伊織、惑星フレンダを知る
こう見えて、何だ、その、アレだ。
メンタルは弱いつもりだ。
その時々は真剣でよく考えて行動しているつもりだけど、後から思い返せば何やってんだろうって思う事がいっぱいある。
奴隷商人に売られそうになったり、奴隷部屋に入れられたり。
火星刑務所に入れられたり、脱走して、そして、そうだ、カイザーの部下を死なせてしまったんだ。
それだけで私なんかもう何も言う資格なんかないんじゃないかって思ったりする。
むしろ私なんかの愛なんぞ、へっへっへ、そこいらの石ころと同じですよ、旦那、とか思ってしまう。
ふっかふかの毛布に頭を突っ込んで頭を掻きむしる。
「伊織様、結婚式は惑星フレンダで盛大になさるそうですわ。それまでに体調を整えましょう。招待客もかなり膨大な数になると思いますし。カイザー様はお美しい伊織様を自慢なさりたくて仕方ないのですわね」
「はあぁああああ?」
「何か?」
私は突っ込んでいた毛布から顔を上げた。
「結婚式? 惑星フレンダ?」
「さようですわ」
「え、何かおかしくない? その設定」
「は?」
「宇宙海賊なんでしょ? あんな観光惑星で結婚式なんて出来ないでしょ?」
「最近、はやっているらしいですわ。結婚式が」
「へ?」
「上流海賊団が盛大な婚式を催すんですわ。主立った組織の海賊団は全て招待します。どれだけ豪華な式を催すかで組織の大きさを競い、誇るらしいのですが。カイザー様はこれまでそういう催しに少しも興味がなかったのですが、伊織様を皆にお披露目なさりたいのですわね」
「主立った海賊組織って?」
「それはもう多種多様な海賊団が全宇宙におりますから、有名な海賊団はほぼ招かれるでしょう」
いやいやいや。
「え? 宇宙海賊なんでしょう? あの、よく知らないんだけど、宇宙警察とか銀河パトとかいるでしょう? そういうのに捕まらないの? そんな派手な催しをして?」
「惑星フレンダは宇宙警察は来ませんわ」
「どう……して?」
「惑星フレンダは不文律の星ですから」
「不文律?」
「ええ、惑星フレンダは我々のような海賊団が正体を隠すことなく入れる唯一の星ですの。ですからフレンダでは略奪行為、諍いは御法度です。破れば二度とフレンダへは近寄れない」
私は理解出来なくてぽかんとなった。
「一般の者から見れば我々は凶悪で狡猾な宇宙海賊でしょう。銀河政府認可の星へはほぼ侵入禁止です。もちろん、偽パスで正体を隠しての侵入は可能ですが、それは秘密裏に行わなければならない。我々はバカンスも休暇もどこの星にでも自由に行けます。名を偽り、姿を偽ってならば。ですが我々にも素顔で会いたい友や同胞はいるのです」
「フレンダならいいの? 海賊だと知られても?」
「元々、ある一つの海賊団の隠れ家としてフレンダは生まれたのです。一つの街が出来、噂を聞きつけた他の海賊が休暇にやってくる。そこへ武器商人がやってきて、奴隷商人も住み着き、バーやカジノが開店する。宝石の売買も始まる。美しさを競う女達が流れ着く。海賊としての才能を見限った者が商売に乗り出す。腕自慢の者はボディガード業に転職する。都市がいくつも出来て、栄える。そして宇宙貿易に乗り出す者も現れる。海賊としては才能がなくても、貿易、経営に手腕を発揮する者も出てきます。武器、奴隷、そして盗品から姿を変えて美しく生まれ変わった宝石達。それらをもって気質の星と交易も盛んになり、そうなると宇宙連合も簡単には手を出せない。そうやってフレンダは発達したのです。もちろん一番最初にフレンダへ来た者はもうおりませんわ。その子孫、子々孫々が引き継ぎ、何百年もの年月を重ねて今のフレンダがあるのですわ。伊織様、ガイモンにはお会いになりましたか?」
「あ、ああ、あの蛾の人よね?」
「さようです、実質、ガイモンが今のフレンダの統治者ですわ。不思議な事にガイモンは海賊の前では悪人ですが、宇宙連合の前では善人なんですの。我々カイザー一族はフレンダでは上顧客。カイザー様と伊織様の結婚式の為に惑星フレンダを借り切ります」
「……へえ」
としか言葉が出なかった。
あの蛾の男が凄いのか、それとも世界が狂ってるのか。
悪と善は表裏一体って事なのか。
「え! いやいやいや。ガイモンさんが凄いのは分かりました! フレンダの歴史もよく分かりました! っていうか、有名な海賊を招いての結婚式に私も出なくちゃならないの?」
「もちろんです。伊織様の結婚式ですもの」
「……しないって言ったら?」
「は?」
「結婚はしたくないって言ったら?」
「……」
「カイザーは私の首をはねるかしら?」
「伊織様、カイザー様はあなたの首をはねるような事はいたしませんでしょう。ですがあまりカイザー様を困らせるようなまねはやめていただきたいですわ。あなたはカイザー様に選ばれた最後の花嫁なのですから」
セリナの声はびりっと厳しかった。
「少しお休みになられたほうがいいですわね。食事はこちらへ運ばせましょう」
と言ってからセリナは出て行った。
私は寝返りも打てず、うつぶせになって頭を掻きむしるしかなかった。
「結婚式……」
私はきっと様々な宝石や化粧で飾り立てられ、カイザーの横に並ぶのだろう。
カイザーはとってもハンサムだから、何を着るのか知らないけどとてもスマートで格好良いに違いない。
アリアも可愛いお姫様になって、大好きなお兄ちゃまの結婚式に大はしゃぎだろう。
私はカイザーの花嫁になって、そしてカイザーとその妹が飽きるまでここで綺麗に着飾って笑ってなければならないんだろう。
地球には二度と戻れずに。
地球は青く美しい星だ。
私はそろそろと起き上がって、窓際のに立った。
ガラス越しに見る惑星カイザーは緑の海が目前に広がって、白い砂浜と海、そして青い空が重なっている。
ここにいれば地球にいるみたいに美しい景色を眺めていられる。
それに地球に帰れば金で買われる花嫁で、ここでは恐ろしい海賊にさらわれた花嫁で、そう違いはない。
きっと降参してしまった方が楽なんだ。
死刑になる事よりも命を選んだ私はもうカイザーに媚びてしまったんだ。
惨めになぶり殺されても媚びないと思っていた私は火星警察で死んでしまった。
ここで海賊の花嫁として暮らすのもそう悪くないかもしれないな。
みんな親切だし、食べ物は美味しいし、景色は綺麗だし。
カイザーは超男前だし、逆らわなければ優しいし、お金持ちだし。
どうせ私はどこへ行ってもお人形だし。




