族長
魔王。フィクションではおなじみだ。
魔界の主、魔物の王――というようなイメージはヤスにもある。
あるが、現実に存在するとは思えない。まして突然自分がそんなものになってしまうなど、納得できる方がおかしい。
「ままま、ここは合わせて、合わせて。会場もいーい感じに暖まってきたっぽいし!」
ささやいて、アスモデはウィンクした。
瞼を閉じたせいで、まつげの長さが際立っていた。
「とりあえず武器でも掲げて、思い切り吠えればいいよ。どうだ、こらーっ!! お元気ですかーっ!! みたいな感じで。ね?」
つまりハッタリをかませばいいらしい。
実際のところ、この場で落ち着いて話すのは無理そうではある。
怪しめばきりが無いが、いったんアスモデを信じてみるしかないか……とヤスは思った。
だが、覚悟を決めるのが少々遅かった。
「じゃかぁしいわっ! 人間が魔王だら、あるかぁっ!!!」
周囲の連中を突き飛ばし、進み出てきた巨人は総身に憤怒をまとっていた。手には巨大な石斧を持っている。凶悪そのものの面相を認識した時、ヤスは本日最大のショックを受けた。
――鬼島の……兄貴ぃ!?
巨人は死んだはずの鬼島にそっくりだった。
もっともそれは、おおむね全体を二回り大きくし、肌をくすんだ緑色に染め、原始人じみた衣装をまとわせればの話だ。
アスモデは鋭く舌打ちをする。
「ちっ、イノークの奴、きてたのかよ……!」
「イ、イノーク……? いや、あれは」
「オークの族長よ。すっごい凶暴だから――」
言いかけた瞬間、アスモデの姿は消え――代わりに爆発が起きた!!
「っ!?」
砕かれた石材の破片が――飛んで――くる。
イノークがアスモデの――いた場所に石斧を――振り下ろしたのだ。
ぎょろりと――イノークの眼が――こちらを――向いた。
「おい、てめぇっ!!」
「へ、へいっ!」
ヤスは条件反射で答えてしまう。
「ちょこまか、動くなぁっ!! てめぇを殺りゃあ、俺が次の魔王なんだからよ! がはははっ!!」
外見からは想像もできない身軽さで、アスモデも石斧をかわしていた。
イノークをにらみ、怒鳴りつける。
「バッカじゃないの、イノブタ野郎っ!! 殺しただけで魔王になるなら、勇者が魔王になっちまうだろっ!!」
罵声はオークをいきり立たせただけだった。
文字通りの地団駄を踏むイノーク。床を破壊するような勢いだ。
「ううううるせぇぇぇっ!! んなこたぁなぁ……そいつ潰せば、わかんだよぉーっ!!!!」
突進してくるイノーク。
遅ればせながら、ヤスは自分がイノークから10m近く離れた位置にいることに気づいた。
石斧が振り下ろされた時、驚いて反射的に動いたのだ。
――嘘だろ、あの一瞬でこんな位置まで飛んだ?
戸惑っている間に射程距離に捕まってしまった。
イノークが――石斧をテイクバックさせ――ゆっくりと――
――ゆっくりと? そうだ。ゆっくりだ。ゆっくりに、見えるぞ……!!
迫りくる石斧をヤスは余裕を持ってかわすことができた。
「だっしゃあああっ! んな、ろおおんにゃいじゃああああーっ!!!」
激高するイノークは一呼吸の間に二度、三度と獲物を振るったが、ヤスを捕捉できない。
――避けられる!! この程度なら、当たりゃしねぇっ!!
確信したお陰でヤスは相手を観察する余裕ができた。
見れば見るほどイノークと鬼島の面影が重なってしまう。
単に顔が似ているだけではない。行動からくる両者の印象がまったく同じなのだ。
「兄……いや、イノーク!! ちょっと、話を聞け!!」
「んだら、じゃげれああああっ!!」
「だから、話を――」
「じぇがばらしゃあっ!! るおおんがあっ! がるばにゅああああーっ!!!」
馬鹿だ。こいつも信じがたいほどの暴力馬鹿なのだ。
攻撃すること以外、何もできていない。耳と耳の間に空気しかないかのようだ。
手がつけられない馬鹿だった。
――これじゃ、ああなっても仕方がないじゃないか。こんなんじゃ、組長に持て余され、使い捨てにされたとしても仕方がなくなってしまう。死んで当然だ、って吐き捨てられちまうじゃないかっ!!
狂暴ではあったが、鬼島は気のいいところもあった。
図体に似合わずサッカーが好きで、古い漫画の話でヤスと盛り上がったこともあったのだ。
「いいのかよ……あんた、これでいいのかよっ!? 雑に使い捨てられていいのかよっ!!」




