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アシュリーは、大聖堂で魔道具の声を聞く

 少し歩くと、生きた魔物オークが現れ出した。

 ということは、二人は壁沿いに魔物を倒しているものの、こちらの方には来ていないと考えるのが自然だろう。


 剣を片手に、シビラと一緒にいた時に比べて随分と殺気立っている魔物を鼻で笑う。

 まさか、女がいないからというだけで、こんなツラになっているのか?


「あいつならこう言うだろうな。——魔物の癖に生意気だ!」


 俺は魔物の群れに踏み込むと、剣を横薙ぎに払い魔物を倒していく。

 折角の一人の機会と、弱い敵をあしらえるチャンスだ。動いておくのも悪くない。


 剣を何度も振り、魔物の身体から流れていく血を尻目に次の獲物に狙いを定めて倒す。


(《エクストラヒール》)


 頭の中で魔法を使う。

 怪我だけでなく、体力そのものを回復させてくれる魔法は、こういう時に何よりも役に立つ。

 戦士系の職業に比べて、体力がある方ではない。それに、どんなに屈強な戦士だろうと『疲れ』は必ず勢いが鈍る。

 だから皆、力を温存して戦うのだ。


 だが、この魔法を使えば常に全力で戦えるのだ。

 一瞬が勝敗を分ける戦いにおいて、『全力』を何度も使える影響は計り知れない。


「そういえば、アシュリーはこの地帯を抜けたのか?」


 後ろから襲いかかろうとしていた奴の胸を刺しながら、ふと未だ数多い魔物に対して疑問を持った。

 魔物がいるということは、倒しているわけではないのだろう。

 だが、間違いなくこちらに向かったはず。


「魔物に気付かれずに走り抜けた、と考えるのが自然か」


 そういえば、セイリスでもイヴが気配を消して行動していたな。

 同じ職業とかんがえるのなら、アシュリーもそれなりに使い慣れたベテランと考える方が自然か。

 やられている可能性は低いだろう。


「考えても仕方ない。さっさと向かうか」


 俺は周りの魔物を一掃すると、遠くに見えてきた赤会本部を睨んだ。




 建物の近くまで魔物が現れていたので、全て討伐する。

 途中、大きめの魔物……グレートオークだったか? そいつも現れて襲いかかってきた。

 珍しい個体と聞いていたが、三体は倒したぞ。


 見張りは……いないか。やはりああいうのは下っ端の仕事なのだろうか。

 そもそも赤会以外がこの建物に入るのか俺には分からないが……こういう時に信者が助けに入らないあたり、信奉者の程度が知れるな。


 ……まあ、そうだよな。

 死んだらそれで終わりなんだ。

 今まで運悪く死んだ人間も、太陽の女神への信心が足りなかったから死んだわけじゃない。


 シビラも言っていたな。『信じる者は救われる』という言葉のトリックを。


 ジャネットからは、金を貢ぐと上位になって救われる……だったか? そう聞いていた。

 ならば、あいつらは自分の命が最優先だろう。わざわざ魔物に命を張ってまで聖堂に来るわけではない。

 実際に太陽の女神よりも存在が不確定な神であることが、こういう時に出てくるというわけだ。

 ま、こういう宗教の真価はいざという時に出るというわけだな。


「どちらにせよ、今はそれを利用させてもらおう」


 俺は建物の中へ入る。

 以前シビラと来た時は、信者で溢れていたが……こうやって誰もいない廊下を歩くと、随分と広く目に悪い場所だなと思う。

 建物から人がいなくなっただけで、ここまで印象が変わるとは。


 特に迷うような横道もなく、同じ道順で聖堂近くまで来た。

 どこにいるかもわからないが、そもそもアシュリーが出てからかなりの時間が経過しているからな。


『……となったのです……』


 ッ! 中から声が聞こえる。


 俺は慎重に、聖堂の中へと足を踏み入れた。 

 軽く見渡してみたが、周りに人が居る気配はない。


 声の主は、すぐに見つかった。

 いや……声の主と言うべきか。


『——それが、自分だけの力で魔王を倒した、初めての人となった』


 マイラの声。

 壇上にはマイラはいない。

 ならば、この声を出しているものが何であるかは明白だ。


「アシュリー」


「……ラセルさん? えっ、待って《ストップ》。ラセルさんが何故ここに?」


「気になることがあってな」


 俺は聖堂の最前列に座る。

 ……こんなところに座るだけのことに、大金がかかるというのだから、本当に馬鹿げた宗教だ。


 こちらを見ながら首を傾げるアシュリーに、ローブの中からそれを取り出す。


「えっ、それって前なくしていたやつ……!」


 アシュリーの持ち物であることは分かっている。

 だが、今回の主題はそこではない。


「アシュリー。お前はこれを以前再生して、そのまま部屋で置きっぱなしにしていたな」


「そ、そうです」


「ベニーに見つかった。そこで変な声がしたからと気になって取られたわけだ」


 アシュリーは驚くと、俺の手にある魔道具を受け取り再びその言葉を使う。


「《プレイ》」


 そして、魔道具からは先ほど聞いたばかりの音声が流れてくる。


「やっぱり、これです。序章を保存した、最初にもらっていたマイラの音留め……」


 しばらく声を聞いていたアシュリーだが、ふと首を傾げる。

 ……気付いたか。


「私は、この魔道具の音を止め忘れたことはありません。ベニーが再生した……?」


「しなかった。アシュリー、お前は間違いなく止め忘れたんだよ」


