伊織、海賊船に乗る4
それから三日間、私はガラスの部屋で過ごした。
食料も与えられず、二十四時間ライトで照らされた部屋は息苦しく、辛かった。
そしてその時になってようやく私は地球の家族の事を思い出した。
両親は? そして婚約者は?
皆、心配してるだろうな。きっと大騒ぎだろう。
どうにかして無事な事だけでも知らせたいのだけど、無理だろう。
こんな事なら宇宙旅行になぞ来るんじゃなかった。
家でおとなしく花嫁修業でもしてればよかった。
小説の中の宇宙旅行はいつだってスリルとサスペンスがあふれていて、主人公はどんな苦難も乗り越えて活躍する。私はそんな英雄に憧れていた。なのに、実際は恐ろしい宇宙海賊につれ去られ、彼らのおもちゃにされて、あげくの果てが奴隷に売り飛ばされるんだ。
まあ、人生そううまくはいかないものか。
それから私は私の前の花嫁を見て過ごした。
彼女は随分弱っていたようだが、見回りの者が来るたびにわめいていた。
ガラスごしに彼女の声は聞こえなかったが、カイザーの名前を呼び続けているようだった。
そして、三日目、カイザーがやってきた。
カイザーの後ろから部下が二人と大きな怪物。
カイザーは私のいるガラスの部屋の上部の小さい窓を開けた。
「どうだ。居心地は?」
カイザーは冷たい視線を私に送った。
「そうね。ここは静かでいいわ」
「ふん、気丈なこった」
前の花嫁がカイザーを呼ぶのが私にも聞こえるようになった。
彼女はカイザーを愛していると叫び、彼が彼女を許すなら彼と彼の妹の為にどんな事でもしますと誓った。
だがカイザーはそんな花嫁に冷たい一瞥をくれて、
「お前にはもう用はない」
と花嫁に言った。そして彼の後ろに立っていた怪物に、
「どうだ?」
と言った。
怪物は灰色の肌をしていた。ぬめっとした肌感、大きな長い頭部、その先からは触覚が二本突き出している。顔はよく分からなかった。切れ目が三つ入っており、それが動いているので目と口かもしれない。ごわごわとした作業服で、のそりのそりと動く。
怪物は宇宙共通語をしゃべりはしなかった。どこかの惑星言語だろう。
私には理解できなかった。
だが怪物が花嫁を買い取るらしいというのだけが雰囲気で感じられた。
花嫁は大粒の涙を流した。カイザーは何の思いも感じないようで、連れ去られて行く花嫁を無表情に見送った。
怪物と花嫁が出ていくと、カイザーは私に、
「次はお前の番だ。楽しみに待ってろ!」
と吐き捨てるように言った。
それから、また三日がたった。
一度だけ冷たいスープが与えられ、私はむさぼるようにそれを飲んだ。
空腹を満たす程の量はなく、急いだのと胃が弱っていたので気分が悪くなっただけだった。
そして、ついに運命の日がやってきたようだ。
カイザーの部下がガラスの部屋へやってきた。
私の番か……
もう涙もでない。
怪物はいなかった。部下は錠前を外すと私に出ろと言った。
私は素直に外に出た。
ずっと座っていたので、足が言うことをきかず、ふらふらだった。
そして、連れて行かれたのは、私に与えられていた部屋だった。
「?」
桜と桃が嬉しそうに走り寄ってきた。
「伊織様! ご無事で!」
「伊織様、心配しておりました。さ、バスの用意ができております」
どういう事?
ああ、そうか。売られる前に奇麗にされるんだ。その方が高く売れるのね。
私はもう何を話す気力もなかったので、ただ黙って二人のするがままにさせておいた。
一週間ぶりに風呂に入り、奇麗なドレスを着せてもらう。
嬉しかったのは暖かいスープとパンだった。
「死ぬ前におにぎりが食べたい……お寿司、天ぷら、お好み焼き、卵かけご飯、焼き肉、卵焼き、ラーメン、ギョーザ……日本に帰りたい」
私はぶつぶつとつぶやいた。
桜と桃が何やら話かけてきたがそれに返事をする事はなかった。
「さ、伊織様、こちらです」
二人は私を立ち上がらせ、私の手をひいて歩きだした。
部屋を出て、少し歩くとアリアの部屋があった。
二人はそこに私を連れて行った。
待っていたアリアのメイドが四人、いっせいにしゃべる。
「伊織様、アリア様のお体の調子がお悪いのです」
「伊織様をずっと呼んでらして……」
「伊織様、どうかアリア様の側にいてさしあげて下さいまし」
「伊織様! もう一週間もアリア様は寝込んでいらっしゃいます」
アリアは自分のベッドに寝ていた。
顔が真っ赤で随分熱がある様子に見えた。
「アリア様は伊織様に会いたがっていらっしゃいますの」
私はされるがままに、アリアのベッドの脇の椅子に座った。
「アリア様、伊織様がいらして下さいましたわ」
桜がアリアに話かけると、苦しそうなアリアは少しだけ目を開いた。
「伊織ちゃま……?」
「苦しそうね……」
「伊織ちゃま……」
「大丈夫?」
少々心が痛んだ。一週間も寝込んでるなんて、あの日からという事?
「伊織ちゃまはアリアが嫌いなんでしょう?」
「嫌いじゃないわ」
「だってアリアの事もお兄ちゃまの事も嫌いだって言ったわ」
「そうね、確かに言ったわ」
「やっぱり、嫌いなんだ……皆、アリアの事が嫌いなんだ」
「どうして、そう思うの? あなたはこんなに皆に心配されて、大事にしてもらってるのに。私なんかもうすぐ、奴隷買いに売られるのよ」
熱を出して寝込んでる少女に言う事じゃないかな。
でも、もう何も考えたくない。
「私の前の花嫁さん、なめくじみたいな奴に連れていかれたわよ」
「アリア、あの人は嫌い! でも伊織ちゃまの事は好きなの、だって伊織ちゃまが一番、アリアと遊んでくれたもの」
可愛いわねえ。でもだからどうだって言うの?
「そう、ありがと。早く元気になりなさいね」
「……また、遊んでくれる?」
「そーね。いいわよ。奴隷買いが来ないうちにね」
「アリア、お兄ちゃまに頼んでみる。伊織ちゃまを売らないでって」
「ありがと。私の事はいいから、元気になる事を考えなさいな」
「うん」
アリアはまた目を閉じた。
この娘に必要なのは何だろう。
私じゃない。
花嫁なんかじゃない。




