混乱する姉
「はい、ルーシー。あ~ん」
「…………自分で食べられ……んぐ、ん…………おいしい」
衝撃の告白から一ヶ月。
ジュードの態度は驚くほど軟化し、ツンデレのツンが行方不明になってしまった。
デレだけが残り、彼は私を甘やかすことに全力を尽くしている。
毎朝一緒にいただく朝食も、向かい側の席から隣に移動し、ハムや野菜を食べやすく切り分けては私に食べさせてくるのだ。
おじさまやおばさまが領地へ帰っているので、今この邸の主人はジュード。
使用人たちは誰一人として異議を唱えず、「まぁ仲良しですね」と温かい目を向けてくる。
使用人のリンによると、ツンデレがデレだけになることはままある展開だそうで、「恋愛小説では溜まりに溜まった愛情が爆発してデレだけ残るんですよ!」と熱弁されたが現実には到底受け入れられない……。
食事が終わると、ジュードは学院へ登校する。
「なるべく早く帰るから」
「はい。いってらっしゃいませ」
実はジュードが登校することにホッとしている。
ずっとそばにいられたのでは、私の心臓がもたない。
緊張気味に、けれど愛想笑いを浮かべて見送る私。
すると何を思ったのか、たっぷり間を空けた後、ジュードは急に私の腕を引いてぎゅっと抱き締めてきた。
「ひゃぁ!」
心臓が破裂しそうなほどにバクバクと鳴っている。
息が詰まって気絶するかと思った。
「いってきます」
にっと意地悪く笑ったジュードは、颯爽と出て行ってしまった。
残された私はへろへろとその場に膝をつき、リンやメイド長に「大丈夫ですか?」と声をかけられて支えられながら立ち上がる。
私はふらふらとした足取りで二階へ向かい、自分の部屋へ逃げ込んだ。
抱き締められたのは初めてで、どんどん距離感を詰められている気がする。
きっと真っ赤になっていると思うから、鏡が見えないように顔を背けつつ寝室へと飛びこんだ。
「どうしたらいいの……?」
ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めて毎日同じことを考える。
ジュードのことを思うと、そわそわして落ち着かない。
かわいい純度100パーセントだったはずなのに、急に男の人になってしまった感じが出てきてどうにもこれまで通りの態度で過ごせないのだ。
寝返りを打つと、胸元でシャラリとネックレスが擦れる音がする。
ジュードが最近くれたエメラルドのネックレスは、普段身に着けるような気軽なものではない。けれど「毎日つけて」とご要望があったのでおとなしく身に着けている。
――別に、わざわざ作ったわけじゃないから。いつでも捨てられるくらいのものだから。失くしたって問題ない
あぁっ、たまに出てくるツンにやられてネックレスを受け取ってしまったわけじゃないのよ!?
いや、ちょっと、ものすごくかわいかったから反射的に受け取ったとかじゃないのよ!?
「はぁ~~」
突然の告白からジュードも変わったけれど、一番変わったのは私自身だ。
歩くときに歩幅を合わせてくれることも、エスコートしてくれる手の優しさも、何をするにも労わるように見守ってくれる穏やかな顔つきも、これまでだってあったこと全部が「私を好きだから」に繋がっていると実感してしまう。
おかしい。
絶対におかしい。
ジュードのことは、かわいい弟だって思って来たのに。急にこんなにドキドキし始めるなんて、どこか病気だとしか思えない。
「ああああー!ダメよ、義弟は義弟なのよ~!」
またうつ伏せになり、足をバタバタさせて悶えていると、扉の方からひょこっとリンが顔を出した。
「ダメじゃないですよ~。背徳的な感じがして素敵です~」
恋愛小説大好きっ子は、私たちの状況を楽しんでいた。
「背徳的って、他人事だと思って」
恨みがましい目を向ける私に対し、リンはにっこり笑った。
「いいじゃないですか!本当の姉弟なら大問題になりますが、誰も反対していないんですからここはもうジュード様の胸に飛び込んでしまえば……ってさきほど抱き締められていましたね」
「思い出させないで!」
抱き締められた感触やジュードの匂いまで蘇ってしまって、私はせっかく引いた熱が戻ってきてしまった。顔が熱い。焼け死んだらもうツンデレが見られないじゃない!
「あぁ、自分が情けないわ。公爵家の娘ならば、毅然とした態度を取らないといけないのに」
「いいんじゃありませんか。外でしっかりしていらっしゃるんですから。ジュード様だって外と内では随分違いますよ?」
「そうだけれど」
困り果てた私は、大きなため息を吐く。
一人で悩んでいても、何も解決しないことは明白だった。
「リン、出かける準備をしてくれる?ケイトリンに会いに行きたいの」
「ゼイゲル伯爵家ですね。わかりました。お着替えと馬車の用意をいたします」
困ったときは、誰かに相談するに限る。
口の堅い友人であれば、きっと内密にしてくれるだろう。
いそいそと準備を整えた私は、御者と護衛と一緒に近くにある友人邸へと向かった。




