スキル
急激にわき上がった怒りにまかせ、ヤスは怒鳴った。
だが、興奮状態に陥ったイノークに通じるはずもない。
「うるあああああああっ!! こん、がきゃああああああっ!!」
「いーいかげんに……しやがれーっ!!!!」
石斧を髪一重で避け、ヤスは思い切り拳を振っていた。
感じたことのない、強烈な膂力が全身から解放された。拳はイノークの鼻面を強かに打ち抜く。
イノークは人間から反撃されるなど予想外だった。暴れるのに夢中でそもそもヤスが何をしているのか、認識すらしていなかったらしい。
まさしく暴力馬鹿の所業であった。
とはいえ、体格が違い過ぎる。
軽くたたらを踏むだけでイノークは耐えた。でろりと長い舌を出し、たれ落ちる鼻血をなめとる。
「ほお、チビの割にやるのぅ。だが、てめぇの拳なんぞ、喰らってもかゆいだけよ。俺を殺すにはぜんぜん足らんのぅ!!」
嘲笑するイノーク。
いくらヤスが打撃を加えても、大したダメージにはならない。イノークにはそれがわかってしまった。カウンターを浴びたことで、かえってクールダウンできたのだ。
一方、ヤスは冷静になるどころではなかった。
「うるせぇ、馬鹿が。この馬鹿が! 大馬鹿野郎がっ!! てめぇには何を言ってもわからねぇよな。馬鹿だからな、糞馬鹿だからなぁっ!!!」
「んなにぃぃぃっ!! て、てんめぇ……ぶっ潰してやらあっ!!!!」
たちまちイノークは再点火した。
ヤスは腹のさらしをばん、と叩く。
「いいぜ、ここに入れてみろ! 糞馬鹿に俺が倒せるか、一発入れてみろやっ!」
仁王立ちになるヤス。無防備そのものだ。
一瞬、ぽかんとしたイノークは顔をゆがめ、ぶるぶると震えだす。
「ば……っ、ダメだよ、ヤっちゃん!! イノークは――」
アスモデの警告を野太い哄笑がかき消した。
「がーっはっはっはっはっはっ!! ひひひひ……俺にんな口利いた奴ぁ、てめぇが初めてだぜ……っ!!」
異様な気配が生じていた。
ぎょろりとした眼球が鬼火をともし、全身は燐光を帯びていた。昏い闇の底から生まれ出でた超常のモノ。
目前の巨人はただの化け物から、まさに“魔物”に変貌したのだ。
「いいぜ、乗ってやらぁ。腸ぁ、ぶち撒けさせて、やるらああああああっ!!!!」
完全に野次馬と化していた周囲の化け物たちが、一斉に引き下がる。彼らはこの後に起こることを理解しているのだろう。
当然ながら、何も知らないヤスは驚愕する羽目になった。
「うおっ!?」
イノークの全身から灼熱の炎が噴き出す。
オークの族長だけが使えるスキル、“ヘルファイア・ブースト”であった。これにより、イノークの全能力は数倍に跳ね上がった。
「真っ二つどころか、身体が消し飛んじゃうよっ!! 逃げて、ヤっちゃん!!」
アスモデの叫びは耳に届いていた。
だがヤスは両足をしっかり踏ん張り、イノークをにらみ返していた。
――なめているんだろ、お前。俺のことをなめているよな? なめているから、何言っても聞きやしねぇ。理屈なんざ、欠片もわからねぇ馬鹿だからな!!
「何しているの、ヤっちゃん!? 力だけは本当にヤバいんだよ、イノークは!! 早く逃げてってば!!」
今やアスモデの声には懇願の色さえあった。
それでもヤスは不動を保つ。
「だからだよ。こうでもしなけりゃ、この馬鹿にはわからねぇんだ……っ!!」
「――っ!? な、何で、キミ……?」
ヤスは気合をかき集め、叩きつけた。
「どうした、デカブツ! びびっちまったのか!? きやがれ、こるあーっ!!!!」
「るるるるるせぇーっ!! 糞チビぃ――往生、せいやぁぁぁぁぁっ!!!」
全身に業火をまとい、イノークは石斧を叩きつけた。
ブースト効果により極音速に達した石斧の動きを、ヤスは捉えることができなかった。
動き出しから刃先がさらしを直撃するまで、ミリ秒単位。
発生した衝撃波により、破壊は大広間にまで及んだ。
警戒していた化け物達も余波を避け切れない。手傷を負い、将棋倒しになる。
だが。
「――んなああああっ!? な、なななな、何だ……何なんだ、てめぇ、は……っ?」




