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火星花嫁  作者: 猫又
第二章 伊織と女海賊
24/28

伊織、女海賊と出会う

 残された私が結構人見知りをする方なので、もじもじと出されたお茶ばかり飲んでいた。

やがて、セリナが口を開いた。

「伊織様は地球からおいでになったと聞いておりますが?」

「ええ。そうです。純日本人ですわ。セリナさんは?」

「私はシャドル星系の出です」

 知らないな。

「おいくつですの?」

 と私はセリナの年齢を聞いた。

 彼女の年を地球年齢に換算すると二十七歳だった。

「私よりも四つ上ですね」

「まあ、伊織様はもっとお若く見えますわ」

「あら……そんな」

 ほほほほほ。と二人で笑う。

「セリナさんも海賊なんでしょう?」

「ええ、そうです」

「じゃあ、宇宙船の操縦もできるんですね?」

「ええ、それができない事にはカイザー様の元で働けませんもの」

 戸惑うセリナ。

「ふうん。いいわね」

「は?」

「いいわね、キャリアウーマンで……ねえ、私にも船の操縦を教えてもらえません?」

「はあ?」

 セリナの顔が不思議そうになった。

「それは……カイザー様が何とおっしゃるか……」

「駄目。駄目。カイザーに知られたらまた奴隷部屋に違いないわ」

「奴隷部屋?」

「そうなの。ここに来るまで奴隷部屋にいたの。ひどいでしょう?」

「あの。お伺いしてもよろしいですか?」

「何?」

「何故、船の操縦を覚えたいのですか?」

「やってみたいからよ? それに、いつカイザーに奴隷買いに売り飛ばされるかも分からないじゃない? その時、船の操縦ができたら逃げられるでしょ?」

 セリナが呆れ顔になった。

「逃げるって……」

「だって、あなたも聞いてるでしょ? 今までの花嫁の末路は……それに火星からここに来るまでにカイザーはそれをやりそうになったわ。つまり私だけが例外じゃないわけよ」

「そうでしょうか? 伊織様はカイザー様の最後の花嫁だとうかがっておりますのに」

「そんなの分からないじゃない? 私はできる限り自分に有利でいたいわけよ。何の準備もしないで、後で泣きを見るのは嫌だわ」

「そんなものでしょうか? でも、やはりそれは無理ですわ。カイザー様に内緒でというのは、私には……」

「そーね。無理な事を言ってごめんなさいね」

 私はそう話をしめくくって、また一口お茶を飲んだ。

「ですが……例え、船の操縦ができたとしても、カイザー様から逃げた花嫁はいらっしゃらないですわ」

「そうなの?」

「ええ。だって、どの花嫁様もカイザー様に夢中にならずにはいられませんもの」

「あら……」

 セリナの顔がうっとりとなる。彼女はカイザーに恋をしているのね。

「伊織様のお話ですと、まるでカイザー様からお逃げになりたいように聞こえます」

「そうかもね」

「はあ?」

「私がここに来た経緯はご存じかしら? 火星から誘拐されてきたの」

「ええ」

 セリナがうなずいた。

「いろんな事があったわよ。私はあなた達の仲間も手にかけたわ」

「聞いております」

「それほどに私はカイザーから逃げようとした、けれど失敗したの。そんなこんなで、私が素直にカイザーの花嫁になれるかっていうと、どうもね」

「何故でしょう? カイザー様の花嫁といえば……」

「あー、言わないで。分かってるわ。でもどんな贅沢も特権も私には必要ないもの。そうねえ、どっちかって言うと、花嫁よりも私はあなたみたいにカイザーの仲間になりたいわ。楽しそうだもの」

「そうでしょうか? 私なら……」

 と言いかけて、セリナは口をつぐんだ。

 そうね。カイザーに恋をしてる彼女なら、仲間よりも花嫁になりたいでしょうね。

「本当にカイザーが必要としてるのはあなたみたいな人よね。海賊として信頼できて、右腕となるような女性。私はただの観賞用だわ。奇麗に着飾って、ただほほ笑んでればいいんだから」

