伊織、海賊船に乗る2
次に連れて行かれたのは豪華な食堂だった。
大きなダイニングテーブルには既にイリア・ルトールが待っていた。
アリアは嬉しそうな顔で兄に飛びついた。
「お兄ちゃま!」
「おお、お姫様は御機嫌がいいようだな」
「うん! 見て! 伊織ちゃま、とっても奇麗でしょ」
イリア・ルトールは私を見て、口笛を吹いた。
「ほお、なかなかのもんだ」
「どうも」
別のメイドがやってきて私とアリアを椅子に座らせる。
そしてたくさんの料理がテーブルに並べられた。
急に空腹を感じた。最後の食事はいつだったかしら。
火星からつれ去られて、一体どのくらいの時間がたったのだろう。
早く帰りたい……
「ね? 伊織ちゃま」
ふいにアリアが私に話をふった。
「え? 何?」
アリアはくすくす笑いながら、
「伊織ちゃまったら、ぼおっとしちゃって! 今お兄ちゃまと伊織ちゃまの結婚式の話をしてたのよ? ね、どういう風にする? アリアはねえ、惑星カイザーでいろんなお友達を呼んだらいいと思うな」
「わ、惑星カイザーって?」
「もちろん、お兄ちゃまの星よ」
惑星まで持ってんのか、この男。
「伊織ちゃまにも見せたいな。お兄ちゃまの星」
「……そう」
一体どこまで連れていかれるの? 花嫁ですって? 冗談じゃないわ。
そのうちにアリアがあくびをして、目をこすりだした。
「伊織ちゃま、明日はきっと遊ぼうね……アリアがね……船の中を案内……」
アリアつきのメイド達が慌てて、アリアを抱きかかえて連れ去った。
「あの……ルトールさん」
イリア・ルトールが私を睨む。
奇麗な顔だけに恐ろしい。
「何だ」
「私は地球に帰してもらえるの?」
「それはお前の心掛けしだいだ。アリアから話は聞いただろう。お前はしばらくこのカイザーの花嫁だ。それはつまりここにいる間はお前は女王だという事だ。誰もがお前の言う事は何でもきく。だが、条件はアリアの遊び相手になるって事だ」
「つまり、彼女が私に飽きるまでって事ね?」
イリア・ルトールはにやっと笑った。
「お前はなかなか頭が良さそうだ。俺はけちな男じゃない。ドレスでも宝石でも欲しい物は何だって買ってやるぞ」
「二つだけ、聞いてもいい?」
「何だ」
「花嫁は今までにもいたんでしょう?」
「そうだな。お前で二十人目くらいかな」
「その花嫁達の末路は?」
この残酷な男はくっくっくと笑った。
「聞かない方がいいぞ」
そして立ち上がると、
「俺は忙しい。ま、そのうちに花嫁の相手の時間も取るさ。それと、俺の事はカイザーと呼ぶんだな。俺は本名で呼ばれるのが嫌いなんだ」
と言い私に背を向けた。
「ぶっはー」
私はドレス姿のままでベッドに飛び込んだ。
どうしよう。生きて帰れる保証はどこにもない。
アリアが私に飽きたら、次の花嫁さんを欲しがったら、私はきっと殺される。
「あの……伊織様、着替えをされますか? バスを使われますか?」
私のメイドが声をかけてきた。
私は起き上がった。
二人は不安そうな顔で私を見る。
「名前は何ていうの?」
私の問いに二人は顔を見合わせた。
「名前など、ありません」
「ふーん。でも名前がないと不便じゃない?」
「そう・・でしょうか」
「うん、ね、名前をつけましょうよ。と言っても同じ顔だからなー。あ、そーだ。髪の毛のプラチナのあなたが桜ね。で、ブロンドのあなたが桃。私が純日本人だから、日本風の名前になるけどいい?」
二人は顔を見合わせた。
「あ。気にいらなかったら別の名前でもいいのよ?」
「いいえ。嬉しいですわ。伊織様。名前をつけていただくなんて初めてですもの」
「私が桜ですね。いい名前をいただいて、ありがとうございます」
私は二人に着替えをさせてもらった。
部屋には大きなバスルームもついていたので、ついでにお風呂にもはいってみた。
「いい気持ち……でも、そんな事を言ってる場合じゃないよね」
私は湯船の中で考えた。
チャンスはある。カイザーが言ってた通り、私の願いがかなうならチャンスはある。 宇宙を飛んでる時はだめだ。宇宙船の操縦なんかできないから、外に出た瞬間に死んでしまう。どこかの星に降りた時がチャンスだと思う。どうやって? あまり時間はない。
とにかく、何か考えなくちゃ。きっと逃げられるはず!
