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真琴の悪夢

施設の消灯時間、薄暗い孤児達との共同部屋で真琴はふとんに潜り込み、一人密やかに微笑んだ。枕元には赤いマフラーがあり、手には彼女からプレゼントされたペンダントが、薄闇の中で窓から差し込む月の光を受けて透明に青く浮かび上がっていた。大事そうに握りしめて目を閉じる。


ペンダントを見るたびに彼女の温かさを強く感じた。心地よい気分に浸り真琴はそのまま安らかな眠りに落ちていった。まどろんでいく眠りの中、真琴は夢を見た。


真琴はまだ母と父が側にいた時に住んでいた、あの廃墟のような街に立っていた。空を鉛色のどんよりとした雲が幾重にも重なって覆い、今にも雨が降り出しそうな天候だった。あたりは時折、強い風が吹いて木枯らしが舞い上がり、枯葉が踊るように転がる音しかなく、人の気配がなかった。


古くさびれて今にも倒壊しそうな家々には人が住んでいるようには到底思えなかった。真琴はまるでこの世の果てにやってきたような感覚に襲われた。不安という名の魔物が真琴の心を侵食し始め、あたりを見回しいてもたってもいられなくなって真琴は駆け出した。


どこかに人はいないのか、とにかく誰でもよかった。自分以外にも人間がいることを確認して動揺した心を安心させたかった。だがしばらく街中をまわっても、人間の姿をなかった。ども家のドアを叩いても、返事は返ってこなくて家の中まで探してみたが、やはり人の気配はなかった。


家を出て真琴は肩を落とし、とぼとぼと歩き出した。どうして誰もいないんだろうか、皆どこに行ってしまったの?いくら考えても真琴に明確な答えを出せるはずもなかった。歩いていくと街の中心にある少し開けた場所に出た。なんとはなしに俯いていた顔を上げた真琴は、少し離れたところにぽつんと立って、真琴のほうをじっと見つめている人影に気づいた。真琴は目を疑った。何度も瞬きをして目をこすった。間違いなかった。真琴はその人物のところに向かって走り出した。

「お母さん!」

母は真琴のことが心配で戻ってきてくれたのだろうか、それよりももう一生会えないと思っていた母に出会えたことがこの上なく嬉しかった。母は駆け寄ってきた真琴を無表情な瞳で見つめていた。母の表情を見て、側に近寄ろうとする足を真琴は止めた。


「お母さん・・・・?どうして私のこと捨てたの?どれだけ私が悲しかったか・・・でもやっぱり私のことが心配で戻ってきてくれたんでしょ?そうでしょう、お母さん?」


涙声で真琴は母に訴え続けた。しかし母は空ろな目の焦点のあっていないような表情をしたままで何も言わなかった。

「お母さん?どうして黙っているの・・・何か言ってよ!」

母がゆっくりと口を開いて話し出した。


「ごめんなさい・・・真琴・・・やっぱりお母さん真琴を育てていく自信がないわ・・・ごめんなさい・・・・。」

それだけ言って母は真琴に背を向けて歩き出した。真琴は衝撃を受けて立ちすくんだ。

「待って・・・!お母さん・・・・私も連れて行って・・。私一人ぼっちは嫌なの・・いい子にするから置いていかないで・・・!」


真琴は遠ざかっていく母を追いかけようとしたが、どうしたことかその場を一歩も動くことができなかった。まるで両足が地面に張り付いたように、重りを取り付けられたようにひきはがすことができない。ただ声を枯らして叫ぶことしか、手を伸ばすことしかできず、小さくなっていく母の後姿を見つめていることしかできなかった。


「お母さん・・!待って!」

真琴はひときわ大きな声を上げた。母が歩を止めた。長い髪を風になびかせてゆっくりと真琴のほうを振り返った。その姿を見た瞬間、真琴は凍りついた。さっきまで真琴がその瞳に映していた母はもうそこにはいなかった。その場に立っていたのは全くの別人だった。


家族を失い孤独に打ちのめされていた真琴を救った人、真琴が思い慕い、心の拠り所になってくれた人、ピアノを演奏することをより好きにしてくれた人だった。どうして彼女がここに・・・・?何故母が突然、彼女に・・・・?真琴の顔が恐怖と不安で歪んだ。彼女が告げた。


こんなにも距離が離れているのに・・強い風があたりを吹き荒れているのに・・・・彼女の囁くような声ははっきりと真琴の耳に届いた。

「真琴ちゃん・・ごめんなさい・・・・。」


踵を返して歩き出した彼女は一度も振り返ることはなかった。真琴の中で何かが音を立てて壊れる音がした。声を出すこともできなかった。母だけでなく彼女にまで見捨てられた・・・・その事実が真琴の心の奥深くに突き刺さった。彼女の姿が小さくなっていき、見えなくなるくらいにまでになるとふっと音も立てずに灰色の重々しい景色の中に消え入ってしまった。


真琴の体が小刻みに震える。顔から血の気が失せ、真っ青になり地面に両膝をついた。そこで初めて声が出せるようになった。

「どうして・・・・・どうして・・・どうして・・・・!?」


真琴はとても声にも言葉にもならない絶叫を上げた。真琴の中で何かが壊れたように叫んだ。涙を流しながら吐きそうになるほどに。空から白いものが一つ降ってきて真琴の体にぶつかり滲んで消える。次々に空から降ってきたのは雪だった。灰色の街を白く染め上げていく寂しい景色の中で真琴は絶叫を上げ続けていた。


悪夢から覚めると真琴は鳥のさえずりを聞いた。ふとんの中で真琴は全身に汗をかいていた。夢とは思えないくらい生々しく感じられた夢だった。


「何だ・・・夢か・・・よかった。」


真琴は体を起こして胸を撫で下ろした。そうだ、夢に決まっている。あんなに優しい彼女が真琴を見捨てるような残酷な真似をするはずがないのだ。彼女は母親とは違う。真琴は夢の余韻を残して不安を感じている心を落ち着かせようと、何度もそんな風に言い聞かせていた。



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