「伊織様、あなたは色が白くて、とてもお美しいです。私にはとても望めないものをお持ちでいらっしゃいますわ」

「そんなものが一体何の役に立つって言うの? 花嫁の替えはいくらでもいるじゃないの。カイザーが飽きたら終わりだもの」

「まあ、それはそうですが……」

「でも、あなたの替えはいないでしょ?」

 この時、初めてセリナがほほ笑んだ。

「あなたは今までの花嫁様とは一風変わっていらっしゃいますね」

 と言った。

「あら、そうかしら」

「そうですわ。今までの花嫁様はカイザー様が花嫁に飽きた時の事など考えてらっしゃらない方ばかりですわ。いつだってご自分が一番美しいと思ってる方ばかりですもの」

「あら、私だって自分が一番美人だって思ってるわよ? でも、美しいだけの女なんて年をとったら終わりじゃないの。あなたみたいに有能な何か特技があれば最強なんだけどな」

 セリナがぷっと笑った。

「でも美しいにこした事はありませんでしょ? 私みたいな醜い女は何か特技でもないと生きていかれませんもの」

「醜いって??? 自分で自分の事をそんな風に言ったら駄目よ?」

「自分の事は分かってますもの。私みたいな女がカイザー様のお側にいる事が気にくわない花嫁様も随分いらっしゃいましたわ。でも私は自分の事を女だなんて意識しておりませんわ。ですから、伊織様もどうかお気になさらずに」

「もったいない!」

「はあ?」

「せっかく女に生まれたのに! 女である事を意識しないなんて、もったいないじゃないのよ。女で有能な海賊で! あーあ、うらやましいわ!」

「あの……」

「女って生き物は神聖なものよ? 美しく有能であるっていうのは女だけの特権なの!」

「それは……伊織様がお美しいから言える言葉ですわ」

 少しむっとしたようにセリナが言った。

「そうかなあ。女は誰だって美しいものだと思うわ」

「そうでしょうか! でも私は伊織様とは違います。私は醜く、あなたは美しい。それは誰が見たってあきらかで、どうにもならない事ですわ! ええ、どうせ私は醜いですわ。私だってあなたのように美しくなりたかった。美しく……」

 怒っちゃったかな。

「……あのさ……どうせ私は、とか言うの嫌いだな。美しくなりたいなら、色々と方法はあるじゃない? 努力もしないでそんな事言うのは卑怯だわよ」

「あなたに、そんな事を言われる筋合いはございませんわ! あなたは私をばかになさって!」

 興奮したセリナが立ち上がった。

「ばかになんかしてないわよ」

「いいえ! どうせあなたも今までの花嫁と同じで、私をばかにして侮辱するんですわ!ご自分の美しさをひけらかして、私の事を醜いと……」

 どうして、こう海賊っていう人種はすぐにかっとなるのかしら? そうでないと海賊って奴は務まらないのかしらねえ。

「はいはい、分かりました。もう結構よ。そう思うんならそれでいいわよ!」

 ま、最も私もだけど。

「私はただ、あなたと友達になりたいから……ここの人達はカイザーの機嫌ばかりうかがって、誰も私と対等に話をしてくれないから……あなたなら、女同士でいろいろ楽しい話ができるかなと思って……でも、それも無理な話ね。悪かったわね。ごめんなさい」

