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火星花嫁  作者: 猫又
第二章 伊織と女海賊
23/28

伊織、回復する

 ずいぶんと眠っていたような気がする。

 目が覚めた時には頭が痛くて身体も重くて、そしてここがどこで自分が誰かというのがすぐに思い出せなかった。

 だけどずっと私が目覚めるのを横で待っていたのか、すぐに声がした。

「伊織様、お目覚めですか!」

 ぼんやりと視線をそちらへ移すと、ミミだったかセーラだったか、一瞬思い出せないメイドさんの顔があった。

「へ、ああ、どうも」

 頭が痛い。喉も乾いた。

 私は少しずつ身体を起こした。

「あの……何か飲み物をいただける……かしら」

 喉がねばっこくはり付いたようになって息苦しい。

「どうぞ」

 すぐ側に用意してあったワゴンから湯気のたつ飲み物が入ったコップが手渡された。

「ありがと」

 それは白湯だった。暖かくて喉がほっとしたような感じがする。

「大丈夫ですか? 失礼します」

 ブルネットのセーラが私の耳に機械の先端を少し触れさせてから、

「良かった、熱はさがりましたわ」

 と言った。

「熱」

「伊織様、ずいぶんとお疲れだったんですね。お熱で倒れられたんです」

「ああ、そう」

 そうよね。疲れないわけがないわ。

 そしてこの地球によく似た惑星へ来たせいで心が緩んでしまったに違いない。


 屋敷の主人に忠実なメイドさんはすぐにカイザーの元へ走ったのだろう。

 ほどなくしてカイザーがやってきた。


 こんなに大きな人だったかしら? 

 ベッドから見上げたカイザーは大きくてなんだかガツガツしていた。

 悪い意味でない。そう、とてもエネルギッシュな感じで、身体に力の入らない自分からとは違う次元の人みたいだった。

「大丈夫か? 三日も寝込んでいたぞ」

「そんなに?」

 身体を起こす力もなくて、私はカイザーを見上げた。

 口をきく元気もないし、会話のきっかけもない。

 さらわれて、奴隷部屋に放り込まれて、命がけで逃げ出して、そして結婚すると言われ連れてこられただけだもの。

 そう思うと、とても疲れた気分になってしまう。


 カイザーがひんやりした手で私のおでこを触った。

「熱が下がってよかった」

「うん」

「早く元気になれよ」

「うん」

 心配をしてくれたのだろう、というのは伝わってくる。

 ふかふかの寝具に心地よい空調、清潔な部屋、いつでもメイドが側に傅いて何でもすぐにそろえてくれる。

 どちらが幸福なのかしら? 

 地球にいたら今頃は結婚式かもしれない。

 二十も年上の男に会社の危機を救ってもらうのと、地球から遠く離れた場所で凶悪な海賊に優しく扱われるのと。

 

 そんな事を考えながら私はまた目を閉じた。

 すぐに眠気が襲ってきて、意識はすぐに闇に飲み込まれた。



 目を覚ましたり、うとうとしたり、そしてお腹に優しい食事をもらったり、また眠ったり、そんな数日を過ごして、私はようやく起き上がれるようになった。

 ぴょん!と飛び起きる、というほどではないけど、だいぶん身体に力が戻ってきた。

 

 私の起きている時間が長くなってから、カイザーは私の部屋に入り浸り、目を覚ますといつでもカイザーの顔が視線に入る。

 ず、ずっと私の寝顔を眺めてるのかしら?

「あなた、忙しくないの? いつでも目の前にいるけど」

 と身体を起こしてから聞くと。

「俺が何の為にこの星へ戻って来たと思ってるんだ?」

と質問で返された。

「お前と結婚する為に休暇を取ったんだぞ? ここで俺のする事はお前の相手以外にない。だから早く元気になってくれ」

 と続けてそう言った。

「休暇?」

「そうだ」

 カイザーは優しく笑い、私の手をとってちゅっとキスをした。

 カイザーのキスは指先から手の甲、そして腕、肩と上ってきて顔に近づいてきたので、

「じゃあ、もう起きる」

 と私は毛布をばさっとめくって、カイザーの頭にかぶせてやった。

「元気になったら早速、反抗か」

 とカイザーが言った。



「カイザー様、セリナ様がお帰りになりました」

 部屋のどこからかメイラーの声が響いてきた。

 カイザーははっと嬉しそうな顔になり、

「そうか! 分かった。すぐに行くぞ」

 と叫んだ。

「?」

「伊織、セリナに紹介するから着替えたら来い」

「セリナさん?」

「ああ」

 珍しく喜々とした表情でカイザーは部屋を出て行った。

 セーラとミミが顔を出し、私にバスを使わせた後、顔と衣装を整えた。

「セリナさんって誰?」

 じっと立ったままで二人にドレスを着せられながら、私は聞いた。

「セリナ様はカイザー様の第二船、バルドの副艦長を務められる方ですわ。組織の中で唯一の女性です」

 とセーラが答えた。

「へえ、女海賊か、格好いいな」

「ええ、とても有能な方ですわ」

「ふうん」

「さ、できましたわ。伊織様」

「ありがとう」

 セーラとミミに付き添われて、私は広いリビングルームへと入った。

 何かの獣の皮で作られた大きなソファにカイザーが座っており、私に背を向けてその女性が立ったままカイザーに挨拶をしていた。

「カイザー様、帰還が遅れて申し訳ございません。何しろこの度の作戦では……」

「かまわん。一応の成功としておこう。おう、伊織、来たか」

 セリナが振り返った。きびきびとした動作で、私に会釈をした。

 大きな人だな。私よりも頭三つ分高い。カイザーとそう変わらない。うーん、少し低いかな。

 派手な化粧と、きつい香水がやけに匂った。

 カイザーが立ち上がり、私の手を取った。

「紹介しよう。セリナ、彼女が伊織だ。聞いただろうが、俺の最後の花嫁だ。伊織、セリナだ。俺とは別動隊の戦艦バルドのサブを務めてる」

「初めまして、伊織様。セリナ・ブークレーです。よろしくおねがいします」

 セリナがそう言って握手を求めてきたので、私も手を出した。

「初めまして。伊織です」

 ぎゅうっと握られて、痛かった。

「さすがカイザー様が選ばれる方だけあって奇麗な方ですわね」

「そうだろう? 伊織は宇宙で一番いい女だ」

 自慢そうにカイザーが言うので私は少し赤くなった。

「ま、ごちそうさまですわ」

 セリナがほほ笑んだ。その笑顔が少し寂しそうに感じるのは気のせいなのかな。

 その時、ダンテがカイザーを呼びに来た。カイザーは立ち上がると、 

「すぐに戻る」

 と言って部屋を出た。

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