった。




 四人を見送ると、俺はシビラの方を向く。


「それで、どうする?」


 マイラが、生贄になっている。

 だが、どうやらすぐに顕現したわけではないらしい。まずはあの魔神も最下層——魔界から現れるようだ。

 その後、地上に顕現するようなことを言っていた。

 ……あんな奴がこの世界を闊歩するなど、それこそ神々でもなければどうにもならないだろう。

 早めに対処した方がいい。


 シビラなら、助けに行くと即答するだろう。

 そう期待していたのだが……シビラはなかなか返事を言わなかった。

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