「伊織様……」

 そこへカイザーが帰って来た。 

 微妙な雰囲気を察したのか、不思議そうな顔で私とセリナを見た。

「どうかしたのか?」

「べつに、何でもないわ。私、部屋に帰って休みたいわ」

 私は立ち上がった。

「ああ、ゆっくり休め」

「それじゃあ、セリナさん、失礼します!」

「は、はい」

 立ちつくしたままのセリナを残して、私はさっさと自分の部屋に帰った。

 がっかりとベッドに寝転ぶ。友達が欲しいのは本当だった。

 ごろごろしていると少し眠たくなってきた。

 どれくらいうとうととしていただろう。

 はっと気がつくと、ドアホンからおずおずとしたセリナの声が聞こえてきた。

「伊織様……お休みでございますか?」

「いーえ。ごろごろしてるだけよ。どうぞ」

 扉が開いてセリナが顔を出した。

「なあに?? ご飯の時間?」

「いえ、先程、失礼な事を申しましたおわびに参りました」

「あらまあ、別にそんなのお互い様よ。私だってあなたに失礼な事を言ったしさ」

 無作法だけど、起き上がるのも面倒臭いので、寝っ転がったままで答えた。

 セリナはおずおずと部屋に入ってくると、隅の方で突っ立ったまま、

「ではお許しくださいますか?」

 と言った。

「許すとかって、そういう問題じゃないわ。そんなに気を使わなくってもいいのに。気を使うっていうんなら、船の操縦を教えてよ」

「そ、それは!」

「ははは、嘘、嘘。ま、立ち話もなんだからさ、座れば?」

 私は起き上がって、ソファに移動した。

 セリナはしばらく悩んでいたが、やがて私の前に腰をおろした。

「お身体は大丈夫ですか?」

「ええ」

「伊織様」

「何?」

「カイザー様のお許しがでれば、宇宙船の操縦を教えてさしあげますわ」

「無理よお。絶対許してなんかくれないわ! あいつ、意地悪だから」

「そうでしょうか?」

「そうよ、意地悪で冷血で我儘で残虐で冷酷で……」

「い、伊織様……あの……」

「すぐに怒りだして暴れるし。ちょっと口答えしたら奴隷部屋よ? あなた入ったことある? 奴隷部屋」

「い、伊織様……」

「本当に何様って感じよね!」

 調子に乗って私はカイザーの悪口を言い並べた。

 後ろに本人がいる事に気がつかずに。

「悪かったな」

 ぎくっ。私は恐る恐る後ろを振り返った。

 戸口で腕組みをしたカイザーが私を睨みつけていた。

「セリナさんったら、カイザーに忠実なのは分かったけど、教えてくれてもいいじゃないのよお」

「も、申し訳ございません……」

 セリナが真っ赤になって謝る。

「意地悪で冷血で我儘で、悪かったな!」

「あら、なんだかめまいがするわ、身体がまだ……」

 セリナがぷっと吹き出した。

「伊織様、それは無理がございますわ」

「あら、そう?」

 カイザーはつかつかとやってくると、私の横にどすんと座った。

「二人して俺の悪口を言っていたのか?」

「いいえ、違うわ」

「言ってただろ」

「二人で言ってたんじゃないわ。私が言って、セリナさんが聞いてただけよ」

「すました顔で言うな!」

「伊織様はおもしろい方ですわね」

 セリナがくすくすと笑う。

「そうか?」

 カイザーが私の顔を見た。

「意地悪で我儘な女だっていうのは俺も知ってるがな」

「どっちがよ」

「伊織様が船の操縦を覚えたいそうでうわ。その許可をいただきたいと」

 とセリナが言った。

「船の操縦だと?」

 カイザーの顔が険しくなる。

「駄目だ」

 きっぱりとカイザーが言った。

「やっぱり、ね?」

 私はセリナを見た。私の言い草にセリナが固まっている。

「どうして、船の操縦なんかを習いたいんだ? 一体、どういう魂胆なんだ?」

 カイザーの声が刺々しい。

「奴隷買いから逃げる為」

「奴隷買い?」

「そうよ。あなたが私に飽きて新しい花嫁さんを探し始めたら、逃げなくちゃ」

「あのなあ、何度言ったら分かる? 俺はお前と結婚すると言ってるだろうが!」

「あ、あの……カイザー様」

 セリナの顔が不安げになる。

「それは百回くらい聞きました!」

「伊織、お前よくそんなに疑り深くて、今まで生きてこられたな! 人を信じた事がないのか?」

「海賊なんかを信じる程、若くないの!」

「何だと!」

「いいじゃないの! 船の操縦くらい、教えてくれたって! けち!」

「けちとは何だ!」

「あの! カイザー様、どうかお怒りをお静めください。伊織様も、そう興奮なさらずに」

 セリナがおろおろと口をはさむ。

「とにかく、駄目だ。セリナ、伊織にそんな事を教えたら、どうなるか分かってるだろうな?」

 低い声でカイザーがセリナを脅す。 

「は、はい」

「けち! けち! けち!」

「やかましい!」

「けち!」

「うるさい!」

 両方のほっぺたをふくらませた私を見てカイザーが先に笑った。

「駄目なものは駄目だ。そんな顔しても駄目だ!」

「あの! 私、これで失礼いたしますわ」

 いきなりセリナが立ち上がり、そそくさと部屋から出て行った。

「あら……カイザーの意地悪さをまのあたりに見てショックで出て行っちゃったんだわ」

「お前の我儘さに呆れたんだろうよ」

「ま、何て事を言うのよ。きっとカイザーのけちさ加減に嫌気がさして、転職を考えてるんだわ。可哀想に、有能だろうにね」

 カイザーは私の額をこつんとつついた。

「痛いわね! 病人なんですけど!」

「お前こそ何回言えば俺の言葉を理解するんだ?」

「何よ?」

 カイザーはそっと私を抱きしめて、

「俺の女はお前で最後だ。もうお前しか愛せないんだ」

 と言った。

 まあ、それはどうもありがたいお言葉ですわね。

 と言おうかなとして、やめた。

 どうせまた怒るだろうから。


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