「そんなはずは……」


「止める言葉を言わなかった場合、お前はどうしていた?」


「必ず最後まで聞いていました」


 俺が頷く頃に、音留めの魔道具の言葉が止まる。


「最初は使い方が分からず、手探りの声が入っているんですよね」


 俺は、黙る。

 そして、魔道具をじっと見つめる。


 アシュリーは……気付いたようだな。


 止める言葉を言わなかった場合、必ず最後まで聞いていた。

 そう。今がその状態だ。

 そして、ベニーはこの状態の魔道具を観測した。


 静かな大聖堂。

 どれだけの金を積んで作ったのか、広い空間に俺とアシュリーの呼吸音だけが聞こえる。


 アシュリーは、魔道具をじっと見ている。

 俺に声をかけることなく、静かに黙して。


 そして、その時は訪れる。


『定時連絡です』


 突然の声にびくりと震えて、アシュリーの目が俺の方を向く。

 その顔に頷くと、再びアシュリーは魔道具の方をじっと見る。


 そこから流れる声。

 明らかに大司教の声。

 そして、部下が失敗した声。


 次に現れるのは。


『神に仕える資格がない!』


 遠くの声を留めたとは分かるが、それでもはっきりとした大きな声。

 静かな聖堂にはよく響き、同時にアシュリーの息を呑む雰囲気も明確に伝わる。


 あの、嘘で塗り固められた大司教の暴言。

 あまりにも急激な変化。

 そして……まさに当の女神が聞いたら怒りそうな、明確な『神の代弁』ともいえる言葉。


『おお、我らが神よ、この愚か者の断罪をご所望でございますね』


 誰もお前に何も言ってないだろ。

 勝手に神の声が聞こえたことにして、自分のやりたいように命令をする。

 本当に自分の欲に忠実なだけの悪人だ。


 次の言葉。

 それもまた、アシュリーを驚愕させる言葉だ。


『この者は、『解放』がお好みらしい』


 解放——それは、アシュリーが愛娘マイラに対して言われていた言葉。

 ちょうどシビラが、先日指摘したばかりの言葉。


 そして……失敗した部下に激昂した大司教が、言った言葉。


 解放。

 その単語が意味するところは、到底良い意味で使われたものではない。


「え……これ、って……」


 アシュリーがぶつぶつと、視線を彷徨わせながら呟く。

 俺は、アシュリーの手に触れる。はっとした彼女がこちらを向いたので、俺は目を合わせた瞬間手元の魔道具のことを見る。


 話には、続きがある。


『『駒』用の石か。あまり使い方を聞かなかったが……』


 石、というのがこの魔道具のこと。

 そして、アシュリーにとって一番聞き逃せない言葉が現れる。


『司祭様……いや、駒の娘も、予定通りに解放か』


 駒と、駒の娘。その直後に現れる声。

 その会話の最後。


『アシュリーですか? 分かりま——』


 突然、音が途切れる。


「これが、音留めの魔道具の留められる長さの限界なのだろう。俺が聞いたときも、全く同じ場所で止まった」


 アシュリーは俺の言葉に反応を示さず、魔道具の方をじっと見る。

 事前に伝えた方がよかっただろうか。


 アシュリーは、魔道具を懐に仕舞うと、壇上の方を見て話し始めた。


「あの後、私は孤児院の子供に『神の粉』……あの白い調味料ですね。それを食べさせたこと。周りの家に広めたことを伝えました。昔の馴染みだということで、ギルドの方にも薦めたことが評価されて、これを渡されました」


 ぽんぽんと、先ほど再生していた魔道具の入ったポケットを叩く。

 ……なるほど、そういう経緯で街に広がっていたのか。

 ギルドも判断力が鈍っているなと思っていたが、信者にならないにしても一通り街の人間を弱らせるような下地が整っていたというわけだ。


「その、前の会話が、これだったわけですね」


「ああ。恐らく声の男は『解放』……つまり処分されたということだろう。大司教の変わり身の早さには驚くばかりだな」


「こんなに冷たい声を出せる人だったんですね……」


「処分された男が誰かは分からないが」


「ジェイク」


 突然、アシュリーが知らない名前を出す。

 話の流れからすると、先ほどの男か。


「知り合いだったのか」


「まあ、知り合いっていうか旦那でしたね」


「な……!?」


 さらっと応えたが……アシュリーがその意味を理解していないわけがないだろう。


「最近会わないなって思ってたんですよ。そっか、こんなに簡単に、一度のミスで処分されちゃってたんだ。各員の立場とか、ほんとにやっすいなあ……」


 ジェイクは、司教だったはず。

 だというのに、たったこれだけの失敗で処分させられたというのか。


「……できれば私が手にかけたかった」


「おい、冗談でもそんなことを言うんじゃない。お前の手は子供達の頭を撫でるためにあるんだ、その手が血塗られているべきではないぞ」


「そういうこと言っちゃうの、聖者様も大概女神様によく似てますよね」


 俺が、あいつに……? 普段なら否定するところだが、今の話の流れなら別だ。

 あいつほど子供好きの自覚はないが……まあ、気に掛けた結果なら悪い気はしないな。


「でも、この話だと——」








「神への裏切り者ですか」


 ——ッ!

 俺とアシュリーは、互いに同じ方向を向く。

 壇上の、奥。


 そこには、あの大司教が部下を引き連れて立っていた。

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