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火星花嫁  作者: 猫又
第二章 伊織と女海賊
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伊織、疲れる

「伊織ちゃま! ここが私達のお屋敷よ!」

 アリアが自慢そうに言う、その屋敷を見た瞬間に何やら懐かしいような気がした。

「シンデレラのお城……」

 巨大な城だった。

 とんがった屋根は真っ赤で、レンガで作られた壁はチョコレート色。窓際には色とりどりの花が添えられ、レースのカーテンが見える。

「ず、ずいぶんと可愛らしい……」

「そうでしょ?」

「ええ」

 今にも王子様とお姫様が大きなバルコニーから顔を見せそうな城だった。

 お姫様のアリアはいいけど、王子様のカイザー……怖い。

「素敵でしょ?」

 アリアは大いばりだった。

「そうね。とっても素敵だわ」

 エアーカーは広大な門をぬけて、城に近づいた。うわあ、近くで見ると凄く豪華で立派だ。中庭には池があり、噴水から水が噴き出している。

 両開きの大きな扉の前には何十人もの人やバイオロイドがカイザーとアリアを待ち構えている。

「おかえりなさいませ」

 の声が幾つも響き渡り、いっせいに頭を下げる。

「おう」

 と言って、カイザーが車から下りる。続いてアリアがピョンと飛びおりた。

「伊織」

 カイザーが手を差し出したので、私はその手を取って車から下りた。

 今日の私はアリアの指揮により、豪華に飾りたてられていた。

 派手に化粧をされ、宇宙で一番高価だという噂のスターシルクのドレスを着せられていた。何の飾りもないシンプルなロングドレスは体が透けるようなペラペラの布だったが、これ一枚で宇宙船が買える程だとか!

 そして私の胸元と耳、腕、指には様々な宝石が輝きを放っていた。

「おかえりなさいませ」

 頭を下げたメイド達の前にメイラーが一歩出た。そして、

「この方が伊織様とおっしゃって、若の花嫁となるお方。そそうのないように。セーラ、ミミ」

 と言った。

「はい」

 二人の女性が返事をして、私の前に来た。

「伊織様、この二人が伊織様のお世話をさせていただきます」

 メイラーの言葉に二人がまた頭を下げて、

「セーラと申します」

「ミミと申します」

 と言った。

 この二人は人間なのかな? そっか、名前があるって事は人間ね。桜と桃には名前がなかったもの。

「何なりとお申し付け下さい」

 セーラはブルネットで奇麗な顔をしていた。

 ミミはぽっちゃりとした気立てがよさそうな娘だ。

「伊織です」

 よろしく、と言うか言うまいか悩んだが、やめた。

「さ、若、アリア様、伊織様、お疲れでしょう。おくつろぎ下さい」

「うむ」

 メイラーがはりきって玄関から中へ進むのに、カイザーとアリアが続く。

 私は歩きだして、足を止めた。振り返ると空は上天気だった。


「わ、海だ」

 案内された部屋の窓から外が見える。窓の外は砂浜と海だった。

 白い砂浜は乱れがなく、そこから続く海はエメラルドグリーンだった。

 私は窓に走りより、外を眺めた。

 後から部屋に入って来たカイザーが不思議そうな声で聞いた。

「海を見た事がないのか?」

「そりゃ……あるわ。地球は海の方が大きな星だもの」

 と言いながら、どこまでも続くエメラルドグリーンの海と青い空を見た。

 こんなに綺麗な星にいるのにそれを素直に美しいと思えないのは、私が恐ろしい宇宙海賊にさらわれて、そして逃げる為に人を殺したからだ。

 私はこんな美しい場所で、贅沢な城で、豪華な宝石に飾り立てられて暮らす資格などない。衣装や宝石がこの自然豊かな星が美しければ美しいほど、私は自分が汚れて見えた。


「伊織」

 と呼ばれて振り返る瞬間に頭がクラッとなって、平衡感覚がなくなった。

 体は床に押しつけられ、視界はぐるぐると回る。

 気持ち悪くなり、私は目を閉じた。

 そして何も分からなくなった。



「疲労がたまっておいでのご様子です」

 野太い声がした。

「そうか」

「戦艦での旅は慣れてない方にはきつうございます。ゆっくりお休みになられたら回復なさいますよ」


 目を開く力もなかった。

 意識はあるような、夢を見ているような。

 体が熱くて溶けてしまいそう。

 熱があるんだろうな、と思った瞬間にひんやりとした手が頬をなでた。

 気持ちいい。大きくて冷たい手は私の頬やおでこや首筋を撫でてくれた。



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