私は柔らかい絹のローブか何かを着せられて、ふかふかのベッドに入った。
疲れてたんだろう。あっという間に眠りに落ちた。
はっと目覚めた。この緊張感で眠れる自分が凄い。
自分で呆れてしまった。
「伊織ちゃま!」
ぱっと目の前にアリアの顔。夢じゃなかったんだと実感。
「おはよう……」
「おはよう! 伊織ちゃま、早く起きて! 食事がすんだら、船の中を案内するから」
アリアは大はしゃぎだった。あんまり嬉しそうだから、何だかかわいそうになってしまった。よっぽど遊び相手が欲しかったのね。
「伊織様、今日のお召し物はどれにいたしましょう」
桜が側で立っていた。
「あ、おはよう。桜さん。お召し物って……」
アリアが目を丸くした。
「桜ってこいつの事?」
「いい名前でしょ?」
私は起き上がった。
「変なの。バイオノイドに名前をつけるなんて」
「いいじゃない。で、あっちの人が桃さんよ。可愛い名前でしょ?」
「甘やかさない方がいいよ? すぐにつけあがるんだから」
アリアの言葉に桜と桃がしゅんとなって下を向いた。
「いいじゃないの。そのうちに私もいなくなるだろうから、それまでだけどさ」
「伊織ちゃまはずっとここいいるんだもん!」
「そーね。期待してるわ。アリアちゃん」
そして私達は食事をすませ、アリアは意気揚々と私に船の中を見せて歩いた。
「何だか、船の中という感じはしないわねえ」
ふかふかの絨毯を歩きながら私が聞くとアリアは、
「だって、ここは居住区だもん。ここは船の最下層なの。ここには海賊仲間はやってこないよ。お兄ちゃまが厳しく言ってるから」
と言った。
「ふーん」
「船の方も見たい?」
「そーね。私、宇宙船なんて初めてだからね。記念に見たいわ。観光船に一回乗っただけで、こんな船は初めてだから」
しかも初めて乗った宇宙観光船で来た火星で連れさられてさ。とほほのほ。
「じゃあ、案内するよ」
「いいの? お兄ちゃまに叱られない?」
「平気だよ。お兄ちゃまはアリアを叱った事なんかないもの」
「ふーん。ね、アリアちゃん、この船、今はどこに向かってるの?」
アリアは首をかしげた。
「アリアもそれは知らない」
「そう」
そしてアリアは私を海賊の本拠地へと案内した。
居住区と違い、本格的な宇宙船という感じだった。
銀色の扉や壁が冷たく感じられ、何となく暗い。
時折すれ違う人相の悪い人や、シューシューと音を出しながら滑るように移動していくロボット、毛むくじゃらの獣人がアリアに丁寧な挨拶をする。
その度にアリアが私を、
「お兄ちゃまの花嫁さんの伊織ちゃまよ!」
と紹介する。
彼らは一応に驚き、また私にも丁寧な挨拶をしてくれるのだった。
アリアは私にいろんな部屋を見せてくれた。
その中で興味を引いたのは武器倉庫だった。
私にも使える物があるかしら。
私が熱心に見ているので、アリアが不思議そうに聞いた。
「伊織ちゃまったら、そんな物に興味があるの?」
「え、ああ、そうね。結構好きかな」
「変わってるわね。今までの花嫁さんは宝石にしか興味なかったわ」
「そう? 宝石なんてあっても使わないし」
私は銃を一つ取り上げた。
「じゃあ、撃ってみる?」
「は?」
アリアは武器倉庫の管理人を呼んだ。
年老いた男が慌ててやってきた。
「それは構わないと思いますが……カイザー様が何ておっしゃるか」
「いいじゃない。お兄ちゃまにはアリアが言うから、少しくらい平気よね」
そして私は練習場へ連れて行ってもらった。
へえ。宇宙船の中にこんなものまであるんだ。
広い練習場で私は銃の撃ち方を教えてもらった。
ガンッガンッ。手から腕に震動が走る。
なんだか気持ちがいい!
最も弾は一発だって当たってはいなかったが。
「弾の無駄遣いって怒られるかな」
三十発くらい撃ってやめた。何だか、腕がしびれてきたから。
毎日の鍛練が必要かな。
「もう、いいわ。アリアちゃん」
「そう! じゃ、次ね」
退屈そうに待っていたアリアが椅子から飛びおりた。
私は練習場の番人に礼を言ってそこを出た。
「次はどこがいいかなあ」
アリアは私の手をひいて歩きだした。
「あ、そーだ! いいものを見せてあげる」
そう言ってアリアが私を連れて行った先は……
ドアが開いた瞬間に私は我が目を疑った。
ここは牢屋だ!
一つの小部屋が一メートル四方で、ガラスでいくつにも区切ってある。
鎖につながれた人や獣がいた。
彼らは一様にうなだれ、悲しい叫びをあげていた。
「ね、伊織ちゃま。こいつが伊織ちゃまの前の花嫁さん。こっちは五人くらい前かな」
アリアが得意げに指さした女性は昔は美しかったのだろうが、今はやせこけて、みすぼらしい格好で座り込んでいた。
髪の毛もばさばさで、瞳は暗くどこか遠くをみつめている。
「ど……どうして、ここに入れられたの?」
「そりゃあ、アリアが気に入らなかったから。だってこいつ、ちっとも遊んでくれないんだもん。宝石ばっか見ててさ、お兄ちゃまの部屋にばっかり行きたがって。こっちはね、お兄ちゃまに逆らったの」
平然とアリアは言った。
彼女には善悪の区別がない。
彼女に従う者だけがここでは生きていけるんだ。
地球には現在奴隷制度はない。遥か昔にはあったらしいが、今はない。
だから、私は初めて奴隷という者を見た。
宇宙では奴隷買いを商売にしている者がいるとは知っていたけど、私には理解できない。
「お兄ちゃまに逆らうとここに入れられて、売られちゃうの」
その言葉は私への警告だろう。
アリアは天使のような笑顔で私を見た。




