伊織、幼馴染み属性に対面する
流されるのは楽だった。
地球でだってそうやって生きてきた。
笑顔で優しくいればいいだけだ。
カイザーの頬をひっぱたいた瞬間や反抗して奴隷部屋に行った時が人生で最初で最後の抵抗だった。カイザーの腰からナイフを引き抜いて自分の胸に突き立てたなんて、思い出すだけで可笑しくなる。
カイザーもアリアも優しくて綺麗なお人形が欲しいのだからこれでいいはず。
その方が楽だ。逃げ出す事も死ぬ事も叶わないなら。
そんなことを考えながら私は日を過ごしていた。
背中の火傷は日々良くなり、海辺を散歩したりも出来るようになった。
大きなお屋敷の大きな広間では毎晩のように晩餐会が開かれ、豪華な料理に宇宙中から集めたと思われる酒が並び、それを飲み干すには宝石をちりばめた贅沢な酒器が使用されていた。
その夜も夕べもおとついの晩餐も同じだった。
カイザーは上機嫌だったし、アリアも同じだった。
セリナを初めとする、ダンテやアモン、そして彼らの幹部だろう男達が賑やかに談笑している。
私はカイザーの隣に座って、晩餐が終わるのを待っていた。
奴隷部屋にいた時よりも長い時間だと思った。
「カイザー!」
と大きな声がして、華やかな女性が大広間へ入ってきた。
一瞬、騒がしさが消え、皆の視線が女性に向かった。
綺麗な人。一瞬で場をさらってしまったようだ。
素晴らしいボディラインを惜しげもなくさらし、多分、コレ一枚で宇宙船が一隻買えるだろう高級なドレスを身にまとっていた。
素晴らしく巨大なエメラルドのネックレスを首につけている。
ブロンドを結い上げ、そして綺麗なグリーンアイでテーブルについている面々をじろっと見渡した。
「アレクシア!」
とカイザーが言った。その声は嬉しそうに弾んでいた。
「久しぶりね、カイザー。あなたが結婚するって聞いて、飛んで来たわ!」
「ああ、そうだ。結婚するんだ」
カイザーは私の肩を抱き寄せて、グラスを持ち上げて見せた。
私は大きなテーブルの向こうに立っているアレクシアを見て微笑んで見せた。
アレクシアはつかつかとテーブルを回って私の方へ近寄って来て、
「まあなんて美しい人、黒髪に黒い瞳がエキゾチックね」
と言った。
「ありがとうございます。伊織と言います」
私は立ち上がって名乗った。
「伊織? ふうん、変な名前」
とアレクシアが私を見下ろしてそう言った。
「え……」
「それに何てチビなの。十歳くらいなの?」
確かにアレクシアは私から見て巨大だった。
多分、カイザーと同じか少し低いくらいだろう。
カイザーと並べば素晴らしく美男美女で豪華なカップルなんだろう。
「じゅ、十歳じゃないわ。二十……」
「いいわ。あなたの年なんて興味ないし」
きっぱりと切り捨てるように言ってから、アレクシアはカイザーの向こう隣に座った。
照明を受けて輝く酒器を手にして、
「いつまで続くか分からないけど、カイザーの結婚にカンパーイ!」
と大きな声で言って笑った。
失礼な人だなぁ、と思ったら、
「馬鹿な事を言うな、アレクシア。伊織は俺の最後の花嫁だ」
とカイザーが言った。
アレクシアはフフッと笑って、
「あら、素敵、カイザーにそんな事を言わせるなんて、伊織は幸せね」
と言った。
カイザーは私の方へ振り返って、
「アレクシアは昔馴染みでな」
と言った。
「へえ」
私がアレクシアへ視線を向けると、
「赤ん坊の頃から一緒にいるんですもの、家族みたいなものよ、ね、カイザー」
アレクシアが言ってカイザーの肩に頭を寄せた。
「そうだな」
とカイザーも言って笑った。
私はただ少しだけ笑っただけだった。
「あら伊織、飲んでないの?」
とアレクシアが私のグラスの中身がジュースなのを察して聞いてきた。
「ええ」
「あなた飲めないの? 海賊王の花嫁が酒を飲まないなんて」
「いいえ、そういうわけじゃ……」
「伊織は怪我をしててな、酒は控えてるんだ」
とカイザーが言ってくれた。
「怪我?」
「ええ、背中を少し火傷して、でも、たいしたことはないの」
「背中を火傷だなんて。カイザーに焼印でもされたの? あなたも相変わらずねぇ」
とアレクシアは喜々としてカイザーに言った。
「え?」
焼印って……
「そんな事するか。熱いスープを背中にかぶっちまったんだ。それで少しな」
「まあ、背中に熱いスープなんて。伊織、あなたに熱いスープをかぶせた者にはどんな償いをさせたの?」
「償い?」
「ええ」
「別に償いなんて……あれは私の不注意だったし」
「海賊王の花嫁に熱いスープをかぶせるような者を罰してないと言うの?」
「ええ、罰なんて与えないわ。あれはただの事故だもの」
「呆れた」
とアレクシアはそう言って、グラスの中身を飲み干した。
「私なら眼球の一つでも献上させないと許さないわ」
と言って、テーブルの周囲に控えて用事を言いつけられるのを待っているメイド達をじろっと見渡した。
その瞬間にメイド達、特に私にスープを持ってきたあの娘はびくっとなって真っ青になった。
「アレクシア、終わった事だ。蒸し返すな」
とカイザーが言い、アレクシアはつまらなそうに肩をすくめた。
「何よ、つまらないわね。そんな弱気でカイザーの花嫁なんか務まるの?」
アレクシアの声はトゲトゲとした意地悪だった。
私の事が気に入らないらしい。
「カイザー、そういえばこの間、グレアムの一団とかち合ってね」
とアレクシアがカイザーの肩に頭をあずけたまま話だした。
カイザーはそれに笑顔で答えている。
それは私には少しも理解出来ない話だったし、酔いが回ってくる頃には昔話に花が咲いていた。 それはカイザーやアレクシアの少年少女だった頃の話だろう。
まるでその時代に戻ってしまったように、二人の話は弾んでいた。
アリアも幹部連中も皆が耳をすませて、その話に聞き入っている。
私は笑顔だけは崩すまいと必死で微笑んでいた。




