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火星花嫁  作者: 猫又
第二章 伊織と女海賊
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伊織、セリナに説教される

 たいしたことはないけれど熱いスープが背中にかかったのだから、背中はひりひりとした痛みがある。

 抱き寄せられて、火傷をした皮膚がぎゅうっと痛んだ。

「痛いわ、カイザー」

 カイザーは私の身体から手を離して、

「ゆっくり休め。結婚式までには万全に体調を整えるんだぞ」

 と言った。 

 カイザーはベッドから立ち上がり、部屋を出て行こうとした。

「……カイザー、願い事の代償って何? あなたとの結婚って事?」

 カイザーは振り返り、

「結婚はお前が望んだことだ」

「……え」

「死刑になるよりは俺と来る事を望んだ。そうだろう?」  

「それはそうだけど……あの、結婚するなら、私はあなたともっと分かり合う時間が必要だと思うの。私はあなたの事をあまり知らないし、あなたも」

「分かり合う?」

 カイザーはふんっと笑って、

「俺はお前を愛してるぞ、伊織。お前も俺を愛せばいい」

 と言って部屋を出て行った。

 私はベッドの上にうつぶせで寝転んだ。

 

 カイザーの事がよく分からない。

 軽口を叩きあう時もあるけど、今のように少しも内面に触れさせない瞬間がある。

「愛してる、愛してる、愛してる」

 そればかりだ。

 私の何を愛してるというのかしら。

 今までの花嫁よりはアリアが懐いてるから?

 豪華な宝石をたくさん飾られて美しく装うから?


「伊織様、おかげんはいかがですの?」

 と言いながらセリナが部屋に入ってきた。

「あ、セリナさん、大丈夫よ」

「メイドが不始末をいたしまして申し訳ございません。それに対して何の処罰もお与えにならないなんて、伊織様の寛大なお心に屋敷の者も喜んでおりますわ」

 とセリナが言った。

「あれは私が不注意だったわ。いきなり立ち上がったから。ね、カイザーはあの娘をどこかに売ったりしないわよね?」

「そうですわね。使えない者をお側に置いておいてもこの先お役にたてるかどうか分かりませんが、伊織様がそう望まれるならばカイザー様はあの娘に特に処罰をお与えにならないでしょう」

「使えないって……ただの一度の失敗でしょう?」

「ただの一度の失敗が我々を窮地に追いやりますわ」

「そんな大袈裟な」

「そうでしょうか。あの娘は……いえ、このお屋敷の者は今回、学びましたわ。伊織様は心優しく、泣いてすがれば許していただけるという事を」

「え……」

「我々に失敗は許されません。失敗は死に繋がる、それを念頭に置いて行動するからこそ、組織を厳しく統率できるのですわ。カイザー様があの若さで巨大戦艦を二隻操り、海賊王の名を欲しいままにしているのは、それを戒律としているからですわ。我々もその厳しさを充分に理解した上で、カイザー様に忠誠を誓います。失敗は死、それが鉄則です」

「そ、それはあなた達は宇宙海賊だから厳しい掟があるかもしれないけど、あの娘はただのハウスメイドでしょう?」

 セリナは困ったような表情でふっと笑った。

「あの娘の祖父は武器庫の番人ですわ。兄はパイロットとして戦艦に乗り込んでおりますの。あの娘の身内が失敗してそれがお耳に入れば、また伊織様はカイザー様に彼らを助けるように嘆願するのでございましょう?」

「……それは」

「今回、あのメイドは伊織様に助けられた。あの娘は伊織様が自分を助けてくれたことをありがたく思うと同時に思い上がるでしょう。それを妬ましく思う者も出ますわ。あなたが一石を投じてしまった事によって様々な思惑が交差しております。あなたはカイザー様の花嫁で権力をお持ちになった。あなたの一挙手一投足が全ての者に影響を与えます。それをお忘れなきようお願いいたします」

 セリナの言葉に私はすっかり気持ちがぺっちゃんこになってしまった。

 一度の失敗が死に繋がる……

 スープのお皿をひっくり返しただけで?

 特殊な世界なのは分かる。

 地球の一般市民の常識なんか吹っ飛ぶくらい、ここは異常な世界だ。 

 奴隷商人とか死とか略奪とか殺し合いとか敵とか味方とか。

 もちろんここはカイザーの世界でカイザーとその仲間や部下達の常識が普通で、平和な地球で生きていたちっぽけな私なんかとは世界観が違うんだろう。

 でも違う世界から来たからって、私がそれに従わなければならないの?

 セリナの言ってることは頭では理解出来るけど、心がついていかない。

 それなら同じ世界の同じ戒律で生きる女性と恋をすればいいじゃない。

 違う世界の者の愛を欲しがったりしなければいいのよ。

 だいたい私が望んで来た世界でも何でもないのに。

 

「そうお気になさらずともようございますわ。あのメイドには私から厳しく言いつけておきますから。伊織様の温情に甘えることなく、これからもしっかりお仕えするようにと」

 私の顔色をなんか違う方向でセリナは納得したみたいだった。


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